国会の質疑の際に、「さはさりながら」との言い回しをする人が居るが、どうも冗語に聞こえて、不快である。


昨夜の「光る君」の中で、各地に派遣してあった国司の年間の仕事ぶりを中央政府で査定?するとき、越前?に赴任していた者に、大過なかったように、誰かが、評定したら、別な役人が「さりながら〜」と異論をはさんだ。


つまり、頭に「さは」などと余分な言葉は付けてない❌❌


大辞林には、「さはさりながら」が見出し語として出ている。


しかし辞書は、本来正しくない日本語表現でも、使う人が、かなりな多数に上ると、現状を追認して、載せることがあり、さはさりながらも、その実例と考えたい。


嘘も百人が言えば本当になるというのは、英語の場合にもあるようだ。


close-up 接写・大写しのことを、日本人はクローズアップと言う。


しかし英語ではクロウスアップである。


予備校で講師をしていた頃、これが講師仲間の間で話題にされていたら、或る講師が〜の大きい辞書には、濁音(有声音)の発音も載ってたと言った。


どこの辞書かは、調べなかったが、嘘も百人が〜の理屈であろう。


とにかく私は、冗語、過剰(二重)敬語、重ね言葉が、非常に嫌いである。