何年も前に、ラジオで彼女のことを知った。

歌手をめざして千回の路上ライブをやると決めて頑張っていた。


その母(特別養子縁組の母)は、16歳のときに病死と。


養父は10歳のときに病死。


今回、彼女の半生記を改めて読んだ。


養母の生前、或るとき、或る書類をたまたま見て、自分の出自に疑念を抱き、そのことを母に尋ねたとき、母は、それまでに見たことのないような悲しそうな表情をしたと。


ここを読んで、私は、またもや涙した。


私は、幼い頃、両親の離婚により、母と切り離された。


それにまつわる話を、今回は、しないが、後に、自分は、養護施設のボランティアも長年やった。


中国残留日本人孤児の問題にも、人一倍関心を持った。


最近、子を持てない夫婦が、生殖医療の技術を使って、半分他人の遺伝子を持つ子を授かる例が多いが、私は感心しない。

AIDにより生を受けて、自分の生物学的父親を必死で探し続けている医師の男性(加藤氏)も居る。


他人の遺伝子をもらって子を持つよりも、養子をもらうことを考えてくれないかなと私は思う。


川嶋あいちゃんの、他人からの問いかけに応える、「はい」だか「あい」だか分からぬような、気が入ってないような、独特な(表現が難しい)発声を、私は忘れていない。

あいちゃん頑張れ、幸せになって♥