母と共に病と闘うブログ~多発性骨髄腫~ -16ページ目

母と共に病と闘うブログ~多発性骨髄腫~

2018年1月、多発性骨髄腫と診断された母の闘病記録。
たまに息子たちのネタもあるかも。

久々の投稿。
母の病が発覚してまだ3ヵ月。
毎日が目まぐるしく過ぎていき、振り返る余裕もまだない。

この3ヵ月で多発性骨髄腫に関しては、ものすごーく詳しくなり、介護看護関連の情報もひたすら集め、生命保険やガン特約の大切さも身をもって知り。
それとともに、私と母の気持ちの浮き沈みも激しかった。

でも、あれだけ泣いて悩んで苦しんだ日々はなんだったんだろうと拍子抜けするぐらい当たり前の日常が戻りつつある。

やっぱり、病気に慣れていなかったのが要因かなぁと思っています。通院も入院も治療も副作用も、何もかも初めてで先が見えなくて不安しかなくて。母とあと何日過ごせるのか、このまま衰弱して帰らぬ人になってしまうのでは、と考えてばかりで。
家族に病人がいる生活なんて想像もしていなかったから。


背骨の圧迫骨折もよくなり、3月27日からコルセットをはずした生活。まだまだ気力体力筋力が弱っているけど、予想以上に回復している。
顔色もいいし、食欲もある。

現在の治療。
毎週火曜にレナデックス、エンドキサンを服用。
そしてベルケイドを皮下注射。
副作用は多少の手のしびれのみ。

これで順調だと自家移植しなくてもいいかなって話が出始めてる。難しい選択。
今はこれが一番の悩みです。

今日川越で開催される日本骨髄腫患者の会の、埼玉川越ブロック会に参加しようと思います。

観光で行きたいけど、12時50分から16時30分ごろまでとのこと。
しっかりお話を聞いてきます!
母の入院とガン治療の保険金請求をしました。

昔から加入していた保険だけど、入院1日目から保険金が出るので助かる。
それにガン特約もつけていて、化学療法治療と緩和療法治療も毎月1回だけだけど保険金が出る。

多発性骨髄腫が分かった日から転院までのN病院。転院先のJ病院。体力回復のために舞い戻ってきたN病院。
J病院入院分は先日父が診断書を書いてもらっていたので手続き完了。
あとはN病院に入院した分。

あの先生に書いてもらうことになるのかなー
会いたくないな。
父はもっと会いたくないだろうし。
総合受付で預かってくれればいいけど、J病院では入院した病棟のナースステーションに行ってお願いしたみたい。
次の通院日に相談してみよう。

ずっと保険証を使わなくて、自治体から表彰される我が家が、今では病院に行って限度額いっぱいまで医療費を払ってる。健康が一番だなと、改めて思いました。