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母と共に病と闘うブログ~多発性骨髄腫~

2018年1月、多発性骨髄腫と診断された母の闘病記録。
たまに息子たちのネタもあるかも。

8月12日(日)
ジャパンキャンサーフォーラムに行ってきました。
多発性骨髄腫プログラムは11時半から。

今朝起きて長男と話していたら、自分も骨髄腫の話を聞いてみたいと。
1人で行こうと思っていたけど、一緒に行くことにしました。

自宅最寄り駅で長男のSuicaが不具合で切符を買っていたら、予定の電車が目の前で発車してしまい、赤羽乗換の電車も直前で行ってしまった。
日比谷線に乗ってから11時12分築地着の予定だったので、のんびりしていたら通りすぎて銀座まで乗ってしまいました。慌てて築地に戻り、駅から早歩き。
スタート5分前に到着。満席で立ち見かと思ったら、最前列へどうぞと。
長男と並んで聞いてきました。

今後の治療に期待できる話がたくさん聞けました。完治を目指す熱い思いが伝わってきて、感動しました。
少し前なら治療もできず、亡くなる病気だったのが、今では寛解できて完治を目指せるなんて。
飽きるかと思った長男が、真剣にメモをとる姿を見て、驚きました。

イベントは大盛況で、人混みで前に進めないほどでした。
会場をあとにして、築地で食べ歩き。

明日は母の弟の初盆で、母の実家に親戚が集まります。母も参加できるので、みんなで一緒に行ってきます。
すっかり投稿しなくなってしまいましたが、母は元気です。
買い物に行ったり、外食したり、半年前からは想像できない生活を送っています。

体は曲がってしまい、痩せすぎてはいますが、声は元気で、話していると病気を忘れるぐらいです。

問題は週に2回来てもらっているリハビリのこと。かなり無理な体勢にさせられるようで、揉み返し的なものなのか、リハビリの2日後ぐらいから体のあちこちが痛くなるはそうです。
また、そのリハビリをしてくれる人の言動も少し気になるところがあり。ちょっと心配です。


画像を初めて貼ってみますが、今週末以下のイベントが開催されます。
母に教えたら、聞きに行ってほしいとのこと。自家移植したくないので、新規薬剤や治療法を聞いてきて欲しいんだろうな。



自家移植が延期になってレブラミドの治療が始まり、とりあえず数ヵ月はこのまま穏やかに過ぎそう。
8月の母の弟の初盆、9月の孫の運動会に行くことが目標。

改めて最初のころの不安だらけのブログを読み返してみました。
ふと、以前こんな感情になったような気がすると思い出して振り返ってみました。

約6年前、当時幼稚園年長だった長男が中耳炎にばかりかかっていました。熱が出るタイプではなく、激しい痛みと難聴。次男を実家に預けて行きたかったので、かかりつけは実家近くの耳鼻科。
降園時間に幼稚園で兄弟を乗せ、実家に次男を置き、長男と耳鼻科へ。

ずっと扁桃腺肥大でアデノイドも大きく、口を開けて寝ていました。耳鼻科ではそろそろ扁桃腺とアデノイドを切除した方がいいかもと言われました。
睡眠時の呼吸の状態を検査するため、紹介状を書いてもらい別の病院で検査器具を貸してもらいました。大きな扁桃腺とアデノイドがのどを塞ぎ、何度も無呼吸状態になり、血中酸素がさがっていました。
すぐに手術した方がいいと思いつつも、まだ6歳なのに大丈夫かとか、入院中の次男をどうするかとか、毎日そのことばかり考えていました。

たくさん悩んで手術を決めてからも不安ばかり。全身麻酔への不安。手術自体の不安。術後の不安。入院の不安。
私自身幼稚園の卒園対策役員もやっていて、それに伴う不安。

このときの感情が母の病気と対峙したときの精神状態に似ているんだ、と思い出しました。


結果的に手術は成功し、睡眠時には安定して酸素を取り込めるようになりました。10日間の入院中、次男は実家から幼稚園に通いました。両親に感謝。
手術と付き添い入院は、大変なこともたくさんあったはずなのに、今回振り返るまで思い出しもしなかった自分にびっくり。病気知らずの病院知らずと思っていたほど。

長男が修学旅行から帰ってきます。買ってくるであろうお土産を持って、明日は実家に遊びに行きます。