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母と共に病と闘うブログ~多発性骨髄腫~

2018年1月、多発性骨髄腫と診断された母の闘病記録。
たまに息子たちのネタもあるかも。

9月30日(日)
父の車でお見舞いに行きました。

エンドキサンの副作用と思われた下痢は3日ぐらいで落ち着きました。
ただ、ここでの主治医のI先生は、「エンドキサンの副作用で下痢するわけないから、何かの感染症のはず」と言って、いろいろな検査をしたみたいです。

I先生は母に病気のことを聞いてくるらしいけど、母はよく分からなくて、「娘がいろいろ調べたり、東京の方に聞きに行ったりしている」と言うと、「何を聞きに行ってるの?そんなの知らない」というような対応らしいです。

素人がネットで調べたり、いろいろ情報収集することを嫌がるお医者さんもいるだろうから、そういうタイプの先生なのかな。
この病院に来て、まだ主治医のI先生に会ったことがないので、どんな先生なのかしら。

下痢は治まったけど、食欲は戻らず。少量のカロリーメイトとキャンディだけ食べられます。塩味のおせんべいなら食べられそうということで、サラダせんべいを買っておいたら、夜に少し食べられたそうです。食べたいものが見つかるといいな。
入院2日目の昨日、16時過ぎに母の携帯からの着信。
何事かと思って、慌てて出ると
「エンドキサンの副作用で下痢がひどい。おむつを少ししか持ってきていないから、明日着替えとおむつを届けてほしい。」とのこと。

そんな状態なら、いますぐ届けたい。でも、今は習い事の待ち時間。次男の終了時間を待ち、自宅に送り届け、夕食の準備をしてから病院に向かうか…
とりあえず仕事中の父に電話。
仕事をやりくりし、今夜病院に行ってもらえることになりました。

おむつは支給され、使用した分を請求されるのかと思っていました。頻回の下痢で着替えも少なく不安だっただろうと思い、昨日はそのことばかり考えていました。

そして今日夕方も父が病院へ。
やはり何も食べられず、熱も上がってきたとのこと。下痢が治まらず、私が買っておいた洗い替えのズボンが必要だと言われました。
父が病院から帰るのに1時間。私の家まで来て帰ると、さらに1時間。父の夜の運転も心配なので、子供たちを置いて私だけ実家にズボンを届けに行きました。
明日子供たちが朝早くから予定があるのでバタバタしていたけど、ふたりで夕食を食べ、お風呂に入り、寝る準備ができていました。

明日も私は母に会いに行けず。
台風が心配だけど、日曜にタイミング良ければ病院に行きたいと思います。
9月25日(火)
今日から入院。
父が母を乗せて病院へ行き、入院手続き。
私は子供たちを送り出してから出発。

個室しか空いていなかったはずが、大部屋にいました。病室が前回の入院と同じで、ベッドの場所も同じ。
ただ、母の記憶はあまりなく、痛みが強くてほとんど覚えていないみたい。

昼食が出ないなら、レストランに食べに行こうなんて話していたら、ちゃんと来ました。八宝菜と酢の物、杏仁豆腐。食欲のない母は、薬だと思って頑張って食べると言って、本当に結構食べていました。

母に頼まれて白米に合う梅干し、ごま塩。食べられない時のためのカロリーメイトや、必要な入院用品を売店に買いに行き、部屋に戻ったら心電図の検査でスタッフの方に連れていってもらうところでした。

明日からの抗がん剤投与を腕からするか、カテーテルにするかチェック。とてもいい血管がたくさんあるらしく腕から点滴することになりました。

今日病院に来て初めて分かったこと。
いつもの病院での主治医Y先生がここでも主治医だと思っていたら、Y先生の上にいるI先生が主治医とのこと。担当としてY先生と、S先生の名前が書いてありました。
いろいろな検査や処置をしてくれたのはS先生でした。

母が次の検査で移動することになったので、そのタイミングで帰ってきました。頑張ってお母さん!