母と共に病と闘うブログ~多発性骨髄腫~ -9ページ目

母と共に病と闘うブログ~多発性骨髄腫~

2018年1月、多発性骨髄腫と診断された母の闘病記録。
たまに息子たちのネタもあるかも。

10月22日(月)
本日から自家移植のため、入院スタートです。
子供たちを送り出してすぐ実家へ。
母を乗せてJ病院に向かいました。
直接病棟に来るように婦長さんから連絡があったそうで、血液科のある4階へ直行。
入院のための問診を済ませ病室へ。
前回と同じ部屋でしたが、ベッドの位置が変わりました。

10時 耳鼻咽喉科
11時 血液内科
13時 口腔外科

と予定が入っていましたが、いろいろずれていました。
担当のM先生から、移植の前処置の説明を受け、同意書数枚にサイン。
今回は腕から入れるPICCカテーテルという処置をすると説明を受けました。せっかく採取できた幹細胞を、太い静脈に確実に届けるのがねらいだそうです。

月火でアルケラン、金曜にいよいよ移植です。話を聞いてみると、移植は完全な無菌室に移動して行うみたいです。

次は水曜の面会時間まで来られないので、氷を3パック購入し、冷凍庫に入れて帰ってきました。
10月12日(金)
今日も朝から病院へ。

10日に200だった白血球が、11日に1600になり、今日はなんと8600。
その値を聞いたのは採取中だったけど。

来月70歳を迎える母にとって、採取のチャンスは今日だけ。
白血球を上げるため、深夜に2回も注射をうったそうです。

それが関係するかどうかは分からないけれど、8日と9日に注射を打った際、薬剤を看護師さんがほとんどこぼしていたらしいです。もともと少量なのに、こんなにこぼしたら、体内に入るのなんてわずかだなと思いながら見ていたそうで。
注射器から本当にこぼれてしまうものなのか素人には分からないけれど、ベッドも腕も濡れていたって。

9時から採取開始ですが、雨のせいか道路が混んでいたので、私が病院に着いたのが9時10分。4階の病室へは行かずに、1階の自己血ルームに向かいました。
母は採取のための処置を受けていて、入り口近くの待ち合いスペースで10分ほど待機。
9時15分に採取が始まり、私も母の元へ。

腕にとても良い血管があると、毎回たくさんの方に言われていた通り、左腕から血を取り、さらに同じ腕に戻していました。なので、固定されるのは左手だけ。
カルシウム不足を補うための点滴も投与され、母の血液が循環していました。
設置されたテレビを見たり、看護師さんたちと話したり、あっという間でした。
途中具合が悪くなったり、手足がしびれたりもありませんでした。
2時間半で採取を終えることができました。結果は夕方にならないと分かりません。

病室に戻るとちょうど昼食。相変わらず食欲がない母は何も手をつけられず。水さえ飲めないと言っていました。
私はここで帰宅。

夕方無事に採れたよという感じでM先生が来たみたいだけど、ちょうど抜歯のため口腔外科に向かうところだったので話せず。
この抜歯がなかなか調子悪く、翌日まで血が止まらないという面倒なことになっていました。
13日(土)に無事退院しましたが、歯茎からの出血もあり気持ちが落ちぎみ。子供たちを連れて実家に行くつもりだったけど、念のため先送り。
10月11日(木)
採取日のため、7時50分に自宅を出発し病院へ。
昨夜、母から電話があり、血液検査の結果があまりよくないから採取できないかも、と聞いていました。
7時に採血し、結果が出るのが8時。
自己血ルームで採取開始は9時。
血液検査の結果を待たず、病院に向かいました。

8時50分に到着し、直接病室に行くと、母がまだいました。数日前から始まった脱毛の処理を軽減するため、瀬戸内寂聴さんのようにきれいに切ってもらった母の頭を初めて見ました。形の良い頭が羨ましくなるほどで、とても似合っています。

9時を過ぎても音沙汰なし。点滴の高官に来た看護師さんは、何を聞いても「どうなんでしょうね~」という返事。
そのまま10時が過ぎ、今日は採取しないんだろうと思いつつ、諦めきれず。
11時に院長回診。初めてドラマのような医師団の行列を見ました(笑)
そこで主治医のI先生、以前から担当のY先生にも会いました。

その後Y先生が説明に来てくださり、白血球が上がり始めたけど、上がりきっていないので今日は採取なしです。明日に賭けましょう、とのことでした。

食欲ゼロの母の昼食を監視(^^)し、頑張って少し食べたのを見届けて帰ってきました。
明日は7時半には出たいな。