夜中、目が覚めた。
理由はわからない。ただ、胸の奥がざわついて
いた。
時計を見る。午前二時三十分。
家の中は静まり返り、冷蔵庫の低い唸りだけが
響いている。
主婦はベッドから起き上がり、そっと廊下へ出た
裸足の足裏に、床の冷たさが伝わる。
―誰か、いる。
確信ではない。
けれど、この家にいる「気配」が、いつもと違う
娘の部屋の前で立ち止まる。
ドアは閉まっている。
中からは、規則正しい寝息が聞こえた。
ほっとした瞬間、ふと、胸元に違和感を覚えた。
ネックレスがない。
いつも無意識に指で触れてしまう
あの“R”の刻印のあるネックレス。
外した覚えはない。
洗面所にも、寝室にもない。
―おかしい。
視線を落としたとき、
廊下の突き当たりにある姿見に、自分が映った。
だが、その背後。
映ってはいけない影が、ほんの一瞬、揺れた。
心臓が跳ねる。
振り返る。
誰もいない。
……見間違い?
そう思おうとした、そのとき。
カタン。
娘の部屋から、小さな音がした。
ドアノブが、わずかに回る。
娘が顔を出した。
眠っていたはずの顔ではない。
どこか、覚醒した目。
「……お母さん?」
声は落ち着いている。
だが、その手元に、主婦は釘付けになった。
―ネックレス。
“R”の刻印が、娘の指の間で揺れている。
「それ……どうしたの?」
問いかけた瞬間、
娘の表情が、ほんのわずかに歪んだ。
「……知らないほうがいいことも、あるよ」
その声は、娘のものなのに、
まるで知らない誰かのようだった。
そのとき、
主婦のスマホが震えた。
画面には、通知。
《まだ、気づかない?》
背筋が凍る。
同時に、
リビングの窓の外―
向かいのマンションの暗がりに、
小さな赤い光が点った。
カメラの録画ランプ。
―見られている。
娘は、主婦の視線の先を追い、
静かに言った。
「ねえ、お母さん。見てるのは一人じゃないよ」
その言葉の意味を理解した瞬間、
主婦は悟った。
この家族は、
もう“家族だけのもの”ではない。
見えない誰かが、
ずっと“中”にいたのだと。