先日、息子が交通事故に遭った時の事を少しだけブログに書いたら、アメブロのニュースに取り上げて頂き、大変大きな反響を頂きました

 
今まではあまり人様にお話しすることでもないと思い、キッカケがなければ特に話すこともありませんでした
 
ただ実は、家族が大惨事に急に遭った時の対応の仕方について、雑誌の取材に遭ったことがあります
 
というのは、私の場合、4人家族のうち2人が生死の境を彷徨う大事故に遭ったことがあるからなのですが…
それで、もしかしたら私たち家族の経験が、どなたかのお役に立てることもあるのかもしれない・・・?
と思い、ブログに書いてみようと思います・・・
 
 
元夫の事故については、後に大事故に見舞われる息子、その父親である、元夫が息子がまだ生後6ヶ月、娘が3歳のときに大事故に遭いました
 
 
突然病院から電話がかかってきて慌てて病院にかけつけたら、先生から
 
今晩が峠です、明日の朝まで命があるか、助かったとしても植物状態のままもあり得ます、覚悟しておいてください
 
と、言われました
 
当時私はまだ23歳でした
 
突然降りかかった大事故という災難、日本の病院は、子供を連れてICUには入れ無い為、毎日実家に2人を預けて朝から病院へ
 
深夜に帰宅し、寝ている子供たちを連れて自宅に戻り、寝顔を見て枕に顔を押し付けて泣いた日もありましたが、子供の前では心配をかけないよう、いつも笑顔を心掛けていました
 
元夫が回復するまでの状況は端折りますが、脳挫傷、大変なリハビリなどが待っていました
 
お仕事中の車の事故で長期に働けなくなった彼にかわり、外に出て働きだした私
 
それが気にいらなかったのか、身体が思うように動かなかったことが辛くストレスがたまり、外で働かなくてはならなくなった私が気にいらなかったのか、
 
特に理由もなく、仕事から帰ってきて玄関のドアを開けた瞬間、真冬にもかかわらず、バケツに入った冷水を頭からかけられたり、殴られたりと随分DVにもあいました
 
肋骨も何回か折れたり、顔が腫れたり、色々な事がありました
 
そんな若い頃の出来事を忘れ、色々な事はあったけれど、娘も息子も希望の大学に入り…
 
特に息子は中学生になった頃には、やりたい仕事、行きたい大学を決め、合格のために、週末はボランティア、
 
部活ではキャプテン、土曜日も学校で勉強をし、知事から推薦状をもらい、我が家まで大学教授が家族面接に来るような大学に、40倍近い倍率で合格しました
 
息子はアメリカ政府から5000万円のスカラーシップを頂いた為、卒業までの学費、寮費、食費、医療費に至るまで全て国に出して貰える事になり、高校の卒業式でも表彰して頂きました
 
そんなやっとの思いで入った大学1年生の夏休み
 
夏休みの大学研修旅行も終わり、たった3週間しか自宅には戻って来れない中、あと5日で大学に戻らないといけなかったあの日、
 
朝から私の前で60秒中57回腕立て伏せをして見せてくれ、午後からは息子と2人でコスコ(日本ではコストコ)に買い物に行きました
 
 
↑↑事故の日、コストコで実際に私が撮った息子の写真です
 
 
夕方に、高校時代からの息子の親友であるネイトが遊びに来ました
 
ネイトは泊まっていく事になっていて、夕食のあと、息子とネイトは我が家のファミリールームの壁にかけてあるテレビに、ゲームを接続して遊び出そうとした瞬間、
 
息子が
「ネイトが糖尿病のインシュリン注視を忘れちゃったらしいから、2人で取りに行ってくるね」
と言って、夜道を各々が自分のバイクに乗って我が家を出て行きました
 
「すぐ帰ってくるよ、行ってきます
 
と言って出て行った息子でしたが、それから我が家に戻って来るまで、半年以上かかってしまったのです
 
 
続きはまた
 
 
 
 
それでは皆さま、
Have a nice day