長くなりましたが、AKB総選挙に戻ってみましょう。AKB48誕生時から人生かけてサポートしているようなヘビーなファンと、今回のAKB総選挙で初めてCDシングルを買ったライトなファンがいるとしましょう。1人1票で投票する場合、これら2人は同等に扱われて、集計されます。「AKB総選挙は選挙でない」と主張する立場は、この集計結果こそが重要で正しいと考えていることになります。
しかしこの方式だと何だか納得できない人も多いのではないでしょうか。この納得できない原因の一つは、前回でも扱いましたが、熱意(これを政治学ではインテンシティと言います)に配慮しておらず、熱意を汲み取ることができないからです。
それではAKB総選挙はどのようにみなすことができるでしょうか。AKB48総選挙の投票権から考えてみましょう。AKB総選挙では1人1票ではありません。そのため選挙結果は、AKB48を支持する人たち(ここではAKB48コミュニティと呼びます)の人数配分を示すのではなく、AKB48コミュニティにおける熱意の総体の方向性を計測したといえるでしょう。
こう考えると、「AKB総選挙は(日本で実施されている)『選挙』と同じではない。だから意味がない。」というように、結果を否定的にとらえるべきではないことがわかるでしょう。むしろ熱意を考慮しているという点を考えると、単純な1人1票よりも優れているともいえるのです。現在の選挙制度で、1人1票という平等選挙も当然意味があるのですが、熱意を考慮できる選挙制度を考えるときに、AKB総選挙は非常に有益な参考例を提示しているといえます。
実は今回の記事内容と同じ視点を持っているメンバーがいます。大島優子は2位の受賞スピーチで「AKB総選挙は選挙か」に答えるとき、「私たちにとって、票数は愛です」と述べました。この「愛」を「熱意」に読み替えてもらうと、今回の記事が良くわかると思います。例え1人であっても、多くの愛を示すことはできます。そしてAKB総選挙は、その深さを測ることができるシステムなのです。
個人的に驚いたのは、大島優子はこのAKB総選挙のポイントを正確に理解していることです。大島優子は前回選挙で1位、今回は2位というAKB48の中心的存在の1人ですが、それに十分に値するセンスをもっているといえるのではないでしょうか。
