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政治学から見るAKB総選挙

政治学から見るとAKB選抜総選挙は興味深い要素が盛りだくさん。
それらの解説を通して、政治学も学んでもらおうというブログです。

 さてAKB総選挙ですが、毎年定期的に実施されるため、常時選挙戦であるということは以前に指摘しました。AKB総選挙ではインターネットなどを利用した間接的なマスコミュニケーションによる選挙活動が活発ですが、直接的に立候補者と有権者が接触する場もあります。いわゆる「握手会」はその代表といえます。



 握手会の重要性はすでに皆さんもご存じでしょう。「握手会の女王」といわれる柏木由紀は相手の目を見つめしっかりと握手をするといわれています。この記事でいうと、柏木はファンの心を鷲掴みにしているといえるでしょう。実際の選挙結果では、第1回総選挙で9位、第2回総選挙で8位、第3回総選挙で3位となっています。握手の威力だけではないでしょうが、握手会の重要性を示しているといえるのかもしれません*



 この握手会ですが、AKB総選挙導入以前より実施されていましたので、AKB総選挙の文脈ではなく、AKB48のプロジェクト全体の文脈で論じるべきかもしれません。ただ「握手」が公式に導入されており、それがAKB総選挙の選挙戦の重要な局面の1つとなっていることは非常に興味深いのです。それは、握手の重要性を理解している政治研究の立場からは、この握手会という制度は実際の政治に通じるものがあるからなのです。



 なお私は柏木由紀と握手をしたことがありません。それですので、自分の体験として彼女の握手については語ることができません。握手をした経験のある方は、どのように感じたか、ぜひ教えてください。



* 政治学の学術研究では、「実際に握手をしたことがあるか」「それが投票に影響を与えたか」などといった調査を実施して、握手と投票行動の相関関係・因果関係について検証しています。分析の結果、両者に関係があった場合に初めて、「握手会での対応がAKB総選挙での投票行動に関係している」という結論を導きます。



 AKB総選挙については、AKO研究会にはこのような調査データがありません。そのためにこの記事では断言するのではなく、あくまで「~と言われている」という表現にしています。このように、「ABだ」と断定するのは一般的には簡単かもしれませんが、学術的には多くの実証を伴う難しいことなのです。






 前回までは握手の重要性を私の個人的な体験を通して説明しました。今回は記憶に焦点を当ててみようと思います。


 記憶には2つの種類があるといわれています。1つは、誰かに教えられたり自分で学んだりした知識としての記憶であり、一般には「意味記憶」と呼ばれています。もう1つは自分が直接的に経験した記憶であり、「エピソード記憶」と呼ばれています。

 まず「意味記憶」ですが、抽象的な記憶で、「わかる」「知っている」という意識を伴うとされています。それに対して「エピソード記憶」ですが、11つの経験の具体的な記憶で、「覚えている」という意識を伴うとされています。したがって、経験としての記憶、つまり思い出として鮮明に覚えているのは、後者の「エピソード記憶」ということになるといえます。

 ここから考えると、政治家に対しての記憶は、自分で調べた「その政治家がどのような政策を主張していた」ことよりも、「その政治家と直接遭遇した」ことの方が経験や思い出として強く残ることがあるということになります。

 さらに、「握手をすること」というのは「その政治家と直接遭遇した」中で、最も重要な経験といえるでしょう。つまり握手をすることは単なるパフォーマンスにとどまらず、有権者に自分を売り込む重要な場面だといえるのです。



 それを裏付けるように、選挙マニュアルなどを読むと握手の重要性が指摘されています。自民党や民主党の選挙マニュアルでは、握手のやり方が掲載されているそうです。また実際の選挙でも、「何人と握手をできたか」ということは重要だと言われています。もちろん握手をするときには、単に手を握るのではだめで、手袋をしないで両手でしっかりと相手の手を握りらなければならないでしょう。同時に視線も重要で、相手をしっかりと見つめる必要がありそうです。

 このように握手は重要です。「最初に握手をしたときに、相手の心を鷲掴みにする」こと、これは政治家だけでなく経営者なども含めカリスマをもった人物が共通して持っている特徴だと思います。一度の握手で自分のファンにしてしまうのです。これは論理的というより直感的なものです。皆さんもそのような経験があるのではないでしょうか。


 私が思い出すのは、2004年夏の出来事です。私は英国で勉強をしていました。週末に、仲間たち10人くらいとブレナムパレス(Blenheim Palace)に行きました。ブレナムパレスとは第二次大戦期の英国首相であるチャーチルの生家です。そこの入り口から入ろうとしたときでした。


 「O氏だ」誰かが叫びました。振り返ると、向こうから数人の日本人の集団が来ました。その先頭にいたのは民主党の大物代議士O氏でした。O氏は我々に気が付くと、近寄ってきて、「今日はここにはどうして?」「何をしているの?」と気楽に話しかけてきました。私が「留学で」と話すと、「おお、それは日本の今後の発展のためにも頑張ってもらわねば」と満面の笑みを浮かべて、手を差し伸べてきたのです。



 いつもは握手などした記憶がありません。しかし思わず手を出し、相手の手を握りました。その手は非常に力強く、しかし非常に柔らかい独特のものでした。視線は私の眼を力強く温かく見つめていました。その一瞬で、私の心は鷲掴みにされてしまいました。


 政治的な手腕は剛腕として知られるO氏ですが、実際に会って握手をしたときには、非常に温和で信頼に足る人物という印象を持ちました。後で友人たちと話をしたのですが、私の持った印象は私の友人たちと一緒でした。さらに恐るべきことに、私のグループは日本人だけではなかったのですが、日本人ではない友人たちも「よく知らないけれど、すごい人なの?説明は難しいけれど、存在感がある人だったね。」といった感想を述べていました。


 もちろん私は無批判にO氏を称賛することはありません。しかしO氏の地元で、O氏への支持が絶大なことは理解できたように思います。少なくとも、握手で相手の心を鷲掴みにするという一流の政治家の要件を満たしていたといえるでしょう。


 雑談が過ぎましたが、握手というものはここまで強く印象に残るものなのです。次回はもう少し学術的に考えてみましょう。