「聴き比べ ♬ part 3」 という記事で織田哲郎さんが公式チャンネルで「Days」を歌っている動画を貼りました。
その中で織田さんは「私の思うところの歌が上手いとか歌唱力のあるとはどういうことかということは今度またゆっくり話をしたい」と前置きした後、「私の思うところの歌唱力のある方として、明菜さんは本当に素晴らしい歌手だと思います。」と仰っていました。
後日、歌唱力について語られた動画がこちらです。
織田さんの話から抜粋してみました。
いわゆる、歌唱力がある、歌が上手いといわれる要素には、①音程が正しい ②リズムが正しい ③声量がある ④有効音域が広い この4つがある。アマチュアだったらそれでいいが、プロとしてはこれらはあくまでもツールであってどうでもいいもの。プロとして重要なことは''その人の歌で人を感動させる(踊りたくなるとか泣きたくなるとか何でもいいから感情が動く)魅力ある世界を作り出せるか''この一点だけだと思う。その表現しようとしている世界は色々で言ってみれば競技が違っている。例えば森田童子さんの「ぼくたちの失敗」をMISIAさんが歌ったらもっとよくなるかといったらそうではない。
中森明菜さん、中島みゆきさん、ちあきなおみさん、こういう人たちは4つの要素を持っている方たちだが、特にライブになると、ピッチやリズムなどの''揺れ''みたいなものを含めてより感動させるということが出来る人たちである。この人たちは上手く歌おうとは思っていない。一曲一曲その世界を表現しようとしている。強いて言えばこういう人たちは歌唱力のある人という見方にもなる。
''その人が表現しようとしている世界がその人の歌で完成していればOK’’なわけです。だから最近よくある様々なジャンルを集めて誰が一番歌唱力があるかみたいな議論はやめたほうがいい。
これは概ね同意で、''カラオケでアーティスト本人が歌っても良い点数は出ない''に通じるものがありますよね。
織田さんが明菜の歌唱力を評価して下さる理由もよくわかりました。
歌唱力ということで言えば、気になっていたことがあります。
「夕刊フジ」の連載【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】No.118,121 にこんな記述がありました。
<音楽ライターの一人は「歌唱力としてのピークならば、おそらく『難破船』」から『AL-MAUJ (アルマージ)』、そして『TATTOO』を発売した87年から88年だったのではないか」とも。実際、ファンの間でもそういう声が多いのも事実だ。>
<87年~88年の明菜は歌唱力を含め「最も輝かしかった」といわれる>
歌唱力としてのピーク…… 歌唱力を含め最も輝かしかった……
声量があることや高い声が出ることを重要視するならそうなのかもしれない。
明菜だけでなくほとんどの歌手が若い頃がピークになると思う。
でも私は90年代以降の明菜に歌唱力の衰えというものを感じない。
それは何故なのか?
その疑問に織田さんが答えを出してくれました。
''上手く歌おうとしているのではなく一曲一曲その世界を表現しようとしている''
その姿勢に変わりがないからなんですよね。
納得です。
火曜日に放送された『ドリフ&志村けんのバカ殿様 豪華絢爛!笑いの春祭りスペシャル』。
笑って、でもちょっと泣けちゃいました。
志村さんとの共演は明菜にとって良い思い出となっているようですね。