アクティングを始めてから、あらためて気づいたことがあります。

「人の目を気にすることは、自分の幸せにほとんどプラスにならない」ということ。

そして他人ではなく自分を軸にするようになり、心が前よりも安定するようになりました。


私は昔から、人目を気にして生きてきた方だと思います。もっと言えば、競争意識の中で生きていた気がします。


子どもの頃は負けず嫌いで勉強を頑張り、

大学受験では「自分の幸せのため」というより、世間が良しとする大学に入らなければいけないというプレッシャーで努力していました。


社会人になってからも、

「いい成果を出さないと」「昇進しないと」「人より優れていないと」誰に言われたわけでもないのに、人と比べ続け、自分は足りないという欠乏感でいっぱいでした。


アメリカに来てから、少しずつですが、

「他人の基準」ではなく

「自分にとっての幸せ」

から物事を選べるようになってきた気がします。


あるとき、カンファレンスで訪れたニューオリンズで、ジャズバーを巡り、そこで出会った人と、音楽に合わせて楽しく踊った日がありました。


普段は人と踊ることなどなかったのですが、知らない土地だからこそ誰も私のことを知らない。ただ気持ちのままに踊る私に、ある人がこう言いました。


「君はずっと踊りたかったんだね。」


その一言で、はっとしました。


私はずっと、踊りたかった。

でも私は、

「変に見えないかな」

「下手だと思われるかも」

「キャラじゃないと思われるかも」

と、周りの目を気にしてできなかった。


アクティングが教えてくれた“見られる自分”を手放すこと


演技クラスを始めて数カ月。

毎回、小さな発見があります。


最初はセリフを覚えるので精一杯で、人の目を気にする余裕なんてありませんでした。

でもある日ふと、

「この人には負けたくない」

「私の演技はどう見えてる?」

と、他の人と比べ出した瞬間がありました。


その途端、自分の演技がぎこちなくなっていくのを感じました。


インストラクターから言われたのは、

「相手に集中しなさい。

感情は自分で作るんじゃなく、相手とのやり取りの中で自然と生まれるもの。」


そのとき気づいたのです。

“見られている自分”に意識が向いた瞬間、見ている人にも、そのことは伝わります。それはリアリティをなくし、人の心を動かすことはできない。


これは演技に限らず、

ダンスにも、アートにも、クリエイティブな活動全てに通じるのではないかと思いました。


評価に縛られないことが、いちばん自由にしてくれる


今の私は、演技をするとき、なるべく人の評価を意識しないようにしています。

上手い・下手よりも、教わったことを自分なりに丁寧に積み重ねられたか。その感覚を、自分でちゃんと認めてあげたいと思うようになりました。


誰かの一言や評価で自分の可能性を狭めたくない。私の目標は、いつか舞台の上で、人の心が動く演技をすること。

映画や舞台に救われたように、

誰かの心を救える演技をすること。



異文化の中で生きていると

「発音大丈夫かな」

「間違えたらどう思われるかな」

と、人目を気にしがちかもしれません。


でも、よく考えると――

それを気にしたところで、自分のプラスになることってある?


例えば学校のクラスで恥をかいたとしても、

ほとんどの人は自分の人生にずっと関わる人じゃない。


それよりも、

発言できた、一歩踏み出せた自分を認めること。そのほうが何倍も自分の幸せにつながる。


それを積み重ねた先に、

いつの間にか自分が成長していて、

一年前の自分よりずっと強くなっている。


そして気づくはずです。

「人目を気にして生きるのは、本当に勿体ない。」


気づけば私は、この数年でたくさんのことが変わりました。


3年前アメリカに来たばかりの私は、

今就労ビザを取得し、サンディエゴで好きな仕事をしながら働く自分を想像もしていませんでした。


大学院の実習で、上司との関係に悩んで自信をなくしていたときも、いまのように温かい人たちに囲まれて、安心して働ける日が来るとは思えませんでした。


クラスメイトの話す英語が聞き取れず、授業で一言も発言できなかった頃は、いま自分が英語でアクティングを学び、クラスで楽しんで演じるようになるなんて、想像の範囲外でした。


でも、毎日少しずつ、できることが増えていった。誰かに褒められたからではなく、自分の中で、「昨日よりできた」「今日は小さくても何かにチャレンジしてみた」「あの日の自分より前に進んでいる」

と静かに感じられる積み重ねがあったからだと思います。


振り返ると、私を動かしてきたのは“人目”ではなく、小さくても確かな「日々の積み重ねとそれを自分で認めてあげること」でした。


だから今は、

人目を気にして生きるのは、本当に勿体ないと感じています。

不安や怖さがあってもいいけれど、

それに縛られなくてもいい。


自由でいることを、自分で選んでいい。

その自由は、大きなことではなく、

小さな一歩の積み重ねから生まれるのだと思います。