今日は「孤独は本当に悪いものなのか」ということについて書いてみたいと思います。

 

母が亡くなって、特にアメリカに来てから、私はかなり長い間、孤独というものと向き合ってきました。

一般的には孤独であるということはネガティブなイメージなのではないかと思います。
休日を一人で過ごしている。

家族や恋人など、一緒に時間を過ごす相手がいない。

イベントやパーティーなど大人数の場に誘われない。

そういう状態は、どこか「かわいそうな人」に見える気がしていました。

私自身も、昔は誰かと一緒に時間を過ごしている方が、一人で過ごしているより充実していて、人としてちゃんとしているように感じていたと思います。

 

でも、アメリカに来て一から生活を立ち上げる中で、実際に自分は孤独だと感じる時間を長い間過ごしてみて、少し考え方が変わりました。

まず友人作りに関しては、大学院では年齢層もかなり違っていて、思ったより共通点を見つけるのが難しく、容易ではありませんでした。また、大人になったからこそ、ただ一緒に時間を過ごすというよりも、一緒に時間を過ごすなら、本音の話せる、分かり合える友人と過ごしたいと思うようになっていました。

 

もし20歳くらいで留学していたら、もっと気軽に友人を作っていたのかもしれません。

当時の私の一番の目標は、アメリカでキャリアを築くことでした。

学業に集中して、ネットワーキングをして、卒業後の仕事を探す。

友人を作ることよりも、優先していたことがありました。

もしかしたらこれは言い訳なのかもしれません。

もっと努力すれば、本当に仲の良い友人を作れたのかもしれないし、コミュニケーション力や積極性の問題だったのかもしれません。

 

でも、一つはっきりしているのは、孤独な時間を長く過ごしたことで、一人でいることに対する自分の感覚が変化したということです。

大学院留学時、今でも覚えているのは、大晦日の夜です。

コロナにかかって、高い熱が出て、一人でベッドに寝込んでいました。

体もしんどかったですが、それ以上に、しんどいと話せる人が誰もいないことがつらかったです。

大晦日の夜に、一人でベッドの中で泣いていました。

あの時は、わたしは人として価値がないから一人でいるのかもしれないと思っていました。

 

でも自分の中で変化したことも多くあります。

以前の私は、人から誘われたら参加した方がいいと思っていました。

人と一緒にいることを優先した方がいい気がしていたからです。

でも今は、その時間が本当に自分にとって心地よいかを考えるようになりました。

人に誘われたから行くというよりも、自分が本当に行きたいのかを考える。

一緒にいて違和感があるなら、無理に関係を続けようとしない。

嫌だと思ったことは、言い方は考えますが、はっきりと相手に伝えるようになりました。

それで関係が終わるなら、それはそれでいいと思えるようになりました。

 

ここまで振り返ってみると、私は孤独を経験したことで、一人でいること自体を以前ほど怖いと思わなくなったのだと思います。

だからこそ、人間関係にも少し自由になれたのかもしれません。

一人でいることが怖いと、どうしても人間関係にしがみつきやすくなります。

でも、一人でも自分の時間を楽しめると分かってからは、「誰かと一緒にいること」そのものを目的にしなくなりました。

 

今はカリフォルニアに来て1年半ほど経ちました。

大学院にいた時に感じていたような孤独は少しずつ薄れてきました。

でも一人で過ごす時間がなくなったわけではなく、むしろ一人の時間は前より好きになりました。

一人で映画やドラマを見たり、本を読んだり、好きなことを学んだり、散歩するのは私にとって大切な時間です。

一人だからこそ、できること楽しめることもたくさんあります。

 

一方で、人とのつながりも少しずつ増えてきました。

本音を話せる人が少しずつ増えました。

職場では、同僚やボランティアの人と雑談することがあります。
元気がない時に、心配して声をかけてくれる人もいます。

気が向けば、友人主催の集まりに参加することもあります。

アクティングクラスの先生や友人とは、オーディションや最近見た劇、作品の話をします。

たまにボランティアに参加してみたり、気になるカフェに行ってみたりもします。

職場、趣味の場、ローカルの友人、日本人の友人など、いくつかの場所とゆるくつながっている感じです。

 

でもまだ自分の居場所やコミュニティを模索している感覚があります。

でも以前ほどそこにプレッシャーを感じなくなりました。

友人をたくさん作らなきゃ、とか、誰かと常に一緒にいなきゃ、とか、そういうことよりも、自分が本当にやりたいことをして、その中で自然に話せる人や、もう少し知りたいと思える人と少しずつ繋がれたらいいなと思えるようになりました。

 

今は一人の人に全部を話す必要はないとも思っています。

仕事のことを話せる人。
プライベートのことを話せる人。
人生のことを話せる人。

いろいろな人に、少しずつ違う部分の本音を話せればいいかなと思っています。

そういう風に今は自分なりのセーフティネットを作っている途中なのではないかと思います。

 

孤独は、決して楽なものではないと思います。

でも孤独な時間があったからこそ、自分が何を心地よいと思うのか、どんな人と一緒にいたいのか、どんな関係なら無理をしなくていいのかを考えるようになりました。

そして今は、以前よりも自分にとって心地よい人間関係を選べるようになってきたと思います。

これからまた人間関係が変わることもあると思います。

 

もし今、留学や海外生活の中で孤独を感じている人がいたら、孤独であることに悲観的になったり、自分の能力の問題だと思わなくてもいいのではないかと思います。

英語力が足りないから。
コミュニケーション力がないから。
努力が足りないから。

本当にそうなのでしょうか。

今はただ、自分がどんな人間関係を求めているのかを知っていく途中なのかもしれません。

 

孤独はつらいけれど、その時間の中でしか気づけないこともあるのかもしれません。

私にとっては、それが「誰かと一緒にいること」よりも「誰と、どんな風に一緒にいるか」を大切にすることでした。

一人でいることを自分で選べること。

今日は人と会うより一人で過ごしたいと思えること。

一人の時間を楽しめること。

それ自体は自分の人生を生きる選択であり、寂しいことでも、かわいそうなことでもないと思います。

 

一人でいることを自分で選べることと、必要な時に誰かとつながれること。

その両方があることが、今の私にとっては一番大事なのだと思います。