最近、過去の自分を振り返ることが増えました。
あの時は「終わりだ」と思った出来事も、今振り返ると全部ちゃんと今につながっています。
できれば起きなければよかったと思ったこともあります。
正直、経験したくなかったこともあります。
でもそれも含めて、今の私を形作っていると思っています。
だからこれは誰かに伝えたいというより、あの時の私に向けて書いています。
10年前
毎日必死で仕事をしていました。
周りと比べて、できない自分に焦っていました。
心の中にはいつも闇のようなネガティブな気持ちが渦巻いていて、でもそれを周りに言ってはいけない、理解してもらえるはずがないと思い込んで、自分の中に押し込めていました。
自分を大切にできていませんでした。
自分の心の声を無視して、「休んだら終わり」「この仕事がなくなったら終わり」「次にもっといい仕事なんて見つかるはずがない」と本気で思っていました。
常駐先の自分より若い人たちが生き生きと活躍しているのを見て、いつも劣等感を感じていました。
私が輝ける時なんて来ないと思っていました。
先輩に泣きながら「どうやったらモチベーションを持てますか?」と聞いたこともあります。
返ってきたのは「なんでモチベーションが必要なの?」という言葉でした。
価値観が合わないとわかっていながら、どうしてあの場所から出られなかったのだろうと、今でも思います。
でも今振り返ると、無駄ではなかったこともたくさんあります。
ビジネスの基礎、コミュニケーション力、クリティカルシンキング。
厳しい環境にいたからこそ鍛えられたものもたくさんあります。
そして、自分が辛かったからこそ、後輩には同じ思いをさせたくないと思えました。
仕事内容よりも、一緒に働く人の存在がどれだけ大切かも学びました。
10年前の私へ。
今の私は、あなたがあの環境で踏ん張ったからこそ、考える力も、伝える力も、折れない力も持っています。
だからこそ、結果として今の仕事を得ることができ、人や社会に貢献する働き方ができています。
7年前 ― 母が亡くなった日
人生で一番悲しい日でした。
母が亡くなる数日前、息をするのも苦しそうで、話すこともできませんでした。
愛する人の死そのものよりも、苦しんでいる姿を見ることのほうが辛いと知りました。
私は一緒に住んでいなかったので、24時間そばにいた父の気持ちを思うと胸が痛みました。
母に合う治療法を見つけたいと、たくさん調べました。
有名な医師に連絡し、治験を探し、一時的にがんが小さくなる治療もありました。
でも最終的に救うことはできませんでした。
この出来事に意味なんてあるのだろうかと思っていました。
でも今、ソーシャルワーカーとして働く中で思います。
命に関わる病気を抱える人とその家族の孤独を、私は身をもって知っています。
医療現場の現実も、医師の立場も、今なら少し理解できます。
そして何より、大切な人を失う痛みを経験したこと。
それは、人を支える仕事をする上で大きな土台になっています。
母の死は、私に痛みだけでなく、強さとやさしさも残してくれました。
7年前の私へ。
あなたはあの時、できることを全部やっていました。
救えなかったと自分を責めないでほしいです。
その悲しみは消えません。でも、その痛みはあなたの力になります。
今の私は、あの経験があったからこそ、人の孤独に少しだけ寄り添うことができています。
6年前 ― 駐在がなくなった日
ヨーロッパ駐在が決まり、コロナによって渡航1週間前に取り消しになりました。
とうとう夢の第一歩に踏み出すのだと思っていたので、一気にモチベーションを失いました。
その後の仕事にも身が入らず、周囲に迷惑をかけたと思います。
でも今思うのは、あの出来事がなければ今の私はいないということです。
会社に守られた立場ではなく、自分でリスクを取り、自分の足で海外に出る決断ができたのは、あの経験があったからです。
怖かったですが、その選択は間違っていませんでした。
6年前の私へ。
夢がなくなったわけではありません。
道が変わっただけです。
あの出来事があったからこそ、自分の人生に責任を持つ生き方にシフトできました。
4年前 ― 奨学金に落ちた日
アメリカ渡航直前、最後の奨学金に落ちました。
努力して勝ち取った大学院への切符も、これでもう行けないのだと思い、友人に電話をしながら大泣きしました。
渡航に必要なお金は半分にも満たないままでした。
それでも、渡航を決断しました。
直前まで大学院と授業料の交渉をしましたが断られ、「費用が足りないなら来るな」と言われました。
渡航当日、空港で見送りに来てくれた友人の前で、私は本当に不安でいっぱいでした。
渡航後も毎日不安でした。
どうすればいいのだろうと思いながら、切り詰めて生活しました。
でも不思議なことに、必要なタイミングで道は開きました。
家も見つかり、日本語学科の仕事で学費免除につながり、奨学金も増額されました。
今振り返ると奇跡のようですが、あの時はただ必死でした。
できない理由ではなく、できる可能性を探す。
まずは言ってみる。助けを求めてみる。
それを体で覚えました。
4年前の私へ。
不安だったよね。自分の人生に責任を持つと決めたものの、うまくいかないことばかりで
心が折れそうだったことを覚えています。
でもあなたはちゃんと前に進みます。奇跡を起こします。
そしてその姿勢が、未来を動かし、新たな奇跡を起こします。
2年前 ― 内定が取り消された日
ついにビザスポンサーが決まりましたが、条件交渉の結果、内定が取り消されました。
メールを見た瞬間、泣き崩れました。
最終的に今の職場に出会うまで8か月かかりました。
ストレスで体にも症状が出ました。
でも今カリフォルニアで価値観の合う素敵な人たちに囲まれて働けていることを思うと、あの遠回りは必要だったのだと思えます。ようやく職を得てからも、H1Bビザの抽選や、車の免許取得など、挑戦は続きました。
抽選に受かったと知ったときは、本当に飛び跳ねたい気持ちでした。
ビザサポートをしてくれた組織の上司やメンバーには、感謝してもしきれません。
2年前の私へ。
あの出来事は、あなたの価値を否定するものではありません。
遠回りに見えても、ちゃんと自分に合う道にたどり着いています。
半年前 ― 別れ
大切なパートナーと別れました。
数か月間話し合いました。嫌いで別れたわけではなく、将来の方向が違っていました。
怒りも悲しみもありました。
でも時間が経つにつれて、少しずつ気持ちは変わっていきました。
この出来事を通して、私は「自分をもっと幸せにしたい」と本気で思うようになりました。
古い価値観を手放して、自分の心に正直になろうと思いました。
バケットリストを作りました。
星空を見に行く
パドルボードに挑戦する
メイクレッスンを受ける
ボーカルレッスンに挑戦する
お気に入りのカフェを見つける
自分にぴったりの香水を探す
好きな音楽で思いきり踊る
そして、演技レッスンを始めました。
子どもの頃は大好きだったのに、いつの間にか忘れていたことに、もう一度向き合いました。
始めてみたら、本当に楽しくて、毎回知らなかった自分を発見しました。
英語で演技なんてできるわけがないと思っていたのに、気づけば英語でコメディをしている自分がいました。
今振り返ると、あの別れがなければ、ここまで本気で自分のやりたいことに向き合っていなかったかもしれません。
彼の存在に甘えて、友達づくりやコミュニティづくりも後回しにしていたかもしれません。
そして今は、彼への憎しみはありません。
もしすべての記憶を持ったまま出会いの日に戻ったとしても、私は同じ道を選ぶと思います。
人を本当に愛することは、誰でもない自分の選択であり、コミットなのだと学びました。
それを教えてくれた彼に感謝しています。
半年前の私へ。
あの別れは、あなたを壊す出来事ではありません。
あそこから、あなたは自分の人生を本気で選び始めました。
そして今
今も課題はあります。
ビザの制限もあります。
でももう知っています。
できないことではなく、どうしたらできるかを考えればいい。
3年後の私が、今の私を振り返った時に、
「あの時間があったから、今の私は夢を叶え、また新しい夢に向かって生きている」
そう言えるように、生きていきたいと思います。
過去の私へ。
あの苦しさも、あの焦りも、あの悲しみも、
ひとつも無駄にはなっていません。後悔もありません。
必死に踏ん張った時間が、今の私を作っています。
終わりだと思った出来事は、
終わりではなく、いつも次の始まりや新しい可能性を開いてくれました。
きっとこれからもそうなのだと思います。