Berryz工房℃-ute

ハロープロジェクトを支えて来たハロープロジェクト・キッズ世代も

来年の℃-uteの解散で終わりを告げる。

ある意味で仲間であり、ある意味でライバルだったBerryz工房と℃-ute。

 

これは私の感じた事ですが、

Berryz工房と℃-uteは一対、コインの表と裏のようなものではないだろうか。

見た目は違うが、基は同じ。

Berryz工房が有り、そしてBerryz工房に対抗する形で℃-uteが有る。

℃-uteはある意味Berryz工房への対抗意識によって輝いていたのではないか。

だからBerryz工房が消えれば℃-uteは輝きを失う。

℃-uteメンバーも、Berryz工房をライバル視することで全員の意識統一が出来ていた。

ライバルがなくなったことで、℃-uteメンバー個々の考え方を優先するようになった結果が解散という選択なのではないだろうか。

 

Berryz工房と℃-ute

同じようでありながら、実はかなり違ったグループだったと思います。

 

Berryz工房

私は、Berryz工房はアイドルでありながら最もアイドルらしくなかったグループ。

だと思っている。

最終的には自分たちでコンサートの演出・構成を行い、自分たちでバラエティ演出する。

それはアイドルよりもアーティストに近い。

デビュー時は、アイドルと言うより子供のグループ。最もアイドルらしい15~18歳の頃はアイドル低迷期。今のようなアイドル活動が少なかったからこそ技術力が高くなったのかもしれない。そしてメンバーの個性が、Berryz工房の独特な魅力を醸し出す。

 

普段からキャプテンの清水佐紀が「メンバーの仲は普通です」と言っていた通り、メンバーの個性がバラバラであり、プライベートでの共通点が全く無い感じで、”仲良しグループ”と言うイメージは無い。だが、なぜかBerryz工房として活動すると不思議な一体感が生まれる。

それは、どこかに「Berryz工房は自分たちの仕事」という割り切りがあり、仕事だから手を抜かないという、アイドルとは違う、仕事のプロフェッショナル的な一体感だ。

だから、Berryz工房なら任せても大丈夫と言う不思議な安心感があった。

スタッフやプロデューサーのつんく までもが、Berryz工房の独自性を認めていた。

 

メンバーが、プライベートと仕事の切り分けに成功した事でBerryz工房が完成したのではないか。良い意味での”ビジネス・パートナー”と言う言葉が当てはまるグループだと思う。

だから、”解散”ではなく”活動停止”なのではないだろうか。

「いずれ、また”仕事”をやりにみんなで集まろう」という可能性があるのかもしれない。

 

 

℃-ute

アーティスト的なBerryz工房と比較すれば、℃-uteはいつまでも”アイドル”だと思う。

”華やか”であり、良い意味での”仲良しグループ”的なイメージが強く、楽屋はいつも楽しく、他のグループ・メンバーにも優しい。

でも、なぜかグループとしての一体感が弱いと感じてしまうのだ。

それはBerryz工房と比較するからかもしれないが、リーダーの矢島舞美に問題があると思っている。舞美ファンには悪いが、舞美のリーダーは頼りないのだ。他のメンバーがカバーしあうのが℃-uteだと言っていた通り、舞美はリーダーと言うより一人のアイドルだと思う。

その分、アイドル性は高い訳だが、メンバー個人の意識に依存するが故にグループの方向性が定まらないように感じてしまう。

その意味では、以前、鈴木愛理が”℃-uteらしい曲”がないと言っていたことも気になっている。裏を返せば”℃-uteらしさ”が何か定まっていないとも言える。

℃-uteと言えば”ダンス・パフォーマンス”だろう?

確かにそうだが、それは、Berryz工房との対比の意味が強い。

実際にはバラード系やアイドル的な楽曲も多く、全てがダンス・ナンバーなわけではない。

グループの方向性は運営側が決めるものかもしれないが、ある程度自主性を発揮していたBerryz工房と比べるとどうしても弱いと感じてしまう。

 

グループとしての一体感の弱さが℃-uteの”解散”につながったのかもしれない。

メンバー個人への依存性の高さ故に、これまではBerryz工房への対抗意識でまとまっていたものが、Berryz工房を失った事で、グループとしての結束が薄れ、メンバー個々の考え方を優先するようになったのではないだろうか。