「土の焼き物のびん」を買い、「民の長老と年長の祭司のうちの数人」を連れて、「ベン・ヒノムの谷」に行くよう、命じられています。この「土の焼き物のびん」は、10節以降で預言の視覚教材として使用されます。
「民の長老と年長の祭司のうちの数人」を連れて行ったのは、おそらく預言の証人とするためです。
「瀬戸のかけらの門」は、砕かれた陶器類が捨てられていた場所で、後の“糞の門”ではないかと言われている場所で、その入り口にある「ベン・ヒノムの谷」とは、モレク神の礼拝所(いけにえをささげていた場所)です。
ここは、かつてヨシヤ王による改革によって破壊され、再び異教の礼拝がささげられることがないよう、ごみ焼却所とされた場所です。
Ⅱ列王記23:10「彼は、ベン・ヒノムの谷にあるトフェテを汚し、だれも自分の息子や娘に火の中をくぐらせて、モレクにささげることのないようにした」
しかし、エホヤキム王の時代に再び異教の礼拝所として再建されたのです。
今回の箇所では、人身いけにえをささげてきた血なまぐさい悪しき偶像礼拝の象徴的な「ベン・ヒノム」へのさばきの宣告です。それは、この先起こるさばきの原因の一つが偶像礼拝であることを示すための象徴的預言なのです。
*3~5節を読みましょう。
「わたしはこの所にわざわいをもたらす」
「この所」とは「ベン・ヒノムの谷」を指し、「耳鳴りがする」とは、さばきに対する恐れを意味する表現です。そのさばきの理由が詳しく語られています。
「彼らがわたしを捨ててこの所を見分けがつかないほどにし」
これは、「ベン・ヒノム」での偶像礼拝が盛んで、熱狂的だったことを示しています。「見分けがつかない」とは、エルサレム神殿での礼拝と遜色ないほどの熱狂ぶりで、もはや「ベン・ヒノム」が真の礼拝所なのではないかと錯覚するほどだった、という皮肉です。
「先祖も…知らなかったほかの神々にいけにえをささげ」
「ベン・ヒノム」で行われていた偶像礼拝の異教の神々は、昔からイスラエルを導き、伴って来た神ではありません。むしろ、彼らが神ではなく「諸外国のように王がほしい」と求め、王国となって以降、政治的理由から、外国との同盟や政略結婚によって、異教文化や偶像が入り込んできました。このモレク神もバアル神もそうです。
彼らと何の縁もない、何の約束も無い、いのちもない“むなしいもの”(=偶像)を熱心に拝んでいることに、何の矛盾も感じていなかったのです。
「この所を罪のない者の血で満たし」
異教の礼拝行為の中で、最も忌まわしいものは人身犠牲でした。彼らは、「自分の子どもたちを全焼のいけにえ」としてささげていたのです。あり得ない狂気な行為ですが、その“あり得ない”行為が“最上の犠牲”ということだったのでしょう。
「このような事は、わたしが命じたこともなく、語ったこともなく、思いつきもしなかったこと」
主の民だと自称し、アブラハムの子孫であることを誇りとしていたイスラエル・ユダの民が、主が命じてもいないことを熱心に行っているのです。主が命じたこと(みことば)には従わないで…なんと皮肉なことでしょう。
*6節を読みましょう。
「その日」とは、さばきの時であり、バビロンによるエルサレム陥落の日のことです。バビロンによる攻撃の後には、この場所(ベン・ヒノム)が「虐殺の谷」と呼ばれるようになると告げられています。これは、この場所が、バビロン軍包囲から攻撃に至るまでに出る、多くの死者の遺体処理場になることを示しています。
「しかばねを、空の鳥や地の獣のえじきとして与える」
しかも、その遺体は丁寧に埋葬されることなく、野ざらし状態になることが告げられています。
「窮乏のために、自分の息子の肉、娘の肉を食べさせる」
Ⅱ列王記25:1-3には、バビロン軍によって二年半もの間、エルサレムが包囲されたことが記されています。いわゆる、兵糧攻めです。これにより、食料難からの栄養不足が生じ、疫病による病死、餓死する人もいました。そんな極限状態で、エルサレムの住民たちは自分が生き残るために互いを食べるという…恐ろしい選択をするのです。それが“生きる”ということではないのにね…。
主なる神が、“いのちと祝福”を選びなさいと言われたのに、“死とのろい”を選んだものの最期は、やはり虚しいのです。
申命記30:17-19「もし、あなたが心をそむけて、聞き従わず、誘惑されて、ほかの神々を拝み、これに仕えるなら、…あなたがたは、必ず滅びうせる。…私はいのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。」
*10節を読みましょう。
さて、ここから冒頭に購入した「びん」を使った象徴的行為に拠る預言がなされます。
「同行の人々」とは、1節の「民の長老と年長の祭司」のことです。彼らの前で「土の焼き物のびん」を砕くことで、一度壊れたものは“元には戻らない”ことを示しました。
これは、18章のたとえと合わせて、「陶器師」である主の御手によって「砕かれる」(さばきを受ける)ので、エルサレムが崩壊(荒廃)から逃れることはできないことを示すものです。それは、悔い改めることない(さばきを受ける)なら、二度と主の民として回復されることがない、ということなのです。
「わたしはこの町をトフェテのようにする」
「トフェテ」とは、最初の部分で書きましたが、かつて異教の礼拝所となっていた場所で、ヨシヤ王の改革の時に破壊され、ごみ焼却所とされた地(さらに、後に再び異教の礼拝所へ…再びごみ焼却場へ)です。
バビロン侵攻時には、この「トフェテ」に、亡くなった人々の遺体を積み上げるが、処理しきれないほど遺体が溢れるので、エルサレム全体が「トフェテ」(=汚す・燃やすの意味)のようになってしまう、という事が告げられています。
この章では、さばきの宣告だけで、回復の約束は告げられていませんが、他の箇所では約束が告げられているように、イスラエル・ユダは不信仰のためにさばきをうけましたが、全滅させられたわけではありません。現在も、イスラエルは存在し、その民も存在するのです。それは、このさばきが滅ぼすことを目的としたものではなく、回復を目的としたものでもあるからです。
割れた陶器が元に戻らないのは事実ですが、陶器師の手によって砕かれたのは、作り直すためです。イスラエル・ユダが、主の御手によって「砕かれる」(バビロン捕囚を経験する)ことを通されなければ、エルサレム(南ユダ)の住民は、元に戻る…すなわち、立ち返り、主の民として回復するために必要な試練でもあったのです。
*では、19章を読みましょう。
・・・最後にお祈りしましょう。