拝啓、ステージの神様。
愛らしさと艶やかさと力強さを感じました。
昨年に続き、二宮さよ子さんによる一日のみ、2回だけのひとり芝居を観た。
今年の演目は『舞踊/蝶々夫人』と『ひとり芝居/出雲の阿国』。
特筆すべきは、場所が観世能楽堂であったこと。
世界を魅了したソプラノ歌手、マリア・カラスが歌う「蝶々夫人」に乗せて、能楽堂の舞台で深紅の着物に身を包んだ蝶々さんが舞う。
愛しい人を思ってはにかむ仕草も愛らしく、夫への手紙を手に思いに浸る姿も美しい。
その手紙は、書家でもある二宮さんが縮緬の布に自らしたためたもの。昨年の『成田屋おまつ』とはまた違う趣向が凝らされていた。
縮緬を手繰り寄せたり、肩にかけたり、握りしめたり、傘にかけたり、と一つの舞踊の中でその布さえも表情を見せるようだった。
蝶々夫人の物語がどのような結末を迎えるのかを知っている身としては、せつなくて、どうも悔しい気もして、
美しいものを目の前に見ているのに、眉間にシワをよせてしまった。
能楽堂の橋掛りを抜けていく蝶々夫人の背中に見えた覚悟と、
マリア・カラスの歌声が重なる。
GINZA SIXの地下3階にある観世能楽堂。そしてマリア・カラスと舞踊。
なんと美しいマリアージュだろう。
休憩をはさんで『ひとり芝居/出雲の阿国』が上演された。
出雲の阿国といえば、歌舞伎の祖といわれ、その素性は謎が多く、時に伝説的に語られ、だからこそさまざまな作家がイマジネーションを膨らまして物語にしたりしてきた。
近年で言えば、大河ドラマ『真田丸』に登場したことで記憶している人も多いだろう。
今作は、有吉佐和子の原作、石川耕士の脚本。
生きる力に溢れた女性の物語だ。
出雲の国に生まれた阿国は踊りの才能を活かし、興行に出た。
そこで出会ったのは、鼓打ちの三九郎。
その音に惚れて共に旅をする。
二宮さんは、惚れた瞬間の表情がすばらしい。
「はい、今、落ちましたね」とそこで一時停止したくなる。
男に惚れたわけではなく、音に惚れたと言葉ではいうけれど、
つまりまるごと惚れたわけだ。
ちなみに、この作品の作調と演奏は田中傅次郎さん。
「三響會」亀井家の三男で、スーパー歌舞伎なども手がける歌舞伎囃子方。鼓の音色の美しさは、そりゃあ阿国が惚れるわけだ。
三九郎と決別した後、今度は笛の名手、山三に出会い、その音色に惚れる。
二宮さんは、惚れた瞬間の表情がすばらしい。
「はい、今、落ちましたね」とそこで一時停止したくなる。
男に惚れたわけではなく、音に惚れたと言葉ではいうけれど、
つまりまるごと惚れたわけだ。
と、大事なところなので2回書いてみた。
でも、山三とも一生を共にするわけではない。
やがて阿国は傾奇者として生き、人々を大いに熱狂させ、やがて生まれ故郷の出雲に戻る。
故郷に錦を飾るという言葉の見本のように、阿国は生まれ故郷に、
民のための治水整備を約束させたという。
芸に生きた阿国は、自らの道を切り拓いた人だ。
自分の身の上に起こることに絶望したまま立ち尽くすことはなく、
次へ、さあまたその先へと切り替えが出来る人のようで、
阿国がその生き方をビジネス書にして売り出せば、
今世では大ヒットしたかもしれない。
そんなことまで想像したくなるくらい、魅力あふれる阿国だった。
艶やかな衣裳も早替えの度に楽しんだ。
観世能楽堂を出ると、銀座の街には梅雨入り前のさわやかな夜風が吹いていた。
<公演日程>
2019年6月3日(月)
GINZA SIX 観世能楽堂