”お互い若かった〜”と思わず抱きあい、目頭が熱くなりました。
30年前にお互い転勤して知らない小倉に住み、慣れない土地で奮闘していました。彼女は私よりだいぶ若くて小倉で二人のお子さんを生みました。
どこでどう知り合ったのか、確かな記憶はないのですが、彼女も私も覚えているのは我が家でパンを作りながら針仕事もチクチクしてお互いの子どもを遊ばせながらおしゃべりしたことです。
それから私が先に引っ越したのですが、ちょうど当時は父の死、娘の進学、入学が重なり。ほとんど、どなたにも不義理をして小倉をでました。
時が流れて30年。
ひょんなことから知り合いの料理の先生のブログから
彼女の消息を知りました。
まさかと思いながら連絡させていただくと当の本人でした。
奈良で30年料理教室の先生として活躍されていたのです。若い時にお互い料理もそれほど上手くない時から
彼女は幼稚園の関係から食育に熱心で、一生懸命たくさんの子どもたちの食事を作っていました。
それが彼女の料理教室をする下地かもしれません。
もちろんお母さまが栄養士のお仕事をされていて幼い頃から食べることの大切さが体に染み付いていたのでしょうね。
30年続けてこられた自信と実績が彼女をいっそう輝かせているのでしょうね。
ちょっと年上でえらそうに言ってた私が恥ずかしい。
あっと言う間に30年の時は縮まりました。
結局図々しく一晩お世話になってしまいました。
何にも持ってなくて、すべてお借りするという厚かましさでした。一晩語り明かしました。
夜はご主人さま、大伯父さままで連れ出して
焼肉をご馳走になりました。
さすがグルメのご家族です。
朝まで温かい食事をご馳走になっておいとましました。
すぐに再会すると思います。
本当にお世話になりました。
料理のことは別に書きます
