2009.12.10
神戸で葬儀に参列してきました。
私の弟の奥さんの父上です。
84歳とのことでしたがこの6年くらいはずっと認知症を発症され病院と家を行ったりきたりでした。
家での介護も限界があって半年前にホームに入られたとこでした。
義妹にあたる彼女は二人きょうだいの長女で実家も近かったせいで
よく面倒をみていました。
私も義母の認知症で介護の経験もあるので彼女の大変さもよくわかります。
もともとしっかりしたお父様で商店街の会長などをされ、すべてワンマンで仕事もこなされて
おられたんです。
それが認知症の症状がでてくるとすっかり人格が変わってしまわれて
家族の苦労も想像以上だったと思います。
お母さん、家を継がれた彼女の弟さん、そのお嫁さん、そして娘の彼女
みんなが大変だったろうと思います。
阪神大震災がすべてを狂わせたと彼女は言います。
まだ元気だった御父さんが商売を広げようと銀行から大きな借金をし
工場を建てたとたんに震災です。
店も壊れ、売り渡すことに、残った工場は負債があり売れなかったそうです。
きっとおとうさんも必死で立て直そうとされたのでしょうが
その心労もあってか、少しずつ心も体も蝕まれていったのでしょう
私の知っているその御父さんは小柄な体でいつも笑っておられて、元気な声で
孫を抱いておられた様子でした
今日拝見したお姿は本当にこの棺に入っておられるの・・と思うくらい
小さなお姿になっておられました。
家族はどんな形であれ生きていて欲しいと思うものですが
闘病の長さ、苦しみや病院の対応のひどさなどを見ると
やっと解放させてやれるとの安堵もあったのではないでしょうか
彼女自身は最後の死に目にも会えなかったし、最後まで父が何を思っていたのか
聞けなかったのが心残りと言ってました。
でもやっとお父さんも楽になったと思うとも
”向うで会える。必ず私たちも行くのだから・・
みんな必ず行くんだから・・・”
ゆっくり彼女の話も聞いてあげたかったけど、またそういう機会もあるでしょう
しばらくは残ったおかあさんのそばにいてあげてください
神戸のルミナリエも見たかったけど
このところの体調の悪さもあって気力もなくて
まっすぐに帰ってきました。
葬儀も体力使います