2009.4.26
雨交じりの寒い朝でした。
全く冬に逆戻りです。
弟夫婦が来て2日目、今日は門司のレトロ地区を歩いて、山口県徳山市にある
人間魚雷「回天」記念館の寄って帰る予定とのこと
回天記念館があるのは聞いていましたが、山口の島にあるとは知りませんでした。
大和記念館は呉市でしたか・・・
弟について一緒にその島へ行くことにしました。
小倉から1時間ちょっとです。
途中少し道を間違えたのですが、柳井の鞆の浦あたりを走っていると
義妹が”この辺の海辺の町があの「ポニョ」のモデルらしいですよ”と・・・
なるほど言われて見れば丘があってなだらかな坂道、湾の中のおだやかな海、
のんびりした温かい雰囲気が感じられました。
大津島はJR徳山駅のすぐ南にある港から船で40分ほどかかります
今日の天候です。波が荒くて船はすごく揺れて船酔いする私は地獄でした。
港からは歩いていきます
桜やもみじの青葉が目にまぶしいくらいの樹木が生い茂った坂道を歩くこと15分
途中、青い海が眼下に眺められ、あの当時の若者はどんな思いでこの坂道を歩いていたのでしょう
徳山港です。向こうに見えるのはコンビナートです。この船で渡ります。
大津島馬島港に着くと、ちょうど研修がおわって帰る航空自衛隊の若い隊員たちの出会いました。
複雑な思いで眺めました。
森林浴のような気持ちよさで歩いていたら目の前に門が現れます。そこから記念館の入り口まで
「烈士石碑」が続きます。
烈士とはどこまでも節義を貫き通す男子となっていますが、彼等はどんな思いだったろうか・・・
回天の実物模型です。
思ったより大きい気がしましたが船内は人一人がぎりぎり座れるほどのスペースです。
これは本来人間が乗るべきものではなく魚雷として作られたのです。
これに人間が乗るなんて恐ろしい考えはどうして出てきたのでしょう
多くの若者が祖国や家族のためと信じ尊い命を投げ出したのです。
今ある日本の繁栄は彼等の大きな犠牲のもとであるのです。
もう戦後65年です。遠い昔の出来事のようですが、決して忘れてはいけないことです。
この記念館を出て、海辺の方に長いトンネルがあります。
回天を海まで運んだトンネルです。今もトロッコの筋道がくっきりと残っていました。
足取り重く帰る途中で出会ったのは
徳山駅で弟夫婦と別れ私たちは新幹線で小倉に戻って来ました









