2007.1.2
姑の命日です
三年になります。
24年病院暮らしで(アルツハイマー病でした)亡くなられました。
昨日みんなでお墓参りをしてきました。
お正月の命日は帰っていいかもしれませんね。みんなが集まる時期ですし、必ず話題に
なりますからね
舅も厳しいひとで姑も大変だったと思いますが元気で老後を暮せずに何も楽しいこともせずに逝かれたのが
残念です。
私は主人に悪いけど、姑のように黙って耐えての生活はしません。
言いたいことは言って、行きたいとこは行って
楽しんで暮します。
2007.1.3(WED)![]()
義父も義弟も帰りました ホッ!
今回も義父のこれからのこと、避けて通った感じでした。
私の母にそれとなく”長男と暮したい”などと泣き言をいう義父
それを聞こえでか聞いてないのか、無視していた主人、義弟ときたらそんな話になると
”ちょっと散歩してくる”とか”ちょっとタバコっを”とか言ってどこかに逃げていく
避けたいのはわかるけど、それをまともに聞くのはわたしですよ
なんか私が嫌がっている風なことを母の前で言うから、私もなんか頭にきて
はっきり言ってしまいました。
”お父さん。私は一度も嫌だなんて言ってませんよ。主人が一言言えば
いつでも迎えるつもりしていますよ。主人ときちんと話してください!”って
私の母の前で私の悪口みたいなこと言わなくてもいいじゃないかと思う
こんなところが腹に立つ
でも義父も主人にはきちんと言わないのである。周りのひとから頼んでもらって
主人から”一緒に住もうか?”といってもらい
”まあ、いいよ住んでも”と返事をしたいのです。
あ~あ どうなるのだろう~
まあしばらくまた様子を見るわけですね
義父の泣き言を聞きながら
でもいいです。泣き言聞くぐらい
やはり事実一緒に暮らすのは大変です
二人が帰ってやっと少しお正月らしく年賀状も目を通すことができました。
午後から主人が”映画を観に行こう”
主人は「カジノロワイヤル007」、母は「硫黄島からの手紙」
私はお正月らしく「大奥」か「犬神家の一族」
なんてことでしたが、一応母の意見を聞いて「硫黄島・・・」にしました。
折角のお正月くらい、現実を忘れて楽しみたかったけど。
映画館はまだ松の内といこともあってすごい人でした。
3人揃って座れませんでした。
映画の話はまたこんどゆっくり書きたいです。
言いたいこと、思うこと山ほどありますから
映画が終わったらもう5時になっていました。
”晩御飯、何にしようか~?あなた何食べたい?”
”う~ん何でもいいよ。”
”それ考えるのがめんどうだから聞いているんじゃん”
”じゃ鍋でもする?”
”鍋・・?年末から鍋続いているやん”
”じゃ魚でも焼く?”
”えっ魚・・なんかお正月から魚食べたしな~”
(結局自分で作りたくなかったのかな~)
”焼肉しようか、お母さんきてるし”
”じゃ、食べに行こうよ、焼肉家ですると匂うし・・”
という訳で外食しちゃいました。
楽したなあ まあ明日から主人も仕事始まるし、ちゃんと普通の生活に戻るからね
やっと人心地した気持ちです。