2006.6.9![]()
梅雨入りしたというのに今日はとても気持ちいい晴れ間が見えます
三日続きの誕生日ネタでごめんなさい。もう一つだけ書いて残しておきます
昨日母からFAXが届きました。
父が生きている間は父が、それ以後は私が折々の手紙はもちろん事務手続きの書類はすべて代行して
書いてきました。
その母が私が送った写真のお礼と誕生日のこと書いて送ってくれたのです。
きっと一生懸命一字一字書いてくれたのでしょう。![]()
「akkoさん 写真有難う
きれいなお花たくさん有難う![]()
急がしくしてるのもあなたの楽しみの一つだと思ふが
今月又一つ年を取ったので
自分の体のことも考へて行動してね
楽しんでいることも聞いていると私も嬉しいです。
くれぐれも気をつけてね
私も送ってくれた写真をはって楽しんでいます
映画を見てきました」 (原文のまま)
私の方が母のこと心配していると思っていましたが、いつまでも母に心配させているのは
私の方だったみたいです
ありがたいことですね。
この母つながりで弟のこと書いてみます。
私は3人兄弟の長女で下に弟2人います。
次男坊の彼は私ら兄弟の中でなくなった父の血を一番引いているようで、
見た目の体格はもちろん天然パーマの髪質、声、世話好きなどの性格を
より強く引き継ぎ、結局仕事もなんか車つながりで似ているよう
今は父のかわりのように母や私のこと心配してくれます
九州に出張のたび連絡をくれ、寄ってくれるんです。
家族も今時めずらしいほど仲がよく、どこへ行くにも家族4人(妻と娘2人)で行動しているって聞き
弟の娘と同い年のわが娘などは”信じられない 気持ち悪い”なんてひどいこと言いますが、
私なんか”奥さん偉いな~ よくあんな面倒な主人について歩くわ”と思っています
この奥さん、私とはいわゆる小姑の関係ですから、彼女にとっては私は煙たい存在だと思う
のですけど、いつも慕ってくれます。
いまから20年前くらいの、2人目の子どもが生まれた結婚4年目くらいだったかな~?
夫婦の間で何かあったのでしょう
そして家を出た彼女は近くの実家にもどらず、神戸から九州にいる私の家に来たのです
二人の幼い子(3才と0才)を抱いて新幹線に乗ってです
私も最初びっくりしたけど、なんにも言わず何にも聞かず彼女を迎えたのです
弟も私のところにいるとわかれば”ねえちゃん、頼むね。気のすむまでおらせてやってね”
って言ったままあとはなしのつぶて
結局一ヶ月間我が家で過ごして、”長い間ありがとうございました。明日帰ります”
って帰っていきました。
なんだったんだろう あれ いまだに真実はわかりません(⌒¬⌒*)
でも彼女にとってあの一ヶ月は忘れられない思い出らしいです。
離婚しなくて良かった。

