昨日は雪かきのためお送りすることができませんでした。

申し訳ありませんでした。

 

【今週の暗誦聖句】

「試練に耐える人は幸いです。耐え抜いた人は、神を愛する者たちに約束された、いのちの冠を受けるからです。」ヤコブの手紙 1章12節

 

【今日の聖句】

「主は私を厳しく懲らしめられた。しかし 私を死に渡されはしなかった。」詩篇 118篇18節

 

「そこに、三十八年も病気にかかっている人がいた。イエスは彼に言われた。『起きて床を取り上げ、歩きなさい。』すると、すぐにその人は治って、床を取り上げて歩き出した。ところが、その日は安息日であった。」ヨハネの福音書 5章5,8,9節

 

【おすすめ】

 何か大きな災害や惨事が起こると、神の存在を疑い恨む人が多くいます。「神がおられるならなぜ」との疑問は、神がこの世界をお造りになり、神が愛であるという知識を少しでも持っているならば、逆に起きてもおかしくないものかも知れません。

 

 しかし「神は良いお方です」という時、もしその「良いこと」が自分の思いを知ってそれをかなえてくれるという意味ならば、その人は神の良さを知ることは決してないでしょう。先日読んだ本に書かれていた例えですが、「私は崖から飛んで空を飛びたい」という人がいれば、命懸けでそれを止めるでしょう。「いいよ。飛んでごらん。一瞬でも夢が叶うから」などという人は愛のない人なのです。

 

 神は時に、私たちを造られた父として、愛する子を懲らしめられます。時には病によって、時には愛する人との関係での困難によって、様々な事柄を通して私たちに一つの大切なことに気づかせてくださるのです。それは「主が救い」であり、その苦しみを知り、背負って癒してくださるお方はこの神だけであるということ。神に逆らい続ける私をなお愛し、罪から来る死、また恐れや不安から救ってくださるお方はこの神だけであるという事実です。

 

 私以上に私が生きることを願っておられるのはこの方だけです。いつも「崖から飛びたい!」とわがままばかり言い続けるような私を正にいのちを懸けて贖ってくださったのは御子イエス・キリストだけです。今日も愛なるこの方が、失われ行くたましいを捜して、呼んでおられるのです。