楽しい日々の思い出
仲間と過ごす楽しげな日々
それは 互いが持ち合う
良い面だけの 重ね合い
互いが持つ 卑しき面を 垣間見れば
その関係は 積み木崩しのごとく
音を立てて 崩れ去る
己を貫き通すため
誰かの幸せを守るため
それが 相手の為と ならずとも
それが 最悪の結果を 招こうとも
誰かの為に 精一杯だったことに
嘘偽りなく 純粋である
生きる理由は 誰の為?
足掻く理由は 何の為?
それでも人は 幸せを掴み取る為
その限られた時間を 精一杯に 生きようと
願い もがき 足掻き 努力す
その日を より良いものへ
未来を より良いものへ
この物語は 仲間の大切さと 人間の本性
善(相手を思いやる心)と
惡(誰の心にも棲まう鬼)とを
見事に語り尽くしたものであろう
『ひぐらしのなく頃に』『ひぐらしのなく頃に解』を読みて
噂には聞いていたが、、
確かに衝撃的な物語であった。
大人たちは、この表現される
表面の部分だけを捉え
内容で語られる、現実味を帯びた非現実に
目を背ける、のであろう。
若年層が、この物語に執心・共振・共感する理由は、
その絵の描写の美しさ、も、さることながら、
それぞれの心に抱えるそれぞれの事柄が、発端となるのであろう。
導入で、愉しげな仲間とのやり取りを印象づけ、
後半で、そのテーマとなる、個の暗部へと導いていく。
それぞれに、生き様があり、思いがあり、葛藤があり、
それでもなお、仲間と過ごす日常だけは、
闇に染められたくないし、染めたくはない。
けれども、親しくなればなるほど、友は、
その闇を、知ることとなり、知らされることとなり、、
結局は、何もできない・何もしてやれない
友としての己は、無力・非力に気付き、
当事者である己は、自らの力で解決する他ない、と悟る。
それでも友で在り続ける、とするならば、
それは相手の闇を受け入れようとした時であり、
相手の闇を受け入れた時である。
実に感慨深い。
友の持つその闇は、一歩違えれば、己をも喰らい尽くす。
それでもかまわない、と
その身を投げうってでも、抱き締めてやり、協力する。
人の持つ情のひとつが、極まった形。
世間一般で謂われる、‘友情’が、ここまでなるとは思わない。
それでも、どれだけ、その極みに近づけるか、が、
その相手との関わりの深さに、繋がっていくのだろう、と思う。
内容は、誉められたものではないだろう。
がしかし、現実として存在する想いなのだと、実感する。
この世界観に、魅了され、取り憑かれることなく
客観性をもって、一読されることをお薦めする。
まぁ、皆様のなかには、先に読まれている方が、多数おられると思いますがw
非常に秀逸です。続きが楽しみw