ソクラテスの弟子(アンティステネス)の弟子だった古代ギリシアの哲学者ディオゲネス。貴族的な他の哲学者たちとは違い、酒樽に住み隠遁者としてアテナイに生き、奴隷として死んだと伝説になっている。
「アテネの学堂」でも装飾的服装に身を包んだ哲人たちの中で、粗末な布一枚をだらしなく着て石段に腰掛け寝そべり、まるで老いた犬のような風貌で描かれている。実際に古代アテナイの人々は、ディオゲネスを犬のようだと笑ったが同時に人々に愛された。
ある時、アレクサンドロス大王がディオゲネスを訪ねて彼の前に立ち「望みを申し出よ」と言うと。ディオゲネスは「ちょっと、どいてくれる。日陰になるから」と答えたという。
またアレクサンドロス大王が「お前、余が恐ろしくないのか?」と言ったとき、それに対して「アンタ誰?善人?それとも悪人?」と訊ねた。そこで大王が、「むろん、善人じゃ」と答えると、「善人を恐がるわけないじゃん」と彼は言ったとある。
実に自由気ままなディオゲネスらしい言葉にアレクサンドロスは感銘を受けたに違いない。後に「私がアレクサンドロスでなければ、ディオゲネスになりたい」と言ったという逸話が残っている。
ディオゲネスは「徳」が人生の目的であり、欲望から解放されて自足すること、動じない心を持つことが重要だと考えた。そのため世知辛い現実から解放され、精神の鍛錬に訓練を重ね心を修めた。ディオゲネスは師アンティステネスの徳に対する思想を受け継ぎ、物質的快楽をまったく求めず、外見にまったく無頓着だった。粗末な上着のみを着て、頭陀袋ひとつを持って乞食のような生活をした。神殿やアゴラでも自由でやりたい放題やって「アテナイ人は自分のために住処を作ってくれる」と言った。あるときは酒樽に住んだことから「樽のディオゲネス」とあだ名で呼ばれた。
ディオゲネスの心に響く特選名言
- つねに死ぬ覚悟でいる者のみが、真に自由な人間である。
- 名門・名声は悪を示す仰々しき飾りである。
- かの金持ちは財産を所有するにあらず。奴の財産が奴を所有しているのだ。
- 恋に陥りし人間は、快楽と引き換えに不幸を手に入れん。
ここにもディオゲネスの生き様が表れているように思う。
彼にとっては、金の奴隷より本物の奴隷の方がまだマシだったかもしれない。
お金の奴隷とはこんな人です
- 拝金主義(金の亡者)。
- 金に目が眩むと、ついつい自分の道義心や正しい判断を忘れてしまう。
- 承認欲求から金持ちになろうとする。
- ブランド品を身につけ高級外車に乗り何億円もの戸建て住宅や高級マンションに住むことが成功だと思っている。
- 贅沢な海外旅行を楽しむのが成功だと思う。
- 自分の総資産額の増減に異様なほど一喜一憂する。
まあ誰でもお金持ちになりたいと思いますが、お金の悪魔的魅力に取り憑かれた人達は、自ら進んで奴隷の列に加わっているようなものですね。
では、ソクラテスにとって、幸福な人生とはどのようなものか?それは、理性を持って善とは何たるかを知り、富や名誉、食欲などの欲望に振り回されずに生きることだという。
ソクラテスは『クリトン』で「ただ生きるのではなく、善く生きることが大切だ」と述べた。



