不条理文学の代表的な作家であるフランツ・カフカ。 まるで悪夢を見ているような不条理な世界を描き、読者は途方もない迷路に迷い込まされ、その迷宮の中で終わる。その中でも有名で読みやすいのは『変身』。
ある朝グレゴール・ザムザが目をさますと、ベッドのなかで自分が大きな虫に変わってしまっているのに気がついた。
「何だそれは」という出だしのカフカの『変身』という小説は、主人公が虫になって「自分は息子だよ」と家族に言うのですが、虫の鳴き声としか聞こえないので家族に気持ち悪がられ、のけものにさて、まったくつながることができず、家族全てから見放されたある日、グレゴールは、父から投げつけられたリンゴによる大けがが原因で死ぬ。グレゴールの死後、家族は息子がいなくなったような気がするけど虫がいなくなったことで、せいせいして楽しいピクニックに出かける。そこには不条理な人間の残酷さが描かれている。
この小説は非現実的な、お話です。でも、差別、貧困などで虫けらのように扱われることはあります。このお話は、圧倒的に疎外された孤独感と、する側の残酷さを書いてます。圧倒的な疎外とは何かをカフカが言っているように感じる。
「つながりたい」という孤独感
グレゴールは、自分の意思を伝えることが出来ず排斥され死んでしまった。自分は、絶望のどん底で死んでいくのに、家族は楽しいピクニックに出かける。不条理で圧倒的な疎外感が表現されている。もともと一人暮らしで生活して慣れている人は、そんなに孤独感はないのですが、家族と一緒に生活を営む環境においては、私たちが思うように意思が伝えることができないときに、一人でいるときには感じないような圧倒的な疎外感を感じます。
それに、今まで仲良くしていた相手が急に無視したら結構きますね。友達ならば「それってねえ、無視しているの?」とズバリ聞くこともできるでしょう。しかし、相手が仲がいいと思っていた近所の人だと、気にしないようにするといっても、「嫉妬かも?」「誰かから悪い噂を吹き込まれたかも?」など推測して、どうしても気になってしまうこともあるでしょう。そんなときにはひとまず相手と距離を置いてみる。もしかしたらそのうち相手の態度も変わってくるかもしれません。
また、アドラー心理学でも「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言し、対人関係を改善する具体策を示してくれます。 まさに村社会的空気のなかで対人関係に悩む日本人にこそ必要な思想と言える。アドラーは、もし自分以外の人が世界のどこにも存在しない環境にいたら、その人は孤独を感じることはないといっています。
