ガンディーは「食事は必要最低限であるべき」と考え、質素な生活を求めた。

 

この自伝で、若い頃、肉を食べたが、母親に隠し事をしている罪悪感に耐え切れず、以後肉食をすることはなかったこと。また、英国に渡った彼の心配事が食事であり、料理が口に合わなかったことなどが記されている。食は彼にとって人生の問題だった。

 
ガンディーが、しばしば断食を行ったことはよく知られている。ガンディーは自伝のなかで、断食は自己抑制という目的に達する手段の一つだが、それがすべてではないと述べながらも「肉体の断食に精神の断食がともなわないとしたら、それは虚偽と不幸に終わることになる」と。ここでいう精神の断食とは欲望を絶つことである。
 
それから、「私の断食はたとえば、目と同じくらいにわたしには必要なのです。目が外の世界にたいするように、断食は内なる世界にたいするものなのです」と述べている。
 

ガンディーにとって断食は、目で外界を見て認識するくらいに、自己の精神世界と正面から向き合う為に重要なことだった。たしかに断食は一人の人間の日常生活におけるものの見方、とらえかたを、少しづつ変える力をもっている。断食と少食は、自己の精神世界と向き合う生活にとっても、食生活と心身を振り返り、過食を自覚するためにも大切だと思う。 それに、胃腸を休めることは大切です。

 

ガンディーは、自分の身体を使って、食べない、歩く、祈る、所有しない、誰にでも分かりやすい行為や行動の形で示した。そして、暴力の根源は、怒りや欲望といった精神的なものであると考えたガンディーは、一時の感情に支配されないように、自身をコントロールしておく必要があると考えました。 これが、ブラフマチャリヤー(自己浄化)の思想です。

 

しかし、ガンディーは生まれながらの聖者ではない。様々な欲望にまみれ、反省を繰り返しながら、自分の思想を練り上げていった。いわば、誰よりも人間の「弱さ」「愚かさ」を知り抜いた人間だといっていい。

 

インドは、ベジタリアン(菜食主義者)が多いです。 最近、健康ブームの影響もあり、菜食主義は日本でも注目度を増しています。 インド人の過半数を占めるヒンドゥー教では牛を食べません、肉食をしない宗派もあり、アヒンサー(不殺生)という考え方が尊ばれ、宗教上の理由でベジタリアンとなっていることが多いです。

 

だから、西洋人と比較してインド人のほとんどは、純粋なベジタリアンであり、 アヒンサー(不殺生)の考えに従います。また、インドは瞑想の発祥の地であり、ヨガ行者はすべて幸福のためにベジタリアン料理を強調しました。