今回はアートの秋【ゴッホ展】というテーマでお届けしたいと思います。秋といえば、読書の秋、そして芸術の秋。今年の秋は、美術館でアートを楽しむのはいかが?
世界中で絶大な人気を誇るフィンセント・ファン・ゴッホ(1853-90)は、シナスタジア(共感覚)を持っていたといわれている。 共感覚とは、例えば音に色が見えたり、匂いが形になって感じられたりする五感が組み合わさって知覚される現象のことを言う。そして、アーティストが多く持つ感覚と言われています。 他人にはわかってもらえない自分の感覚を、作品として表現する。ゴッホの絵は、一見気味の悪いテイストに見えるが、あれは実際ゴッホの脳内に映し出された景色のようだ。ゴッホはそれぞれの音に色を感じ、彼の作品に稀に見る特別な表現力と感覚的な豊かさを与えるニュアンスだった。
ゴッホ 「ヌエネンの牧師館」
"The Vicarage at Nuenen", Nuenen, September-October 1885.
Oil on canvas, 33.2 cm x 43 cm.Vincent van Gogh Foundation,Amsterdam, Van Gogh Museum.
vggallery.com/painting/p_0182.htm
1853年オランダ生まれのゴッホは、ヌエネンで2年間(1883年12月から1885年11月まで)暮らしました。彼はヌエネンで全作品の4分の1を制作しました。
ゴッホ 「ジャガイモを食べる人々」
The Potato Eaters, 1885. Van Gogh Museum, Amsterdam.
en.wikipedia.org/wiki/Vincent_van_Gogh
1885年、最初の本格的作品「ジャガイモを食べる人々」を完成。その後はベルギーへ移り、王立芸術学院で人物画や石膏デッサンのクラスを取る。その頃、金銭的には困窮しており、弟テオの仕送りを画材とモデル代につぎ込み、口にするのはパンとコーヒーとタバコだけだった。
ゴッホ 「タバコをくわえた頭蓋骨」
Skull of a Skeleton with Burning Cigarette, 1885–86. Van Gogh Museum, Amsterdam.
en.wikipedia.org/wiki/Vincent_van_Gogh
1886年、33歳のときにパリで働く弟テオの部屋に住み込む。1886年のパリは世界の最先端であった。ヴィトン、エルメス、シャネルなどが創始したのも前後してこの時代だ。芸術では「印象派」と呼ばれたモネ、ルノワールらの作品が高騰した。 ゴッホはパリで約2年間過ごした。知り合った画家など得たものは多かったが、しだいにゴッホはパリの喧騒にストレスを感じていった。酒や煙草に溺れ、心身ともに疲れて静養が必要となり、太陽と安らぎを求め静養地を南仏アルルに決め、1888年2月、34歳に単身アルルに移り、「ひまわり」や「夜のカフェテラス」などの名作を次々に生み出す。
ゴッホといえば、生前、描いた絵が一枚しか売れなかったといわれています。彼のような天才でも、苦悩、狂気、孤独、挫折という言葉が並び不幸だったみたい。 彼はとても不器用で回り道をたくさんしました。ほんの近しい数人にしか認められず。貧しい生活をして彼の一生は、どう見ても幸福ではなかったように思う。
ゴッホの死後、回顧展の開催、書簡集や伝記の出版などを通じて知名度が上がるにつれ作品の市場評価も急騰することになった。
アーティストの死後、ある程度人の手に渡るともう誰も買えない。しかも、そこに置いておくだけで価値のあるもの、そんな商品はアート作品以外にないと思う。幸福実現のためには、やはり他人の承認が必要です。生きている間に相手にされず、死んでから認められても本人は、いないという不条理。これって、アーティストの宿命ですね。
ゴッホ展――響きあう魂 ヘレーネとフィンセント
会場 : 東京都美術館 企画展示室 https://www.tobikan.jp
期間 : 2021年9月18日(土)~12月12日(日)


