諏訪敦 眼窩裏の火事 @府中市美術館 東京・府中 | akki-artのブログ

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府中市美術館で開催中の諏訪敦さんの展覧会に行ってきました。

 

京王線、府中の駅からバスに乗って約10分。府中市美術館につきます。

 

 

●展覧会案内看板

 

 

 

 

 

●展覧会リーフレット

 

 

 

緻密で再現性の高い画風で知られる諏訪敦さん。写実絵画のトップランナーとされてきました。(←リーフレットの受け売りですが)

この展覧会を見ると、単に緻密に対象を描くのではなく、対象の目に見えない、歴史を含めた本質を描こうとしている気がしました。何度もの取材を通して、多くの時間をかけて作品を作り上げていくことが良くわかる、心揺さぶられる展覧会です。

 

展覧会の作品は写真撮影禁止のため、リーフレットから取らせていただきました。

 

 

展覧会は3章で構成されています。

 

■第1章は「棄民」

父の死をきっかけに、知らなかった諏訪さんの家族の歴史を知り、旧満州の難民収容所で亡くなった父の母の姿や、父の死、家族の誕生などを描いています。現地への取材旅行もしていて、ハルビンにある旧日本人の収容所などの作品もありました。

 

諏訪さんの祖母に似たモデルを採用して、そこからやせ細った祖母の姿を想像して作られた作品もあります。

 

 

 

●リーフレットの表紙と裏をつなぎ合わせてみました

 

《HARBIN 1945 WINTER》2015ー16  広島県現代美術館蔵

の製作過程の合成画像 だそうです

 

 

祖母に似たモデルを頼み、横たわる作品を描いてから、徐々に病気で亡くなっていく姿に描き改めていったそうです。

 

 

●《依代》2016ー17   個人蔵

 

 

先の作品の後に製作されました。痩せ細ったのではない作品で、静かさを感じられ、本当に美しいです。

 

 

 

●《father》 1996  佐藤美術館寄託

 

 

スペイン留学中の諏訪さんは父の病気の知らせに一時帰国します。

その時の彼の父の姿です。

 

展覧会場ではその後、1999年に亡くなった諏訪さんの父を描いた作品があり、

その先に2008年に生まれた子供の作品が並んでいます。

そして、その子供の姿が父の姿に似ていることで、血のつながりを感じたそうです。

 

 

■第2章は静物画。

コロナ禍の中、諏訪さんはデザイナーの猿山修さんと、森岡書店の森岡督行さんとユニットを組んで、芸術新潮の誌上で連載企画を行ったそうです。

そのテーマがまさに静物画。

スペイン留学ということで、スペインの静物画といえば、スルバランを想像してしまいましたが、どうなんでしょうね。

 

●《目の中の火事》2020年 東屋蔵

 

 

なお作品の中に陽炎のような、燃えるようなものが描かれていますが、それは諏訪さんが近年悩ませれている、目の症状らしく、目を酷使するとこのような映像が見えるそうです。

 

これは工芸品の製造販売をする「東屋」さんからの依頼の作品らしいです。

透明なのが現代の「東屋」さんの作品。色の濃いのがヨーロッパの17〜18世紀のガラスらしいです。

 

 

●第3章は、わたしたちはふたたびであう。

 

人間を描くことってどういうことなのか?

 

対象と向かい合い、多くの情報と長い時間を共有し、作品を作り上げる諏訪さんにとって、モデルとなる人は老いたり、変化したり、時には世を去っていくもの。

 

新しい情報を得るとその人を描いた作品は上書きされて、新しいものになります。そんな諏訪さんの手元にはいつも描きかけの人物像があり続けることに。

 

そして、このいつまでも完成しない、人を描くことの意味に諏訪さんの出した答えとは「描き続ける限り、その人が立ち去ることはない」

いつまででもその人に寄り添い、描き続けるのですね。

 

 

 

●《Mimesis》2022年 作家蔵

 

 

諏訪さんが描き続けてきた舞踏家、大野一雄さん。彼は2010年にこの世を去ります。

しかしながら、パフォーマーの川口隆夫さんが、大野さんの舞踏に触発されて同じ様な舞踏を自分の作品に組み入れていることを知り、川口さんの演じる舞踏を描いた作品。

 

いくつもの像が重なっているのは、いろいろな人が身体表現を引き継いできたことを表しているそうです。

タイトルの《mimesis》とは模倣の意味。

 

2月26日(日)まで。

 

諏訪敦、半端ない!