野村四郎先生、21日午前 ご逝去されました。
とのお知らせ、、ショートメールで受け取る。
思わず、「え、、、。」と返した。
言葉もない。
お会いして、少しの間、歓談してわずかひと月も経たない。
裏地を背抜きした黒い夏用のジャケットが、
颯爽とお似合いだった。
背筋を保ち、謡い舞う能は、静かな動きに見えて、相当の体力を使う。続けてこられた先生のジャケット姿の美しさに目を見張り感心した。
先生は目をキラキラさせ、にこにことして、
「感じることです。」表現とは「感じることです。」と仰っていた。同感だ。
楽しい語らいは、あっという間に過ぎ、
先生は御用で大阪に出かけられた。
ひらりと車に乗り込まれたお姿を拝見したのが最後だ。
人間国宝であられたが、国宝なのだから、宝として授けられた自分の持てる知識、技能、をお伝えするお役目を頂いた、と仰り、
福島は上三坂の地、夏草深く、冬は雪深い村まで
いらして、能のワークショップを子どもたちに開いてくださった。
福島の被災のことを気にかけて下さっていたのだ。
先生は自然体でなさるのだけど、
奇跡が起きたようだ、と胸にズシンと響いた。
素晴らしい方だ。
尊敬申し上げる方が、逝ってしまった。
まだまだ、先生から学ばせていただきたかった。
悲しみで胸がいっぱいになる。
まだまだ教えて欲しかった。
大人の生き方。振る舞い方。
人生の真髄。
私たちは足りていない幼い存在なのだと思い知らされる。
最後の最後まで、輝いていらした先生。
私たちに、天国から先生のご人徳、御偉業を教え、授けて下さい。
亡くなられてもまだ、私は先生を必要としているのです。