私たち、一人一人の行為、言葉の内ににキリストはおられる、というお説教だったのだが、
ふと、ナザレの受胎告知教会のそばの、お土産物屋さん(細か!)の店主の顔が浮かんだ。
こちらからすると、ユダヤ人なのか?アラブ人なのか?よくわからなかったけど、人間力あった気がする。静と知を兼ね備えたお土産物屋さん。
街並みを墨色に染める雨の中、そこで乳香を買ったのだっけ。
キリストをイメージするのに数々の絵が描かれているけど、お土産物屋さんの瞳の大きさは、かなりキリストに近い感じかも?人種的にも、、と、
思い浮かべた。
帰るとフランソワーズがドアにピタリとくっついていて、開けるときに、ぶつかってしまった。
怒るのかな、と思ったら、大喜び。
抱き上げると凄い勢いで舐めてくる。
本気で根が明るい人(犬)だ。
今は、夜ご飯、デザートのおやつ、お薬も飲み、ぐっすり眠っている。
ぬいぐるみを横に置いてあげると、当たり前のように顔を寄せる。
フランソワーズはいつも平和を運んでくれる。
ニコニコして満足して、1日を終える。
不幸は大きいけど
幸せは小さい。
小さくて充分だからだ。