最近とびとびになって来ていますが、前々回頂いたCさんのコメントに図らずも生姜湯のことが書かれていました。何故か懐かしい味。好きなんです生姜湯。風邪を引かなくてもよく飲みます。朝晩の冷え込みで風邪を引いている人も多いと思います。実は弟夫婦も風邪をこじらせたとかで最近母の「付き添いスタッフ」にも支障をきたしてきています。
  カゼは「風邪(ふうじゃ)」と書きますが、東洋医学ではこの邪が身体に進入することでカゼを引くと考えられており、その出入り口となる経穴(一般に「ツボ」)を「風門」と言います。ゾクっときたら風門を温めたり揉み解すことが予防に効果があるといわれてます。
 また、インフルエンザやカゼなどのウィルスは乾燥した環境を好み、多湿な環境は苦手であるため、加湿器などで室内の湿度を50%以上にあげれば一定の予防効果が期待できるそうです。入院先の病室にも加湿器を持っていってます。(肝心の水の補充をよく忘れますが)
 カゼ対策(民間療法)はたくさんありますが、身体を温める効果のあるネギ(子供の頃切ったねぎをガーゼにはさんで首に巻いていました)や先の生姜がよく用いられます。また、1センチ角に切った大根に蜂蜜を加え一晩くらい寝かせ、出てきた上澄みをそのまま、またはお湯で溶かして飲む「蜂蜜大根(大根あめ)」も知られており、ハチミツの抗酸化作用、殺菌作用、整腸作用、大根の消炎作用、血行促進作用などがじんわりと効いてくるそうです
 

一般的には「とこずれ」といいます。あえて褥瘡と書いたのは「とこずれ」という言葉の軽さとはうらはらにかなり深刻な病状にもなりうるということから。事実「褥瘡をみればその人への介護が分かる」と専門職の人はいいます。もっと強い酷な表現を選ぶと「虚血性壊死」(皮膚が死んでしまうという意味)おふくろが入院して50日。手術。再手術。肺炎。このあたりまではそういう症状は皆無でした。ただ、寝返りによる?手術部位の脱臼から2週間。再発を恐れるあまりベッドの中で両足を固定。ほとんど仰臥位を強いることになり結果、臀部に褥瘡を作ってしまいました。恥ずかしい。今、PTさんがベッドの上に左側臥位(右は危険)の施行を促すように写真を貼り付けてくれてます。うかつでした。そして付き添う側の気持ちのどこかに「眠っていてくれれば安心」という思いが疲れとともにあったことを反省。人間の体というのは生きている間は常に動いていなければいけないもの。逆に言うとそれが生きているという証なんだと今更に再認識しました。

  日没が早くなり寒さが身にしみます。やっぱり12月も半ば。忠臣蔵は12月14日。赤穂浪士の討ち入りは雪景色と決まってます。(アレは旧暦。実際は今の2月)今年は忘年会も全部断りコンサートも行きません。チケット無駄にしました。ですから仕事終わってからの楽しみはお風呂と湯上りのビールだけ。  
  「風呂は熱くないと駄目」と言う人も多いようですが心身ともに癒すには40度くらいの熱くない程度のお湯に10分以上つかることが効果的だそうです。そうすることで副交感神経が刺激され、リラックス効果が高まり、眠りにもつきやすい状態となります。ただ、気をつけなければいけないのは、暖房の効いた部屋とそうでない浴室や脱衣所との温度差です。脱衣所や浴室、トイレなどで倒れ死亡にいたるケースは結構多いといいます。その原因は急激な温度変化?。人の死に方はいろいろでしょうが、つい最近お得意さんでやはり浴槽の中で亡くなった方がおられます。昨日納品に行ったらお寺さんと鉢合わせ、どうやら三七日のお参りだったようでついでみたいで恐縮なんですが同席させてもらいました。それほどに 急激な温度変化による血圧の急上昇や急降下、いわゆる「ヒートショック」は血管のもろくなっている高齢者ほど脳出血につながりやすくなります。脱衣所や浴室の温度を上げ、住まい全体の温度差をなくするのが重要です。
  ところで、風邪をひいたら入浴を控えるというのが一般的ですが、そのことの科学的・医学的根拠はないそうです。外湯、つまり銭湯が一般的だった頃、湯冷めして症状を悪化させることが多かったためにそのようなことが言われてきた経緯があり、海外では風邪を引いたら熱を下げるためにお風呂に入るといった日本とは全く逆の習慣もあります。現在は、風邪を引いた場合でも高熱がないなどの条件付きで入浴を認めている医師が多いようです。汗を流してすっきりした気分で寝つけるという効果も考えられますが、何より重要なことは、お風呂から出た後、ほてりを冷ました上で、湯冷めをさせないことです。

  朝日新聞の夕刊に「このゆびとーまれ」が取り上げられてました。それまでの介護施設のあり方に飽き足らず退職した看護師3人が退職金を持ち寄り立ち上げたデイサービス。「富山方式」といわれ健常者も障害者も乳幼児も全部受け入れ大家族を構成する。結果、行政の縦割りの認可制度の垣根を取り外させ補助金まで出させるようにこぎつけた施設。はじめてこの施設を知った頃、これは日本の家族制度の変化が大きな歪となってきている。日本人が持っている感性がそういう居場所を求めるような形の現れではないか?と直感しました。祖父母がいて父母がいて兄弟がいる。一つ屋根の下で暮らす。50年前の日本なら当たり前だった家族の姿がいつの間にか若夫婦は老人と同居をせず当然ながらその子供達は独立し家を出て行く。老人はいずれ独居になりその子である夫婦もまた同じ道を歩む。奇しくもその頃からデイケアサービスが繁盛しだしました。老人は老人。子供は子供。同世代が一緒に時を過ごす。それが本当にいい社会なのだろうか?なるほど大家族は大家族故の障害も数多くあると思います。だから現在核家族化が進んでいるとも言えるでしょう。それでもオーナー(惣万さん)がいう「子供といっしょに笑ったり、怒ったり、歌をうたったりすることはどんなリハビリよりもよい。子供がいればリハビリなんてする必要がない」言葉に説得力を感じます。

  プライマリーと聞くとプライマリーバランスが真っ先に浮かびます。国などの財政状況。国債などの借金を除いた歳入と、過去の借金の元利払いを除く歳出を比較する。歳出の方が多ければ赤字となり、将来の借金負担が経済規模に比べ増大することになる。黒字になれば、新たな借金は過去の借金返済に充てられるため、財政が健全であることを示す。現在のわが国はこのプライマリーバランスが極めて悪い。ただ今日は財政ではなくケアの話。「プライマリーケア」とはすべての患者が最初にかかる門戸として働く保健医療従事者による保健医療活動のことを指す。(wikipediaより)超高齢化社会に突入した日本。同じくwikipediaには「総合医GP(General Practitioner)とは、「総ての年代の男女の痛みと慢性病を治療し、予防処置(健康診断等)と健康教育を提供する開業医」とあります。病名が分かっていたら細分化された総合病院でも診療科を選ぶことができます。しかし何の病気か分からないので複数の診療科をたらい回しにされ、その結果時間と費用を無駄にする。時間を争うような病気なら致命傷にもなる。・・・普段元気で病院や医院と縁のない人ほど一旦体調を崩した時は恐ろしい。それを回避するのがプライマリ・ケア。「プライマリ・ケア」とは総合診療を軸とする診療科と解釈します。病院や医院のはしごはどうかと思いますがそれでも自分で納得のいく医師。医療機関を探しておくことは必要だと思います。一時セカンドオピニオンが話題になりましたがそれも結局は初期の診断が大事と言うこと。今度の件で痛感しました。看板に「プライマリーケア」とある医院。病院。を見つけておきましょう。でもそこが患者目線で見てくれるのが大前提ですが・・・

  あまり利用しないのですが欲しいものがあった時、ざっと流して見ます。今回はナビのDVD(最近はHDが主流のようですがウチはDVD)バージョンが古いので新しい道路に対応してません。時々画面上で道の無いところを走ってる事があります。交差点に差し掛かるたびに「右です」「左です」といって旧道に戻らせようとします。これがうるさい(笑)ディスクを変えればいいのですが結構高い。数万円もします。で、中古の出物を探します。去年かおとどしぐらいので7~8千円というところ。民主党政権になって新しく道路工事をするところも少なくなったようでこれで充分。そこでやめときゃいいのについでにと「介護用品」も見てみます。「トイレ補助手すり」「入浴チェアー」「杖」「車椅子からショッピングカート」までよくまあこれだけそろえたものと感心します。介護保険が適用されるものもあると思うのですがどれも結構な価格です。それでも面白そうなので一つ購入しました。「回転座布団」。ベッドや車の乗り降りに便利とあります。要するに2重座布団。下が密着して上を簡単に回転するように考えてあるだけのもの。でも一度試してみようかな?と思いました。衝動買いです
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12月8日と聞いて真珠湾攻撃。日本が米英に宣戦布告した日と答える人はかなりの高齢者。(1941年)私の年代はジョン・レノンがフアンに銃撃され亡くなった日。(1980年)戦争から70年。レノンが亡くなって30年。12月8日ってそういう特別な日なのかな?と毎年この時期になると思います
  もうそんな時期なのか、と思います。「流行語大賞」今年はNHKの朝ドラからゲゲゲの~」が年間大賞なのだそうです。(ほとんど見てませんが主役の女優は紅白の司会に抜擢されたそうです。)他に、トップ10には以下のような言葉が入っています。
「イクメン」 子育てを楽しむパパ。
「女子会」 女子だけの飲み会。
「食べるラー油」 品切れが相次ぎ、次々と似たような商品が登場。
「ととのいました」 漫才コンビWコロンから謎かけがブームに。
「無縁社会」 所在不明高齢者や孤独死・・・地縁や血縁といった絆の喪失。
これらの言葉を見ると今年はどんな事柄が話題になり、どんな年だったのかが想起されます。最後の「無縁社会」を除くとそれでもまだまだ「平和」なんだなとも思います。ちなみに過去5年の流行語は以下のようになっています。
 05年「小泉劇場」「想定内」「クールビズ」「ちょいモテオヤジ」

 06年「イナバウアー」「品格」「格差社会」「シンジラレナ~イ」

 07年「(宮崎を)どげんかせんといかん」「そんなの関係ねぇ」

 08年「アラフォー」「グ~!」「名ばかり管理職」「居酒屋タクシー」

 09年「政権交代」「こども店長」「事業仕分け」「草食男子」
時代の流れが速い。ほんの数年前のことが随分昔に思えます。

12月に入った途端から毎日のようにお歳暮が届きます。今年も出遅れたようで慌ててネットカタログからオーダーしました。よくしたものでデパート側も去年のデータをきっちり保存してます。発注日を見るとそれでも去年より1日早い。(笑)巷ではお歳暮商戦たけなわのように見えますが実は用意のいい人はもっと前に発注してます。表面化してから始めて動き出す私のこういう性格は変えられないものだと思います。ただ、言い訳がましいのですが本来こういうものは十二月十三日、一年の締めくくりとして、または新年を迎える準備の「事始め」この日から20日ごろまでの届けるものだと理解してます。昨今の12月の声を聞くと「待ってました!」と届けるのはあくまでも販売者側(主にデパート等)の勝手な都合。
 ちなみに最近のお歳暮に関する意識調査では、「贈る予定がある」としたのは全体の3分の1程度で、特に若年層のお歳暮離れが著しく、20代で贈る予定のある人は14%、贈ったことがない人は8割を超す結果となっています。いずれもっと少なくなりそのうちごく限られた人達だけの風習になると思います。
  「自分の両親は朝から晩まで一所懸命に働いたが、暮らしは貧窮のどん底だった。自分は子どものころ、両親がこんなに働いても貧しいのはきっと世の中、つまり社会の仕組みが悪いからだと思っていた。やがて、自分は親元を離れ、結婚して家庭を持ち、子供も生まれた。自分は毎年、両親へ御歳暮と御中元を欠かさなかった。しかし、口頭でも手紙でも、両親から一度もお礼の返事をもらったことはない。いま自分は思う。両親があんなに働いて貧乏から逃れられなかったのは、決して世の中が悪いのではなく、両親が人間的に未成熟だったからだと。」
藤尾英昭。(新聞の読書欄に紹介されてました。)
幸不幸の状況はその人の受け止め方ですべて違う現実を作り出していきます。

   おふくろの入院で付き添ってる(ローテーションで回ってます)妹から「母、脱臼した」とメール。すぐに電話(といっても2回~3回コールするだけ。さすがに院内。おおっぴらに携帯は使えません)バイブにしているけど着信履歴は残ります。すぐに電話がかかってきました。どうやらずっと病室にいると息が詰まりそうになるので寝入ったのを見計らって下の階のランドリーに。戻ってきたら脱臼していたそうです。多分寝返りを打ったのだと思いますが直ぐに担当医がレントゲン室にベッドごと連れて行って撮影。治療。何とか文字通りもとの鞘に納まったそうです。後で医師に聞くと今回は運がよかったようですが下手をすると再切開というケースもあるそうです。そんなことになったらそれこそおふくろ「発狂」するかもしれません。昨日、交代に行ってみてみると股の間に大きなマジックテープ付きのウレタン?で出来た三角形を挟み厳重に両足を固定してます。先週あたりからリハパンに切り替え、トイレで排泄できるようになって「やれやれ」と思っていたのがまた「おしめ」に逆戻り。今日売店の開くのを待ってパッドをまた買いに行きました。脱臼。体育会系の人ならご存知と思いますが一昔前まで専ら接骨院の仕事で健康な人なら胴着来たオッちゃんに「エイヤッ!」で治まるのですがこれって結構癖になる。若い頃友達にそういうのがいました。何かのはずみで急に腕がダランとなりその度「またか?」ぐらいの認識しかなかったのですがおふくろのように高齢でしかも骨折した部位となるとこれは厄介です。ここからから先のリハビリ歩行が思いやられます。