おふくろの付き添い。予定より1日早く終わったので予定もなくぽっかり空いた昨日。寝そびれてしまい。深夜までTVを見てました。「ドライビング ミスデイジー」ずっと前ビデオで見た映画です。この映画で最年長でアカデミーを取ったジェシカダンディー。(5年後に亡くなってます)そしてこの日記でもよく取り上げるモーガンフリーマン。あとゴーストバスターズにも出ていたダンエイクロイドがデイジーの息子役で出てます。長年勤めた教職を退いた未亡人のデイジーは、ある日運転中に危うく事故を起こしかけ、母の身を案じた息子のブーリーは、彼女の専用の運転手としてホークという初老の黒人を雇います。そして25年。彼(モーガン)と彼女(デイジー)は最初はぎこちなかったオーナーと運転手から友情の絆を深めていく。それは彼女が認知症になって住み慣れた邸宅を売り払うようになっても続いていきます。今では滅多に見れない当時のステイタス。キャデラックが年代ごとに変わっていくのも高級車の変遷をみるようで楽しい。そんなに大きな事件を起こしたり巻き込まれたりするわけでもないのですが何故か惹きこまれて最後まで見ました。吹き替えでなかったのも良かったと思います名作だと思います。
  こういう言い方は変かもしれませんが「ガソリン屋さん」。そう呼んでました。もともとはスタンドも経営していたのですが閉鎖して工業用のオイルを企業に販売。同時にそれまでのガソリンの顧客にはカードを持ってきてどこのスタンドでもそれで給油して欲しい。請求はウチから直接送りますということでずっとお世話になり、気がつけば30年以上。聞いた事はないのですがとっくに70歳は超え80にも手が届く。さすがに最近は10日の集金も来たり来なかったり。一度「振込みにしましょか?」と言ったことがあるのですが「月に一度ぐらいは顔みせてもらいたいです。それにどちらが負担するにしろ送料がかかります。この上銀行に儲けさす事ありません。私、銀行嫌いですねん。ついでもありますからいままでどおり小切手でもらっていきます」と。以来ずっと10日には「お世話になります。○○石油で~す」と言って集金に来てくれてました。失礼かもしれませんが長年の付き合い。気安さから「おっちゃん。いつまで仕事続けるん?」と聞いたことがあります。「いつ辞めても食っていくぐらいはどうでもなります。でも辞めてもすることがない。辞めたら出るばっかりで年間数百万出て行きます。仕事して赤字でも売り食いするよりはマシ。なにより生活のリズムが保てます。」「なるほど半分は健康のため。寝たい時に寝て起きたい時に起きる。一見気楽なようでもずっとそればっかりというのはどうかと思うわ。これからも毎月顔見せてください」先月。12月、師走というのにおっちゃん来ませんでした。毎年来る手書きの賀状も今年は無い。「体調悪いのかな?」と思ってたのですが今日。奥さんと言う人から電話が入りました「12月のはじめに亡くなりました。夜寝て朝起きてこなかったのでおかしいなと思ったら亡くなってました。いつも自分が言ってたとおりのいい終わり方したと思います。」

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  車椅子をかたどったマークやクローバーのマークをよく見かけるようになりました。実は私もこの車椅子ステッカーを以前から貼ってます。誤解されがちですがこのマーク障害者全般を指したもので特に下肢が不自由と限定されたものではありません。駐車場などで見かけたら場所を譲ってあげてください。クローバーマーク。これは肢体不自由者で免許も限定されてます。間違っても割り込みなどしないでください場合によりますが罰せられます。同じように「蝶」をかたどったマークがあります。実は私も手話サークルの講師さんがつけているのを見て知ったのですがこれまで町を走っていて他の車でこのマークをつけた車に出会ったことはありませんでした。今日はじめて見つけました。なんとなく嬉しい(笑)お分かりでしょうか?「蝶」と「聴」をかけてあります。そして羽を広げた格好が耳の形に似ているからとも言われてます。恥ずかしいのですが手話をはじめるまで聴覚障害者が車を運転出来る。免許が取れるということも知りませんでした。でも考えてみれば携帯耳に当てて片手で運転する馬鹿がいるぐらいですから聾者が運転できないことはない。必要性はずっと高い。ですからこれも先のクローバーと同じく不必要な幅寄せや割り込みは罰せられます。当然でしょう。
  あけましておめでとうございます。年末から年始にかけてずっとおふくろと一緒でした。いくら親子といっても普段は一人暮らしが身に付いています。さすがに息苦しい(笑)午前中PTさんとのリハビリがありましたのでそれをはさんで義妹とバトンタッチ。朦朧とした状態で帰宅。年賀状と新聞を片付けて一息。おふくろといる間が長いとそれに反比例して煙草の量が減ります。病院出て煙草に火をつけると頭がくらくらして倒れそうになります。それだけ普段毒されているのかもしれません。今年はこれを機に少しずつ量を減らしていこうと思ってます。
 さて新年は兎年。兎に関する諺を探してみました。
  ・兎の罠に狐がかかる 

       思いがけない幸運が舞い込むこと

  ・二兎を追う者は一兎をも得ず

       二つを得ようとするとどちらも得られない

  ・株を守りて兎を待つ

       古い習慣を守り、進歩のないこと

  ・兎の上り坂

       物事が良い条件で順調に進むこと

  ・兎の昼寝

       兎と亀の競争のように、油断すると失敗を招くこと

  ・兎兵法

       いい加減な策略を用いて、かえって失敗すること

  ・兎に祭文(うさぎにさいもん)

       いくら説き聞かせても効果がないこと。馬の耳に念仏

  ・兎も七日なぶれば噛み付く

       仏の顔も三度まで 

  ・ 犬兎の争い(けんとのあらそい)

       両者が争って弱り、第三者に利益を取られること
           今年もよろしくお願いします。
  今年もあと一日を残すのみとなりました。おかげ様でまた1年大きな怪我も病気もなく過ごすことが出来ました。表題に年の瀬と書きましたが。「瀬」とは川が浅く流れが急なところを指しています。一年のうちでもこの時期は急き立てられるように時間が経過することから「年の瀬」と言います。(またやった!)振り返って見てみると今年の日記はいちいちくどい。これも「年の瀬ならぬ」「歳のせい」最近まで入らせてもらってた利用者さん。(現在入院中)いい人なんですが話が長い。そしてくどい。歳のせいだと思うようにしてましたがだんだん自分もそういう領域に入ってきたのか?と思う今日この頃。(笑)
   先日も書きましたが赤穂浪士。江戸時代の演目としては歌舞伎の仮名手本忠臣蔵をはじめとして次々と勝手にエピソードが作られました。これもその一つ。俳人に身をやつして吉良邸を探っていた大高源吾がその師である宝井基角と討ち入り前夜にばったり出会います。基角が「年の瀬や 川の流れと 人の身は」と上の句を読みそれに源吾が答えます「あした待たるる その宝船」お互い顔を見合わせ以心伝心。実際にはそんなこと無かったと思いますがそういう部分が当時の日本人の心を打つ。
今年最後になりますが久しぶりに星野富弘さんの詩を
       痛みを感じるのは生きているから 
         悩みがあるのは生きているから
         傷つくのは生きているから   
           私は今かなり生きているぞ
     どうぞよいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。

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  病院のPT(理学療法士)から外泊期間中の注意事項を説明しておきたいと言われて夕方、時間作って行きました。20代半ば?いつも聞き取りにくいほどの小さな声でボソボソ話すどちらかと言うと印象の薄いタイプの女性。ただ仕事は熱心で時間外でも気になるときは病室を覗きに来る。おふくろ用にと車椅子もアレンジして発注。おふくろから口癖のように「疲れた」しんどい」「もういいわ」と言われても頑として聞き入れず当初の目標をこなします。約束の時刻より5分ほど送れて「すみません。お待たせして」と病室に入ってきました。自作の「レジメ」を見せながら説明。イラストがありました。「これPTさんが描いたの?オリジナル?」「休み明けには今よりもっと元気な顔見せてください」いい人にあたったようです。

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  母親が正月休みに外泊できそうです。そろそろ「娑婆」の空気に触れないと認知症が進んでどうにもならないようになるのではないか?と案じていたのですが数日でも家に戻り元の暮らしを思い出してくれたらと考えます。そんな折、中古ですがヤフオクで助手席の回転シートを見つけました。普段なら「どうせ解体するような車の部品取り。タダみたいなものを高い値段で誰が買う?」と流してしまうようなものですが見た途端に欲しくなり落札してしまいました。2万円。送料4千円。私以外だれも入札しませんでした。でもニーズがあれば」取引が成立する。オークションというものはそういうものなんだと再認識しました。佐川のニーチャンが厳重に梱包された「商品」を車から降ろすのに苦労してます。目が合い「手伝おうか?」「はい。すんません。そっちの端持ってもらえます?」2人がかりで無いと重くて無理。たたみ一枚分もあるような立方体のダンボール。早速あけてみると中はほとんど緩衝材。その中からビニールでくるまれたシートが出てきました。(なるほど送料高いはずだわ)車のボルトがなかなか外れなかったので1時間近くかかりましたがなんとか装着出来ました。柄が違うのとシートスライドが出来ないのが難といえば難。それと次回の車検。多分また付け替えないと通りません。

Santa_1931 冬至の次はクリスマス。クリスマスといえばサンタクロース。由来はトルコに実在したカトリック教会司教セントニコラウスだというのが一般的です。彼は貧困のため苦しむ娘たちの家に煙突から金貨を投げ入れ、それが暖炉脇に干してあった靴下の中に入ったということです。それがいつの間にか煙突から入ってきて、プレゼントを靴下に入れてくれるという言い伝えになったようです。サンタクロースもあまりに有名になりすぎてとても一人では手が回らないとかで現在「公認」サンタが世界中に数百名いると言います。そしてご存知の方も多いでしょうが赤と白(コカコーラカラー)の衣装を着た恰幅のいい白ひげのサンタクロースは1930年代のコカコーラの広告宣伝に登場したのが始まりです。
 サンタクロースが空想で、親がプレゼントを用意していたことを分ってしまう年頃はかなり低年齢化してきたように思いますが、それでもサンタを信じる子供たちはいます。そのような夢を壊さないようにしたい、喜ぶ顔が見たいとの思いでプレゼントを用意する祖父母や親御さんたちが買っているものは、単なるモノではなく、「夢」や「感動」なのだということを、売る側も忘れずにいてほしいものです。

メーカーから年末年始の発注案内が届いてました。今年もあと1週間。高々4日か5日休業するだけなのですがそれでもオーダー締め切りを忘れていて慌てて電話する。そんなことが数年前までありました。今は発注もPCで済ませるようになってモニターに「案内」をでテープ貼り付けてます。オーダーするたびに嫌でも目に入ります。来週からは会う人ごとにに「よいお年を」と年末の挨拶。そしてその次は「あけまして・・・・」うんざりするけどこれもけじめか。そういうことを何度繰り返してきただろう?これって案外恵まれた環境なのかもしれません。
今日は二十四節気にいう「冬至」。冬立つ日「立冬」と春立つ日「立春」のちょうど真ん中にあたり、「冬至冬なか冬はじめ」と言われますように、冬の厳しさが始まる時期でもあります。ただ、昨夜の雨もあってかどちらかというと暖かい冬至でした。そして1年で一番夜が長い日。そのせいでもないでしょうが今朝は寝過ごしました。前日がが病室で「仮眠」だったので昨夜は熟睡。気がついたらいつもより1時間以上遅れて目を覚ましました。目覚ましも無意識で止めてたようです。顔も洗わず歯も磨かず、もちろん食事も無し。車に飛び乗りました。(笑)
 ところで、東京が江戸と呼ばれていた頃の小売業は掛売りが主流で、掛売り代金の回収は年に1回か2回。逆に言えば大晦日をやり過ごしたら当分かけとりはきません。落語のネタにもよく出てきます。今のように振込みや引き落としもない。おおらかといえばそうなのでしょうが昔は、取り立てるほうはこの時期の忙しさは尋常ではなかったそうです。「師走」という月名にもそのようなあわただしさがにじんでいます。(そういえば今日来た坊さんも忙しそうでした)
ただ、そういう忙しさの中でも、冬至には小豆粥やカボチャ(こちらのほうでは特に高齢者は「なんきん」といいます)を食べ、ゆず湯に入るなどの習慣は守られていたようです。
  冬至。日本だけかと思ってましたが各国に残る冬至祭は、太陽の力が最も弱まった日が無事過ぎ去り、太陽のよみがえりを祝う日と解釈していたようで異教徒の習俗を巧みに取り入れてきたキリスト教においてクリスマスの本来の起源もこの冬至祭にあると聞きます。
「一陽来復」季節が巡るように、誰のもとにも良い時期が必ず巡ってくるものです。

(なんか最近「年寄りっぽく」なったような気がします)