「弱いところにしわ寄せが来る」大災害があると社会的弱者と呼ばれる人達が一番の被害者になります。そういう配慮からか今回、政府の発表にも手話通訳がつくようになりました。これまでともすれば緊急時、の報道は映像、特に音声にに偏っていたように思います。

被災地で高齢者。それも要介護の人たちが亡くなっているといいます。運良く逃げ延びた人達もその後の急激な環境の変化。自らも被災した等の理由で介護士不足もいわれています。そんな中、EPA(経済連携協定)で来日中の外国人介護士が奮闘しているという報道を見ました。
 福島第1原発事故を受けて在日外国人の「日本脱出」の動きが続く中、死者12人が出た福島県白河市にある特別養護老人ホーム「小峰苑」では、4人のフィリピン人「介護士候補」が働き続けている。ルソン島中部ヌエバビスカヤ州出身の看護師メルセデス・アキノさん(27)、ルソン島バギオ市出身の元NGOスタッフのジュリエット・トバイさん(27)らで、一昨年から昨年にかけてEPAに基づいて来日した。故国の家族からは毎日のように「帰って来て」と叫ぶように電話がかかってくるが、アキノさんは「おばあちゃんたちからチョコレートをもらったり、日本語の勉強用のノートをもらったりとすごく親切にしてもらっている。私たちだけ帰国はできない」と話す。小峰苑によると、献身的な介護ぶりは「入所者にも非常に評判がいい。」以上産経3月29日
  以前、フイリピン人介護士等が日本に滞在中に介護福祉士資格を取りそのまま日本で働き続けることが出来るのは100人に一人の難関。という記事を書いた覚えがあります。当然でしょう。4年ほどの滞在期間中に日本人と同じ条件で日本語で書かれた設問を解いて合格しなければならないのですから。思うのですが介護ってなんなのだろう?専門用語を駆使して寝たきりの人の体位変換や排泄介助がスムーズに出来ればいいのでしょうか?部屋をきれいに掃除してありあわせの食材で美味しい料理を作って嚥下障害を起こさないように食事介助することでしょうか?
 もうかれこれ10年も前、ヘルパーになりたいと思って受講しました。テキストの最初のページに書かれていた文字が印象に残ってます。「共感」「受容」私の中では今でもそれが出来れば充分。そして何より被介護者が求めているのはそれだと信じてます。そしてそれは試験では解らない。

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  新鮮でいきいきしていることを「清新」.明るくのびのびとしていることを「明暢(めいちょう)」と言うそうです。明日4月5日は二十四節気に言う「清明」。桜花爛漫、天地万物に清新明暢の気が満ちあふれる時候です。例年1月から3月は「あっという間に過ぎ去る」のが常でしたが今年は長い3ヶ月でした。ずっと下を向いて暮らしていたような気がしますでも見上げるともう桜の花が咲きかけてます。桜が咲く頃にはおふくろと花見に行こうと言ってたのを思い出します。大腿骨頚部骨折。今回は人工骨頭ではなくプレート固定と言います。それまでの間、骨折の部位もあって前屈姿勢は痛がってとってくれません。無理な姿勢で食事から誤嚥。そして肺炎を起こさないか?土曜、日曜と病室に泊り込んでました。案の定、何度かむせこむようだったのでミキサー食に変えてもらいそれを騙し騙し食べてもらいます。今日、予約でいっぱいだから明後日といわれてた手術日がどういうわけか急遽、明日に変更なりました。明日は仕事の都合もあり駆けつけるわけにいきません。(行ったからと言って何が出来るわけでもないですけど)ただ、前回より切り口も小さく済むようで、当然回復も早いと思います。今回の骨折。元はというと私達周囲のちょっとした気の緩みからの事故。首尾よくいって欲しい。そして早く回復して欲しい。桜、間に合うかな?
  母がまた骨折しました。眠っているからと目を離した隙に起き出してリビングで転倒。観葉植物の鉢で頭を打ち出血。すぐに脳外科へ搬送。CT検査の結果外傷はあるけど内出血は現時点ではないといわれ先ず安心。ですが倒れた時に右足はコルセットで難を逃れたのですが今度は左足大腿骨頚部を骨折したようです。今日病院に行ってフィルムを見せてもらいました。整形の医師は不在で脳外科の医師からの説明です。骨折のほうは専門外とかでイマイチ要領を得ませんが私が見たかぎりではいわゆるポッキリ折れたという感じではなく目を凝らしてみると頚部に細い筋が入っていて「折れてるかな?」という感じ。明日、専門医の説明を聞くことになってますが脳外科医の話では手術となると前回のような人口骨頭ではなくボルト止めになるのではないか?とのこと。知り合いにも聞くのですが最低でも1ヶ月長引くと2ヶ月の入院生活が認知症を持ってる患者には取り返しの出来ない進行を考えないといけない。必ずしも手術を勧めない。多少不自由でも退院してそのまま自然治癒を待つほうがいいと言います。事実高齢者。認知症。母が前回の入院で介護度が2から4になったのも入院による環境の変化。苦痛で認知症が進んだ故。さて、どうしたものか?思案します。

東京都知事が東北関東大震災に「我欲に縛られ政治もポピュリズムでやってる。津波で一度洗いなおすといい。積年の心の垢も一緒に。これは「天罰」被災者がかわいそう」そう発言しました。思ったとおり「天罰」の部分をクローズアップされて被災者の神経を逆なでするのかと非難され発言の趣旨を再度説明。その上で陳謝したといいます。「天罰」辞書には天が下した罰。自然の報いとあります。あながち間違いとはいえないような気もします。でも言葉を生業とする政治家が発するのはどうかと思います。少なくとも被災された方達は「何故私達に?」と思うと同時に「それをお前がいうか?」と思われる。

  あまりにインパクトが大きいためにもう忘れてしまった人もおおいと思いますが前原前外相が在日の支持者から5万円を4年にわたって献金されていたのが発覚。即刻辞任しました。そのすぐ後に今度は菅首相がその数倍も同じように在日の支持者から献金を受けていたと言われ菅内閣ももはやこれまで。といわれていた矢先に大震災。本人は否定すると思いますが一瞬でも「震災こそ天の助け」と思ったのではないか?そんな気がします。事実、野党側も追求できるような次元ではないと誰もそんなこと言わなくなりました。ただ、「天の助け」は逆に「天の試練」でもある。その後の対応は必ずしも「天に恥じない行動」だったかは現在進行中ということもあって判断できません。

  被害にあった気仙沼の中学で卒業式が行われました。中学生の読んだ答辞が話題になってます。出典は論語の「天を怨みず人を尤めず」だと思うのですがそれを中3というから15歳が言う。これは力のある言葉。こちらまで勇気付けられます。頑張れ!神は君達を見捨てない。(と思う)

天を恨まず 投稿者 momotan310

  去年おふくろが骨折。手術。次々と起こるアクシデントで長引き気がつけば3ヶ月近い入院生活を送る事になりました。白い天井と壁だけ見て暮らす毎日が認知症にも悪影響を及ぼし介護度も2から一気に4にまでなりました。ケアマネさんからの情報で怪我をするまで3年近くお世話になっていたデイのオーナーさんが見舞いを兼ねて様子見にこられたのが退院の翌日。「またお世話になります」というと意識の朦朧としたおふくろを見て「折角ですが数名のヘルパーしかいないウチでは万が一の時に対応できない。おあずかりできません」と断られました。それからまたデイ探しがはじまりました。何軒か回ってやっと受け入れてくれたのが今のデイケア。知らない人ばかりの中に馴染んでくれるのに時間がかかります。「どんな風にすごしているのだろう?友達できるかな?一人だけ浮いてるのじゃないだろうか?」と何度かこっそり窓越しにのぞきに行きました。今、嫌がる様子もなく毎日通ってくれてます。
  昨日、おふくろとスーパーに車椅子で買い物に行って背中越しに声かけられました。断られたデイのオーナーです。「○○さん!お元気ですか?」マスクしておられたので瞬間どなたか分からなかったのですがおふくろは「はい。おかげ様でなんとか・・・メンバーのみなさん。ヘルパーさんもどなたもお変わりないですか?」あれだけ駄々をこねるおふくろが難なく受け答えしています。私といえばマスク外されてようやく以前のデイのオーナーとわかりご挨拶「その節は大変お世話になりありがとうございました。普段は一人でどこにでも行くのですがやっぱり人の多いところは不安で私がついていくようにしてます」「そうですか。私のこともおぼえていてもらえたようで嬉しいです。以前よりお元気そうでなによりです。」スーパー出て「○○さん。久しぶりやなぁ」というと「知らん。そんな人」「今スーパーで会ったやん?」「そうか。覚えてない」親子ながらさっきの母と今の母。とても同一人物とは思えない。普段は使わない頭の中に「プライド」という緊急用のスイッチがあるのかのしれません?「原発」にもこういうのがあったらいいのに

Ac

  東北関東大震災以降TVを見ているとAC(公共広告機構)のCMが大量に流れてます。時々うんざりすることもあります。これはご存知の方も多いと思いますがACジャパンというところ。全国の企業から寄せられた資金で運営されている非営利の特例社団法人で、広告を通じて社会に貢献しようとの趣旨の下に活動しています。その広告は通常、企業がCMを自粛した際や、番組がスポンサーを獲得できない場合などに、空いてしまった広告枠を埋めるために放送される仕組みになっています。
実際、「この非常時になにを能天気な・・・」と思われるようなCMやセリーグの新井選手会長じゃないけど「今はその時期じゃない」大金かけて流しても逆にブランドイメージを損なうケースが多々あります。ですから多くの企業が自粛、取りやめになった枡を埋めるために流すようになってます。
それでもACといえども元々こういう事態を想定して作られていないのもありますから頻繁に見せられるとちょっとウザいのも事実。元阪神の赤星氏の車椅子はもういい(笑)それほど気にならないのが金子みすずと宮沢章二の「行為の意味」」(思いは見えないけど思いやりは見える・・・)それでも以前トイレ休憩と目を離していたCMが妙に懐かしく落ち着く。これって知らず知らず毒されているのかも知れません。いずれ新たに作った被災者支援のCMに徐々に入れ替わっていくと思います。

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  バリデーションの講演会があるというので行ってきました。講師は日本で初めてのバリデーションテイーチャー。関西福祉科学大学の准教授都村尚子氏。バリデーション。以前創始者のナオミ フェイル女史が来阪した時にやはり聴講に行ったのですが通訳を交えての講義でしたがいわゆる「講演」「聴講」という部分は少なくステージを歩き回り実演?するエネルギッシュなオバちゃんという感じ。それはそれなりに理解したつもりでした。でも今回日本人の講師。それも介護福祉士、社会福祉士を育成し自らも長年施設でワーカーとして働いた経験のある人のようですから話に説得力がある。今更に「そうか!そういうことだったのか」ということが多々ありました。収穫です。「はい。あとでね」「まずお茶でも飲んでそれから」これまでよしとされてきたテクニック?うしろめたさを思いながらついてきた嘘。やっぱりまずい。認知症における心理的ケアの重要性を痛感しました。
  また事業所の社長から電話が入りました。「今朝、○○さん。亡くなりはった。」「そうですか・・・入院も4ヶ月。ケアマネさんからもあまり状態がよくないと聞いてました。行ってもいいですか?」「何年お世話になった?」「一時中断はありましたけど4年。」「行ってお別れしてきたらいい」仕事やりかけですがユーターンしてご自宅に伺いました。玄関に通夜と葬儀の時間が書いて張り出されてますが坊さんはまだこられてない様子。半開きだったのでインターホン鳴らさずにドア越しに頭だけ突っ込んで様子を見ます。ご子息は携帯でどこかと電話の最中。奥さんとお嫁さんがご遺体に面して座っておられます。奥さん。こんな時に愛想でもないと思うけどそれでも私の顔見てにっこり。隣のお嫁さんに「ヘルパーさんや。お父さんがよくして貰ってたんやわ」目礼だけしてご遺体の前に。お顔を見せてもらいました。冷静なつもりでいたのですが今にも笑いだしそうなそのお顔を見た途端、息が詰まり。涙が吹き出てきます。ハンカチ車に積んだまま。仕方が無く作業着の袖で吹き出る涙と鼻汁を拭きます。「穏やかなお顔で安心しました。」「はい。痛いとも苦しいともいわんと今朝方逝きました。覚悟はしてたけどまだまだ先やと思ってました。・・・お父さ~ん!オジンさんやでぇ!オジンさんが来てくれはったよ!」また涙。ぼろぼろです。見かねてお嫁さんがハンカチ貸してくれました、「病院でもオジンさんのことはよく話してたんですよ」「悪口でしょう?私も○○さんにはいいたいこと言ってましたから」歳を重ねると交友範囲も狭まり、家族以外と話すことも少なくなる。この方、見かけとは違って非常に繊細な神経の持ち主で当初は私にも気を使っておられたように思います。それがあることがきっかけで気をゆるし信頼していただけるようになり、以来ずっと「ご指名」みたいな形で入らせてもらってました。でも高齢者の常、「いつかは」と思ってました。いざその場に直面すると急に手の届かないところに行かれたようでやっぱり辛い。寂しい。この仕事するようになって何度こういう思いをしたことか?宿命と思いますが嫌な仕事です。

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  アンジェリーナジョリーとジョニーデップ。今一番脂の乗り切った2人の初共演映画です。
2人が共演することに意味があるわけで内容はそれほどのものではありません。実際ストーリーの展開なんて最初の数分で結末が分かります。この手の映画にありがちな結末にプロセス。シーンを無理やり合わせるた感じ。だから設定にかなり無理がある。(笑)でもそれぞれに絵になる。「ま、いいか。それもあり」でストーリーが運び気がつけばおしまい。顔中デフォルメみたいなアンジェリーナが美しい。最初にも言ったけど彼女大輪の花が開いたって感じ。さすがのジョニーデップもかすんで見えます。やっぱり女性向きの映画だと思います。それと随所に出てくるヴェネチアの景色が実に美しい。サイトから壁紙ダウンロードして使ってます。

  スーパーで空っぽの陳列棚がありました。食パン。インスタントラーメン。水。ここは大阪です。つい先日外国の通信社の報道で大災害にあっても秩序を保つ日本人の姿を見たばかり。被災地に送れとはいいませんが連日の報道が危機意識を高めたのでしょうか「買い溜め」に走る人がいるのでしょう。そういえば福島で基準値を超えた原乳とほうれん草が出たと新聞で見ました。飲み続け食べ続けてもほとんど身体に害を及ぼさない数値と説明してありましたが大きな見出しで書かれたからにはおそらく他の農作物も福島産というだけでこれから半年、一年は売れなくなると思います。事実を歪めた報道はいけないと思いますがそれが市民生活にどういう影響を与えるか?せめて大きく扱うか小さく扱うかぐらいの判断は報道人にもあっていいのではないか?と思います。 

 珍しく事業所の社長から電話が入りました。「オジンさん元気?なかなか会われへんなぁ」「今、私の持ってる利用者さん。入院してはります。事業所にお伺いするのは自販機の補充だけですから。それに社長もお忙しいようで留守の時が多いみたいです」「すまんけど○○の事務所と△△の事務所。それから□□も。天然水のボトル3ケースずつ持っていってくれへん?」「なんですのん?市会の候補者ばっかり」「ウン。陣中見舞いや」「ということは結局のところ誰も支持してない?(笑)」「そう!お付き合い(笑)。領収書書いといてな個人と違うでぇ、会社宛てやでぇ」
 最近郵便物に候補者のチラシがよく入ってます。ポスティングやってるみたい。決まった事とはいえこのどさくさにも地方選挙するのやねぇ