週末、営業車のオルタネータがイカレたようで修理業者さんに「月曜日には間に合わせるように」頼んで手話サークルへ。初級受講生とサークルの交換会でした。前回講師さんから「受講生の人達はベテランとの交流会ということで緊張しておられます。間違ってもえらそうな態度をとらないでください」といわれてます。そういえば自分もそんな思いで参加したのかな?ほとんど記憶に残ってません(笑)それよりも「こんなことも知らないのか?」と思われないようにと逆に緊張します。
  「何年ぐらいやっておられるのですか?」早速聞いてこられました。「いや!まあ~そのォ~・・・5~6年というところです」「ほー!」(どういう意味の感嘆符かわかりません)「忘れるんです。次々と。だから忘れないように参加しているようなものです。}また「ほーっ!」「よくTVで手話ニュースって流れてますよね?あれなんか音声なしでわかります?」「わかります。ただし字幕があれば・・・(笑)l。実際のところ半分ぐらい。時間内に放送するためにかなり早く言葉を編集してます。ちょっと目をはずすともうついていけません」「でも聾唖者の方とも楽しそうに話しておられます。いつか私もそんな風になれるでしょうか?」(買いかぶりだわ。聾唖の人達ともずいぶん長くお世話になってますがいまだに挨拶の延長みたいなことしか話してません。)
 帰りの車の中で「あの人達がサークルに参加するようになると買い被りが幻滅になるのは必至だろうな・・・」そんなこと考えながらmilkyさんから貰ったDVD聞いてます。
朝。いつものように仕事に出ます。しばらくしてメーターに見慣れないランプ。「エンジンかかってるのにバッテリーランプ」
ダイナモかな?(正確にはオルタネーター。でも昔人間はダイナモのほうがわかりやすい)早い話が発電機です。車はエンジンの回転を上げることによってベルトで発電機を回すようになってます。念のためエアコン切って停車中もエンジン止めずに2時間。帰宅して車庫の前でエンジン止めると案の定、次からかかりません。(やっぱり)充電器で充電しながらエンジンルーム開けてみると見事にベルトが切れてます。どうしょうかな?と思ったのですがガソリンも少なくなってるので近くのGSへ。一応整備士というニイチャンに「オルタネーターのベルト切れてるんやわ。ある?」「取り寄せになります。それより走行距離からするとオルタネータもヤバイですよ。リビルトあるかな?一緒に聞いてみます」リビルトというのは再生部品。キャブレターやセルモーターと同じくオルタネータも高額でそのくせ故障というのは内部のブラシの磨耗などによるものが多い。だから多くの修理工場では再生部品を取り付けて交換します。交換した部品をまた再生して商品化。そういうシステム。「リビルト。なんぼぐらいする?」「それも聞いてみます」一時間後「工賃込みで6万までで出来ます」「もっと安くならん。もともとベルトだけ交換するつもりやったから」「はい。がんばってみます。でもお客さん。10万近く走ってます。代え時です。ベルトだけ代えてもまた交換することになります。脱着の手間賃がつまらないと思います」なかなか理にかなってる。しかし6万は痛い。暇があれば自分で付け替えることも出来るのですが・・・それでもせいぜい1万。部品が4万ぐらいかな?しゃあないか。
  スーパーの食品売り場でふと気づいたのですが最近魚を食べてない。(いつだったか?かつおのたたきが最後かな?)だとすればもう一月以上前になります。外食でもなぜか魚にあたってない。これはいけない。さんまと「ぶりの切り身」を買って帰り。照り焼きにしました。砂糖としょうゆ。酒とみりん。あとみつばがあれば完成。これだけで誰が焼いてもおいしく出来る。先人の知恵に感謝。ご存知の方も多いでしょうが「ぶり」は出世魚といわれて成長につれて名前が変わります。こちら関西ではツバス。(関東ではワカシ)はまち。(同じくいなだ)めじろ。ぶり。和歌山の白浜に近畿大学の養殖場があります。いつもその前を通って行きます。時に「はまち」が水面を飛び跳ねているのに出会います。今となっては懐かしい思い出ですが年末年始で市場が休みの時に食材が足りなくなってはまち分けてもらったこともあります。
同じ魚でも地方によって呼び方が違う典型かもしれません。手話サークルで「はまち」を「いくら」と表現して(howmach)馬鹿にされたことがあります。(笑)
  スポーツ。特に球技。今年はもう息切れしてますがわが阪神タイガースの「野球」これは正岡子規が和名をつけたことで有名。次に面白いのが 蹴球(しゅうきゅう )これはそのまんまサッカー。 闘球(とうきゅう )ラグビーです。これもいかにもという感じ。杖球(じょうきゅう ) 杖ですからホッケー。庭球(ていきゅう )テニス。 変わったところで 門球(もんきゅう )ゲートボール。これはほとんど「考えずにつけた名前」と思います。(笑)
 さて久々にクイズです。中国語で「全球」この意味知ってます?
(ヒント。球技ではありません)
  将棋は駒の動かし方がわかる程度で詳しくはないのですが15歳で棋士デビュー。天才少年といわれた。羽生善治氏40歳。5期ぶりに王位に返り咲き、王座・棋聖・王位の三冠となりました。羽生氏の7大タイトル獲得数は今回で通算80期を数え、故・大山康晴15世名人の史上最多記録に並んだそうです。 ちなみに、7大タイトルとは「竜王戦」「名人戦」「棋聖戦」「王位戦」「王座戦」「棋王戦」「王将戦」のことで、その中でも竜王戦が最高峰のタイトルと言われます。プロと呼ばれる人達の中でももっとも孤独で文字通り真剣勝負の世界。たいしたものだと思います。NHKの朝ドラ出身の何とか言う女優と結婚。確か子供も何人かいたと思います。
下世話かもしれませんが興味があったので調べてみました。プロ棋士の収入
 将棋連盟から支給される基本給は最低ランクで月額10万円台からで、名人クラスになりますと月額100万円超の給与が連盟から支払われます。棋界は地位もお金も順位戦の成績次第です。
 基本給の他に歩合給のようなものとして、タイトル戦やその他の公式棋戦などに参加すれば対局料が支給されます。例えば竜王戦の場合、本戦1回戦の対局料は35万円程度、勝ち進むごとに対局料が上がり、竜王との決戦の際は700万円の対局料が支払われます。 挑戦を受ける竜王には1450万円の対局料、さらに勝負に勝った新竜王には3200万円、敗者には800万円の賞金が出ます。本戦1回戦から勝ち上がり竜王となった者はトータルで4000万円以上を稼ぎ、1回戦で敗退した場合には35万円を得るのみです。報酬も実力次第。頂点に立つごく一握り。そのほとんどはプロといってもサラリーマンの収入にも及びません。
羽生語録より
◎楽観はしない。ましてや悲観もしない。ひたすら平常心で。

           ・・・そのときをじっと待つ。期待せずに待つことだ。

◎意表をつかれることに驚いてはいけない。そんなことは日常茶飯事であって、

 予想どおりにすすむことなど皆無といっていい。

◎私は、人間には二通りあると思っている。

 不利な状況を喜べる人間と、喜べない人間だ。

 ・・・最初からピンチを招こうと思っている人間はいないが、

 ピンチに陥って奮い立ち、知恵を出せる人と怯(ひる)んでしまう人がいる。

◎考える材料が増えれば増えるほど・・・(迷いや不安といった)マイナス面

 も大きく膨らんで自分の思考を縛ることになる。そういうマイナス面に打ち

 勝てる理性、自分自身をコントロールする力を同時に成長させていかないと、

 経験を活かし切るのは難しくなってしまう。




Sh3b0385_2 Sh3b0388  週末金曜日。30分遅れで手話サークルに行きました。こんな日に限って駐車場が満車。近くのコインパーキング探してやっとの思いで教室にに入ると私がいつも座ってる席にあまり見かけない女性が座ってます。どこか空いた席を目で探しているとその女性と目が合います。立ち上がりかけられたのを手で制止。ほかの席を探すのですが結構詰まってます。最後列に空席を見つけなんとか納まりましたが長年通ってるとおのずとそれぞれの席が固定化するようで多分いつもの私の席に座った女性も指定席を取ったようで居心地が悪かったのではないか?逆に気を使います。会話についていけないもどかしさを感じながら終わると一目散に車に戻り三田に向かって走ります。9時を回ると道路も空いてます。最近は滅多に飛ばさないのですが後続の車がないのを確認して久しぶりにフルスロットル。150キロ。 捕まったら罰金。免停間違いなし。(笑)三田まで50キロ。30分で着きました。缶ビール1本で熟睡。翌朝おふくろが外泊ということで病院まで迎えに行きリフトカーを先導。1ヶ月ぶりの自宅。さぞかし喜んでくれると思ったのですがそうでもない。寝たり起きたりで土日をすごしました。途中容態が安定してるのを見て気になっていた芝は枯れて雑草だけが生い茂ってる庭の芝刈り。ひょっとしたらショック死するのではないか?と思うほど蚊に刺されながら1時間。(よっぽど肉体労働に向いてるのかな? )                                                                          夕食を済ませて大阪に帰ったら9時。また缶ビール1本で熟睡。月曜は定例会議。仕事早めに切り上げてOAPまで。久しぶりに会ったmilkyさんからDVD貰いました。「なにが入ってるの?アダルト?」「オールデイズ」。近くの豆腐料理屋で夕食を済ませ帰宅。焼酎と日本酒でポワ~っとした頭で見てみるとなるほど70年から80年にかけてのヒット曲。アルバムにして30枚ぐらい。深夜のTVショップ番組で30分ぐらい曲のさわりの部分だけ流してるのがありますが私、ほとんどの曲知ってます。(ただ、5枚組み1万円は買う気になりません。)(笑)それにしてもよく好みがわかるものだなと感心。同時に感謝。時間見てmpegプレーヤー総入れ替えします。Sh3b0392 Sh3b0393

Kiku

 菊と言えば「菊作り日本一」の国華園(笑)あるいはルースベネでィクトが日本文化を評した「菊と刀」がすぐ思い出されますが今日は秋気が本格的に加わる頃と言われる二十四節気の「白露」。朝晩は涼しく感じるようになり、少し前まで温かった蛇口の水にも今は冷たさが宿ります。
 日本では「苦」に通じるとの理由で「四」と同じように「九」という数字を嫌がる人もいますが陰陽道)おんみょうどう)では奇数は陽の数とされ、その極数である「九」が重なる九月九日は「重陽の節句」(ちょうようのせっく)として祝う風習が昔からありました。この日は、不老長寿の霊草と信じられていた菊の花びらを杯に浮かべた菊酒を酌み交わし、お互いの長寿と無病息災を祝ったとされています。このことから重陽の節句は「菊の節句」とも呼ばれます。菊は天皇の紋。今はどうか知りませんが昔日本に軍艦があったころその舳先には必ず菊の紋がついていました。桜と並んで日本の国花といってもいい。菊花展やこれも最近は取りやめになってますが毎年枚方パークで菊人形展が開催されその年のNHK大河ドラマをテーマにたくさんの菊人形が展示されたものでした。(今は菊人形というより「ヒラパー」に変貌しました)これももともとは重陽の節句に由来しています。庶民の間では秋の収穫祭と習合し「お九日(おくんち)」(いい響きです)として祝うようになったといいます。
(また今夜から紀伊半島に雨の予報が出てます。大事に至らなければいいのですが)
 思いつきでモノを言うと言われた菅総理がやっと退陣。(なんのために3ヶ月も引き伸ばしたのか理解に苦しみます)そして賛否はともかく野田内閣が発足しました。
 大臣になれた嬉しさを隠しきれなかったのかそれとも最初に一発かまそうと思ったのか小宮山洋子厚生労働大臣は就任早々の一昨日の会見で、たばこ1箱あたりの値段について「700円くらいまで引き上げるべきだ」と述べこの“唐突”な発言に波紋が広がりました。所管の安住財務相は「個人的見解でしょう」と勝手に言ってろといわんばかり。(就任そうそうの会見で個人的意見はない)これに関しては閣内からもすぐに反応があり、小宮山厚労相は6日の会見で「(たばこ税は)財務省の所管であり、政府税制調査会で議論する」とトーンダウン。一方、藤村官房長官の「(小宮山氏が)個人的な思いを述べられたと思う」との意見に対しては「個人的というより厚労省を代表して言った」と述べ、気概?も見せています。曰く「健康のため」この人(小宮山大臣)は自身の発案で超党派の「禁煙推進議員連盟」を立ち上げた筋金入りの嫌煙家であり、今回の発言も大臣にとっては唐突でもなんでもなかったと思います。私個人的には(他にすることいっぱいあるだろうになんとも「平和」な人。大所高所に立ち厚生労働省を引っ張っていく器とは思えん。)
  しかしながら、発言後の展開を見れば相変わらず「不統一」「内閣不一致」の感は拭えず、混乱した前政権を彷彿とさせてしまいました。歯に衣着せぬ物言いは美点でもあり、個人としての意見もあれば政治家としての信念もあるかとは思いますが、増税の是非はともかく、大臣の発言としてはもう少し重みがほしい。ちなみに、野田総理も藤村官房長官も愛煙家だそうで野田総理はつい数カ月前、財務相(当時)としての講演で「たばこも酒も(増税は)税制を通じた『おやじ狩り』みたいなものだ」「たばこ税はこの間(去年)上げたばかり」と、税率引き上げに反対していました。閣僚として知らないはずはない。自分を任命してくれた相手に喧嘩売ってるような感じかな。

 自転車並みの速度でゆっくり移動した今回の台風12号は桁外れの豪雨をもたらしました。観測史上最多の降雨量を記録した地点も多く出ています。日曜日通行規制の間をぬって出かけた白浜も紀伊半島。降り始めからの雨量が1000ミリを超え、年間降水量の半分以上の雨が一気に降ったところもあります。
 もともと紀伊半島は、東京、大阪といった都心部と比較すると年間降水量はかなり多いため、今回の総雨量も「年間の6割」といった表現になりますが、東京都心の年間降水量を超える雨量となったところが少なくありません。例えば奈良県上北山村では降り始め(8月30日)からの雨量が1800ミリを超えています。東京都心の年間降水量の平均値は約1500ミリですから、都心の年間降水量を超える雨がわずか数日の内に降ったことになります。

 ニュースで何気なく見たり聴いたりしますがこの数値。ここまで来るとミリではなくメートルで表す方が現実味がある。1メートル80センチというとプールで立って呼吸のできる人は少ないと思います。これだけの量の雨が辺り一面に降るのが想像できます?その量の水が通り道である渓谷や川に四方八方から流れ込みます。キャパははるかに超える。そして住宅地へ流れ込む。あるいは吸収できなくなった山肌が崩れ落ちる。車がおもちゃのように何台も折り重なっている姿は先の東日本震災の津波と重なって見えます。その猛威は推して知るべし。これも想定外か。
  昨日の日曜日。台風の影響が心配で白浜に行きました。道路が気になるので交通情報にアクセスhttp://c-ihighway.jp/やっぱり有田から田辺に向けて通行止。「解除メール」をセット便利です。8時前に解除のメールが携帯に入りました。弁当と先日ホームセンターで買っておいた木材。シール剤。それjから工具を積み込んで出たのがそれでも8時半。雨と横風の中出発。途中SAでトイレ休憩を挟んで着いたのが11時半。玄関ドアのガラスが割れてます。屋上に上がる塔屋のトタン屋根が半分ほど剥がれてました。相当キツイ風だったのが想像できます。屋上は前回ほどではなかったけどそれでもスニーカーがズボズボ。前回懲りたので靴から靴下。肌着まで全部着替えを用意してます。壁の崩落じゃなかったけれど前回中途半端に修理したところがみんな剥がれてました。白浜の一駅手前の田辺市で土砂崩れで亡くなった方がいるとニュースで言ってた程ですから想定基準をもっと高くしないといけません。もう少し先の同じ温泉地で漁港の勝浦では町長。奥さん。そして24才の娘さんが亡くなってます。四日は彼女の結納の日だったとか?なんとも痛ましい。今回は町役場から電話はありませんでした。町半分避難勧告が出るような状況ではそれどころでなかったのでしょう。汚れてボロボロのどろんこになって気が付けば6時。9時には帰宅しないとあすの仕事に差し障りが出ます。後ろ髪惹かれる思いで帰路につきました。悪天候が幸いしたのか道路もスムーズに流れ予定より10分早く帰宅できました。
 1923(大正12)年の9月1日、午前11時58分。『関東大震災』が発生しました。マグニチュードは7.9で、死者9万人、負傷者10万人、全壊1万4千戸、破壊焼失戸数は68万戸にも及びました。
 ちょうど昼食準備の時間。当時はかまど、あるいは七輪?家屋も木造がほとんど。地震の後に大火災が発生し、被害がさらに大きくなったという経緯があります。東京市(当時は市)の死者は6万人にものぼりましたが、つぶれた家屋の下じきになって死んだ人はそのうちの2千人程で、大多数はその後の火災が原因となっています。平成7年1月17日に起きた阪神淡路大震災の際にも地震の後の火災によりやはり被害が拡大しています。街のあちらこちらで火の手が上がりTVの画面にくぎづけになったのを覚えてます。
 関東北部、とりわけ福島近辺の人達。どんな思いで今日という日を迎えたのかと思うと胸が痛みます。おりしもまた台風が接近しています。嫌でも防災を意識させられます。予報どおりだとすれば土日あたり上陸するとか。また白浜が気になります。最悪のコースを取った場合に備えて今日から仕事の合間をみて道具の準備。(といってもインパクトの充電ぐらい)資材(主に構造材。それとビスやシーリング材)をホームセンターで購入。予想通りの進行なら点検にいくのは日曜日。おふくろも気になるのですがこればかりはどうしようもない。同級生から「松茸を食べる会」の案内の電話がありました。これは18日だそうですが松茸の仕入れの都合もあるので出欠を急ぐとか。返事が即答できないのがつらい。(ちなみに去年は不参加)明日の手話サークルは台風接近で中止。これも多分行けないと思ってたのですが休みの報告する前に講師さんからメールが入ってちょっと得した気分。(報告遅らせてよかった)そんなこんなでなんとも気ぜわしい「防災の日」でした。