最近ちょっとオーバーワーク。「今夜は久しぶりに鰻買ってうな丼にして食べよう。」そう思って仕事の途中スーパーに寄りました。一匹1000円。ま、そんなものか、とついでに辺りを見渡すと「さんま」2匹で200円。ということは1匹100円。同じように並べられて10倍もの価格差。泳いでいる時はそんなこと考えないでいただろうに(当たり前か?)絶対数の差から、かたや1000円そしてこちらは100円。だからといって美味しさは違うと言えば違うかもしれないけどこれはあくまでも「好み」の問題。さんまだって落語のネタにもなるもなるほど美味しい魚。かわいそうなので?うなぎ買わずにさんま買って帰りました。帰って冷蔵庫開けるとあんなにあった「すだち」がもう一個しか残ってません。「やっぱり使うとなくなるものなんだ」今度また買ってきます。
youtubeで見つけました。聾唖の女性写真家「宮本涼子さん」と多発性硬化症のミュージシャン「クマプーさん」の手話コント。シリーズ化されてるようです。

  確か去年も同じようなことを書いた記憶があるのですが昨日は恒例の地域カーニバル。金曜土曜と2日続きの雨でしたので今年は中止になる。そう踏んで一応の準備はしてたのですが正直、疲れがたまってきているので、ゆっくり朝寝と洒落こんでいたのですがそれでも朝6時には目が覚めます。カーテンを開けると日が差してます。「昨日遅くまであれだけ降ってたのに・・・」中止の場合。実行委員会から電話が入ることになってますがそれもない。気乗りがしないままに現地につくともう前日から張り巡らされたテントの中で警察。消防。それとバザー。このあたりがスタンバイOK状態。慌ててPETボトルをトラックから下ろしかけると区役所の担当者が「お疲れ様です。下が多少ぬかるんでますから気を付けてください」30ケースほど下ろした頃には社協。ボランテイア。園芸、それから点字手話のブースも店開き。肝心の婦人会のメンバーは誰もまだ来ません。仕方がないのでダンボール開けて商品を詰めます。あらかた陳列出来た頃に3人。4人と集まって全員が揃った頃にはもう9時半の開場10分前。商品確認してもらって慌てて車を出しました。汗びっしょり。午後に様子を見に行って売れ行きの良さそうな商品を10ケースほど追加。「オジンさん。」背中をこづかれて振り返ると手話サークルの人。「今から民謡踊ります。」「へ~!ビデオ取りますわ」「いらん!やめといて。後々ずっとそれ見て笑われるのかなわん」(笑)。面白いと撮りに行ったのですがこれがみんな同じ柄の浴衣。(当たり前か?)保護色でもないのでしょうがさっぱりわかりません。やっと見つけたころにはもう終わってました。でもさすがにお上手。民謡といっても日本舞踊。手と足の動き。手話がうまい人は踊りもうまい。それにしても比較するわけでもないのですが総じてオッサンは下手。これも参加することに意義があるということか?

か?

新聞に柳ジョージ氏が亡くなったと載ってました。記事を見て昔を思い出しました。懐かしいスターがまた一人。まだ若かったのか次々とスターが出てくる中、それほどのめり込んだわけではないのですが結構好きなアーティストだったように思います。ただ、ある時期から「その容貌、ギターを表面に出した曲づくり。そしてあのしゃがれ声。このあたりがエリッククラプトンと共通する部分があったのかいつの頃からか「和製クラプトン」と呼ばれるようになりました。私が引くようになったのもこの頃から。どうも日本人の悪い癖だと思いますがちょっと似た部分があるとキャッチコピーでもないのでしょうがすぐ「和製○○」と呼びたがる。そういう呼び方をされて本家を超えた人はいない。心得ているのか中には本人までもが「コピー」を売りにする。どうなんだろう。今となっては柳氏に確かめるすべもないけど案外ご本人はそういう言われ方、嫌だったのかもしれません。歌はもちろんですが彼の作った曲、いいのが多い。アメリカ人にもファンが多い。玄人ウケとでもいうのでしょうか有名なアーティストの中にも彼のファンがたくさんいたと言います。今、改めて聞いてみてやっぱりいい。惜しい。
  お得意さんのお母さん(独居)。認知症が急にすすんだとかで夫婦で手分けして箕面の御実家まで毎日介護に行ってると聞きました。このお得意さん。自身も動脈瑠をもっておられ病院通い。医師から「あと1センチ大きくなったら手術」と言われてます。今日は奥さんが代わりに仕事しておられました。「大変ですね。」「ウチは文字通り老老介護、どっちが倒れても不思議じゃない。そういうオジンさんこそお母さんの具合はどう?」「ウチだって老老介護みたいなものです。このまえおふくろ車椅子に乗せて散歩してたら知らない人がおふくろに声かけてきました。≪お父さんと散歩ですか?いいですねぇ≫って。まあ面倒ですから否定はしませんがそんなふうに見えるのかな?って」「オジンさん。疲れてるんだわ。私も最近は電車で席譲られたら遠慮なく座ります。」(この人60才)オジンさん。私、こう思うようにしてます。人間50超えたら四捨五入。みんな一緒。多少の差はあれどこかにガタがくる。元気な人は勝手に元気に振舞えばいい。」女性っていくつになっても若く見られたいものと思ってましたがそうでもないのかな?やっぱりこの方も疲れてるのかもしれません。

  そういう言葉があるのかどうか知りませんがQOL(Quality of Life)があるのだからQOD(Quality of Death)があってもいいと思います。というのも厚生労働省で厚生年金の支給を68~70歳にしようという案が出ているそうです。破綻が言われて久しい年金事情からすると早晩出てくるだろうと思ってはましが人生の半分近く40年もかけ続けて支給されるのが70歳。「一体何才まで生きると思ってるのか?あるいはそれまでに死んだら掛け損?」定年延長なんて話もあるそうですが新卒ですら就職難という時代。少ないパイを奪い合うことにならないか?第一70まで働きたいという人がそんなにいるのだろうか?必要に迫られて否応なしに働く、そして気がついたら寿命はもうそこまで来ている。死を目前にして「ああ充実した満足な人生だった」と言えるだろうか?あるいは「働くだけの人生だった」というのでしょうか?人間は働くために生まれてきたという人がいますが私は嫌です。「遊びをせんとや生まれけむ 戯(たわぶ)れせんとや生まれけむ」(梁塵秘抄)思えば子供の頃、70才といえばバリバリの「老人」。隠居として平穏な日々を送る人。それは来るべき「死」への準備期間でもあったと思います。いくら平均寿命が伸びたといっても70才支給はない。事実私の周辺では50~60代の男性が亡くなるのがなぜか多い。毎年ある同窓会でも先ず物故者への黙祷から始まります。ただ、70才を過ぎるとどういうわけか結構しぶとい。ひとつの「節目」なのかもしれません。ウチの同窓会でも「最後まで残るのはひょっとしたらセンセかもしれん」と言ってます。日本の年金制度。現役世代が老人を支えるというなかなかいい制度と思ってましたがこうなってくると掛けた分、自分に戻ってくる欧米型の制度の方がはっきりしていいのかもしれない。事実若い人たちは今の年金制度を信用していない。「自分の掛けた年金が誰かの手に渡る。そしていずれ次の世代が私たちを支える、そんな面倒なことするより貯蓄のほうがよっぽど確実」といいます。だから尚更支え手が少なくなる。どうしてこんなふうになってしまったのだろう?この話を聞いてなぜか映画「ペイフォワード」を思い出しました。

  暦の上ではすでに「晩秋」に入ってるそうなのですが実際はこれからが本番。この数日、やっとそれらしく感じるようになりました。秋、収穫の時期で食べ物が飽きるほどあることから「飽き」が語源の一つであると言われます。余ったものを交換し融通し合うようになったことから「あきない」という言葉が派生したという説もあります。
 
  また秋は年を表す別称の役目も担っているようで「一日千秋の思い」。「年月」を「春秋」と呼ぶこともあります。清少納言は「枕草子」で「秋は夕暮れ時が一番良い」としましたが、秋と夕暮れを題材にしたものとしては「新古今和歌集」に収められた「三夕(さんせき)の歌」(下記)が非常に有名です。
さびしさはその色としもなかりけり
              まき立つ山の秋の夕暮       寂蓮法師
                        

  心なき身にもあはれは知られけり  
               鴫たつ沢の秋の夕暮       西行法師
             

  見わたせば花も紅葉もなかりけり
              浦のとまやの秋の夕暮     藤原定家朝臣
 こうしてみると秋はやっぱり「夕暮れ」時代はずっと下がりますが「秋の夕日に照る山もみじ・・・」なんて歌もあります。句の中では3番目が一番好きです。見渡せば花ももみじもない。浜辺の苫葺の小屋だけの秋の夕暮れ(とまや。童謡「われは海の子」にも出てきますが苫という材料で出来た屋根の粗末な建物)
結局作者(定家)が言いたかったのは花ももみじもなく華やかではないけど質素な作りの小屋がある。でもそれが一番。それにしてもやっぱり「秋」。これは春でも夏でもましてや冬には似合わない。秋ってそういう季節なんですね。               
 体育の日なのだそうです。この日は晴れの「特異日」統計上最も晴れる確率が高い日で東京オリンピックの開催日決定するのにもこれが決め手になったといいます。案の定よく晴れた一日になりました。ただ、昨夜の渋滞(中国道。50キロの距離を2時間40分かけて帰ってきました)の疲れからかもう一つシャキっとしない、時速にすると20キロにも満たない走り?ですがだからといって眠るわけにはいかない。こういう時って帰宅後もすぐには寝付けません。なんども寝返りをうってウトウトするのですが結果睡眠不足で朝を迎えます。
 ところで自分の寝相ってご存知でしょうか?暇な人がいるようで寝相による性格分析なんてのがあるそうです。
1)体を丸めて寝る「胎児」型(全体の41%)
       → 頑固そうに見えても内気で繊細なタイプが多い。

 2)横向きで脚を伸ばし、腕は体に沿っている「丸太」型(同15%)
       → 楽天家で社交性のあるが騙されやすい面も。

 3)横向きで脚を伸ばし、腕を体の前に持ってくる「切望」型(同13%)
       → 開放的な面がある一方、疑り深く頑固でもある。

 4)仰向けで腕をわきにつけた「兵士」型(同10%)
       → 性格はおとなしく保守的だが自分にも他人にも厳しい。

 5)うつぶせで手を頭の両側に置く「自由落下」型(同7%)
       → 率直で社交好きな性格は厚かましいと受け取られることも。

 6)あおむけで大の字になる「ヒトデ」型(同7%)
       → 聞き上手で、控えめな人が多い。


私は「胎児」型もしくは「切望」型のようです。
頑固で内気で繊細で開放的で疑り深い?
なんでもありか?(笑)

手話サークルの講師さんたちが社協の大会で通訳をするというので仕事途中で抜けて見てきました。紋きり型の挨拶の後、功労者の表彰。ここで思ったのは司会者はそれぞれ姓名を読み上げるのですが通訳は姓だけ。聾唖者が表彰されたわけでもないしこだわることはないと思いますが同姓の人が多いときはどうするのかな?と思います。後半ゲストに吉本の「池のめだか」氏が講演。サークル一番の講師さんが通訳してました。これも吉本系全てに共通するのですが彼らの笑いはギャグとオーバーアクション。純粋に話の内容で笑いを取れる人は少ない。めだか氏も演壇に自分用の踏み台を用意してそれで先ず笑いをとりましたがその後は生い立ちから現在に至るまでの話をだらだら。都度出てくるのは「昔はよかった」。ネタが無くなった後半、彼が用意した?のはカラオケ。舞台から客席まで降りてハンドマイク片手に歌ったのが「俵星玄蕃」本人も言ってましたが8分40秒という長い曲。手話をやってる人ならお分かりだと思いますが歌を通訳するというのは非常に難しい。ましてこの曲。赤穂浪士。忠臣蔵の外伝。忠臣蔵には外伝が多く四十七士それぞれに逸話が作られてます。槍の名士俵星玄蕃が討ち入り当日、応援に駆けつけます。吉良邸内偵のためにそば屋に扮していた杉野十平次とばったり出会う。「センセ!」「そば屋か!」」そういうシーンを歌にしたものでこんなの通訳してもわかる人がどれだけいるか?結局講師のセンセ。ただ口開けて見てるだけ。通訳泣かせの講演だったと思います。先日手話を文字にして表現することのむつかしさを言いましたが今回はその逆、確かめたわけではないのですが聾唖の人達も面白くなかったと思います。講演も手話に変換すると上手下手がよくわかる。

 

福島の子供130人を検査したところ10人に甲状腺異常が見つかったそうです。原発事故との因果関係は不明だそうですが不気味。事故後半年、当時官房長官が頻繁に言っていた「直ちに・・・」の範疇には入らないのかな?当時から思っていたのですが「直ちに」という言葉。一体いつまでがそうなのか?具体性がなく曖昧なその場しのぎに聞こえまて仕方がない。因果関係を判明させるというのもこれまたむつかしいでしょう。そして彼の言葉を借りるなら「直ちに」以後。他にもこれからもっと影響が増えるのではないか?彼ら彼女たちが成人する頃。不運な幼少期をすごしたと思うのだろうか?東電。そして政府はどんな風にこの事件を説明し責任を取るのだろう。今度は「責任者不在」と逃げるのだろうか?時代が変わっても恨まれるのは必至だと思います。

 アップルの元CEOスティーブジョブズ氏が亡くなりました。昨日iphoneの新機種(5だと思ってたら4S)が発表されたのを見届けるかのように日本時間の今朝 56歳の生涯を終えました。1976年アップルを立ち上げその独創的なアイデア。技術でアップル社をトップ企業に築き上げました。ただ、そんな彼も病には勝てず夏にはCEOを退いてます。新型IPhoneが期待された5ではなく4のバージョンアップに留まったのを思うにつけ、まさに巨星落つ。ひとつの時代が終わった感がします。

 大阪は夕方から降り出してきました。仕事の途中でスーパーによく立ち寄るのですがそれも面倒だったので夕食は有り合わせで済ませます。冷凍庫には鶏肉。豚肉。そして前回のチャーハンの残り。あとはアイスクリーム。冷蔵のほうは牛乳、野菜ジュース、レタス、トマト。アスパラ、それに焼きそばに使ったキャベツが4分の一、大根。じゃがいも。ネギと大葉が数枚。すだち。あとは玉ねぎがネットに入ってぶら下がってます。(やっぱりなんか買ってくればよかった)「親子丼でもするか?」卵がない!「豚ロースでトンカツでも・・・溶き卵がいる」。なんでもないようですが結構卵って使います。誰かに教えてもらったのを思い出しました。その時は卵のコレステロールを嫌って溶き卵を使わないという話だったと思いますがとりあえず試してみました。塩コショウ。そして小麦粉をまんべんなく付けます。本来ならここで溶き卵につけてパン粉をまぶすのですが水で代用します。ここからがミソなのですが卵のように水につけるとせっかくの小麦粉が上手くつかず流れてしまいます。そこで取り出したのが障子の張替え用に使っていたスプレー。これで片面ずつ水を吹き付けます。両面均一にパン粉をまぶしたら揚げるだけ。ソースは作らず「大根おろしとすだち」で和風。ヘルシーです。Photo