そういう言葉があるのかどうか知りませんがQOL(Quality of Life)があるのだからQOD(Quality of Death)があってもいいと思います。というのも厚生労働省で厚生年金の支給を68~70歳にしようという案が出ているそうです。破綻が言われて久しい年金事情からすると早晩出てくるだろうと思ってはましが人生の半分近く40年もかけ続けて支給されるのが70歳。「一体何才まで生きると思ってるのか?あるいはそれまでに死んだら掛け損?」定年延長なんて話もあるそうですが新卒ですら就職難という時代。少ないパイを奪い合うことにならないか?第一70まで働きたいという人がそんなにいるのだろうか?必要に迫られて否応なしに働く、そして気がついたら寿命はもうそこまで来ている。死を目前にして「ああ充実した満足な人生だった」と言えるだろうか?あるいは「働くだけの人生だった」というのでしょうか?人間は働くために生まれてきたという人がいますが私は嫌です。「遊びをせんとや生まれけむ 戯(たわぶ)れせんとや生まれけむ」(梁塵秘抄)思えば子供の頃、70才といえばバリバリの「老人」。隠居として平穏な日々を送る人。それは来るべき「死」への準備期間でもあったと思います。いくら平均寿命が伸びたといっても70才支給はない。事実私の周辺では50~60代の男性が亡くなるのがなぜか多い。毎年ある同窓会でも先ず物故者への黙祷から始まります。ただ、70才を過ぎるとどういうわけか結構しぶとい。ひとつの「節目」なのかもしれません。ウチの同窓会でも「最後まで残るのはひょっとしたらセンセかもしれん」と言ってます。日本の年金制度。現役世代が老人を支えるというなかなかいい制度と思ってましたがこうなってくると掛けた分、自分に戻ってくる欧米型の制度の方がはっきりしていいのかもしれない。事実若い人たちは今の年金制度を信用していない。「自分の掛けた年金が誰かの手に渡る。そしていずれ次の世代が私たちを支える、そんな面倒なことするより貯蓄のほうがよっぽど確実」といいます。だから尚更支え手が少なくなる。どうしてこんなふうになってしまったのだろう?この話を聞いてなぜか映画「ペイフォワード」を思い出しました。
まき立つ山の秋の夕暮 寂蓮法師
心なき身にもあはれは知られけり
鴫たつ沢の秋の夕暮 西行法師
見わたせば花も紅葉もなかりけり
浦のとまやの秋の夕暮 藤原定家朝臣
結局作者(定家)が言いたかったのは花ももみじもなく華やかではないけど質素な作りの小屋がある。でもそれが一番。それにしてもやっぱり「秋」。これは春でも夏でもましてや冬には似合わない。秋ってそういう季節なんですね。
→ 頑固そうに見えても内気で繊細なタイプが多い。
2)横向きで脚を伸ばし、腕は体に沿っている「丸太」型(同15%)
→ 楽天家で社交性のあるが騙されやすい面も。
3)横向きで脚を伸ばし、腕を体の前に持ってくる「切望」型(同13%)
→ 開放的な面がある一方、疑り深く頑固でもある。
4)仰向けで腕をわきにつけた「兵士」型(同10%)
→ 性格はおとなしく保守的だが自分にも他人にも厳しい。
5)うつぶせで手を頭の両側に置く「自由落下」型(同7%)
→ 率直で社交好きな性格は厚かましいと受け取られることも。
6)あおむけで大の字になる「ヒトデ」型(同7%)
→ 聞き上手で、控えめな人が多い。
私は「胎児」型もしくは「切望」型のようです。
手話サークルの講師さんたちが社協の大会で通訳をするというので仕事途中で抜けて見てきました。紋きり型の挨拶の後、功労者の表彰。ここで思ったのは司会者はそれぞれ姓名を読み上げるのですが通訳は姓だけ。聾唖者が表彰されたわけでもないしこだわることはないと思いますが同姓の人が多いときはどうするのかな?と思います。後半ゲストに吉本の「池のめだか」氏が講演。サークル一番の講師さんが通訳してました。これも吉本系全てに共通するのですが彼らの笑いはギャグとオーバーアクション。純粋に話の内容で笑いを取れる人は少ない。めだか氏も演壇に自分用の踏み台を用意してそれで先ず笑いをとりましたがその後は生い立ちから現在に至るまでの話をだらだら。都度出てくるのは「昔はよかった」。ネタが無くなった後半、彼が用意した?のはカラオケ。舞台から客席まで降りてハンドマイク片手に歌ったのが「俵星玄蕃」本人も言ってましたが8分40秒という長い曲。手話をやってる人ならお分かりだと思いますが歌を通訳するというのは非常に難しい。ましてこの曲。赤穂浪士。忠臣蔵の外伝。忠臣蔵には外伝が多く四十七士それぞれに逸話が作られてます。槍の名士俵星玄蕃が討ち入り当日、応援に駆けつけます。吉良邸内偵のためにそば屋に扮していた杉野十平次とばったり出会う。「センセ!」「そば屋か!」」そういうシーンを歌にしたものでこんなの通訳してもわかる人がどれだけいるか?結局講師のセンセ。ただ口開けて見てるだけ。通訳泣かせの講演だったと思います。先日手話を文字にして表現することのむつかしさを言いましたが今回はその逆、確かめたわけではないのですが聾唖の人達も面白くなかったと思います。講演も手話に変換すると上手下手がよくわかる。
福島の子供130人を検査したところ10人に甲状腺異常が見つかったそうです。原発事故との因果関係は不明だそうですが不気味。事故後半年、当時官房長官が頻繁に言っていた「直ちに・・・」の範疇には入らないのかな?当時から思っていたのですが「直ちに」という言葉。一体いつまでがそうなのか?具体性がなく曖昧なその場しのぎに聞こえまて仕方がない。因果関係を判明させるというのもこれまたむつかしいでしょう。そして彼の言葉を借りるなら「直ちに」以後。他にもこれからもっと影響が増えるのではないか?彼ら彼女たちが成人する頃。不運な幼少期をすごしたと思うのだろうか?東電。そして政府はどんな風にこの事件を説明し責任を取るのだろう。今度は「責任者不在」と逃げるのだろうか?時代が変わっても恨まれるのは必至だと思います。
アップルの元CEOスティーブジョブズ氏が亡くなりました。昨日iphoneの新機種(5だと思ってたら4S)が発表されたのを見届けるかのように日本時間の今朝 56歳の生涯を終えました。1976年アップルを立ち上げその独創的なアイデア。技術でアップル社をトップ企業に築き上げました。ただ、そんな彼も病には勝てず夏にはCEOを退いてます。新型IPhoneが期待された5ではなく4のバージョンアップに留まったのを思うにつけ、まさに巨星落つ。ひとつの時代が終わった感がします。