「環太平洋連携協定(TPP)交渉参加に慎重な山田前農林水産相は11日夜、衆院議員会館で記者会見し、交渉参加をめぐる野田佳彦首相の記者会見の内容について「ほっとした。交渉参加表明でなく、事前協議にとどまった。よかった」と評価しました。山田氏は「(首相は)党の提言をくんで踏みとどまってくれた」ともいい安どの表情を見せていたように思います。」この人、数日前にテレビで見たときは反対派?の農民達と一緒にハチマキしてまさに口角泡を飛ばし激しい口調で「絶対反対!」と激を飛ばしていたのを覚えてます。彼の目的はTPP交渉に参加させないのではなく事前協議に参加することだったのか?予定を一日おくらせて発表した首相のメッセージ。それにもかかわらず新聞各紙は「交渉参加」と書き立ててます。彼を全面に立てて拳を突き上げていた人たちもそういう思いだったのでしょうか?だったらあんなに過激になることもなかったと思うのは私だけでしょうか?それとも抗議自体が票欲しさのジェスチャーで落ち着き先を探していただけだったのでしょうか?
さて広告大手のアサツーDKが全国約1万人を対象に5年ぶりに実施した「日本人の平均調査」の結果です。
まず、『あなたが「人生のピーク」を迎えた(迎える)年齢は』の回答の平均は39歳で、前回調査(5年前)の35歳と比べ4歳上昇しています。男女別では、男性が41歳、女性が37歳で、女性の方が男性よりも早く人生のピークを迎えると考えている人が多いようです。人生のピーク。考え方はいろいろでしょうが精神的にも肉体的にもこれまでは登り坂。これから先は下り坂と考えるのが自然でしょう。それが時代と共に何歳も変わる。不思議と言えば不思議。
ちなみに、『「オジサン」と呼ばれる年齢は』の男性の回答は平均39歳で、上記のデータと照らして考えますと、男性のピークはオジサンになってからということになります。(笑)自信ないのかな?
オリンパス。一般的にはカメラメーカーとして有名でキャノン。ニコンに次ぐ国内3位。ですがこの会社、最近は医療機器のウエイトが高く内視鏡などの光学機器で世界最大のメーカー。シエアも75パーセントといいますからほぼ独占状態。売上構成比でも40パーセントを占めてます。この会社が今経営危機に陥ってます。株価は連日ストップ安。9月の中間決算も遅延。一部上場銘柄ですがこのままでは上場基準を満たせない。監理ポスト。そして上場廃止となります。どこかのライバル会社に安く買われて無くなる。粉飾当時の社長(今は多分引退)のインタビューを見ましたが「知らない」の一点張り。一時は何万人の社員のトップに立ち、会社を経営していた人のはずですがそんなふうには見えません。正直なところ「こんな人が会社を経営できるのか?」と思います。会社という組織にあってサポートしてくれるスタッフがいなければただのオッサン。よく定年退職後も会社でのポストを引きずっている人を見ます。「この人は会社が全てだったのかな?」と思いますがそれとはまた別な意味で会社内のポストでしか人格を評価されない人はそれを外すとどうにもならないものなのだと思いました。株主や社員はたまったものじゃない。おそらく徹底的に追求されるでしょう。知らないでは済まないと思います。
体調が思わしくなく早めに仕事切り上げて休むことにしました。寝床で読んだ「山本一力」の小説。江戸時代の鮨職人の仕事にかける意地。そして彼を取り巻く武士。棒手振り。あるいはその妹との恋。山本周五郎。藤沢周平。池波正太郎あたりをミックスしてちょっと薄めたような感じ。それだけに肩が凝らずに読めます。全てに希薄になった時代。市井の人たちが自然とうまく共生して暮らしてきた日々の積み重ねが現代。作者のこの時代の人たちににかける憧れを感じさせます。昔読んだ漫画で何かというと主人公がすぐ「しけい!」というのがありました。ブログのテーマにはふさわしくないかもしれませんが「死刑」。1審大阪地裁の裁判員裁判が死刑を宣告しました大阪市此花区のパチンコ店放火殺人事件。弁護側の控訴により審理は大阪高裁に移る見通しとなりました。1審では死刑は違憲だとする主張を前面に押し出した弁護側に、遺族らは「事件と死刑の問題は関係ない」「裁判とは別の場で議論すべきだ」と激しく反発。弁護側は控訴審でも同様の主張を維持する構え。裁判員制度導入後、高裁は1審の判断を尊重する傾向が強まっている中、この事件は注目を集めています。さてどうなることか。弁護側がいう死刑の是非。本来、日本の裁判は遺族の意趣遺恨を前提にはしていません。極端にいえば遺族のことは考えず犯した犯罪が社会正義に与える影響を重んじます。更正の可能性を求めます。だから一時的に精神に異常をきたしていたという理屈が通ります。人を殺してもよほどの場合でないと死刑判決は下りません。それでも「これは死を持って償うよりない」という事件があります。死刑を否定する人は多く最近増えてきているうに思います。以前、執行命令を出す法務大臣でも死刑廃止論者がいたほど。その多くが曰く、欧米先進国で死刑を存続しているのは日本だけ。あるいは法のもとに人が人を殺す合法殺人になる。検察による冤罪の可能性が拭いきれない。絞首刑は残酷。いずれももっともだと思います。でもやっぱり死をもってしか償えない罪もあるのじゃないだろうか?アジア諸国には「その程度のことで?」と思うような犯罪で死刑という国があります。そして執行も早い。遅れているという人もあると思いますが死刑があるということが犯罪の凶悪化に歯止めをかけるということもあるのじゃないだろうか?刑罰のゴールとしてあるべきだと思います。絞首刑が残酷というならガスや電気椅子は残酷ではないのでしょうか?死刑はあっていいと思います。これまでも注目していた判決で「この人は死刑」と思う人が懲役○○年。なんて聞くと不謹慎かもしれないけどがっかりすることがあります。当事者も何十年も拘束され、社会との接触を絶たれてそれでも生きていたいだろうか?そのほうがよっぽど残酷な気がします。それでも生きていればいいのでしょうか?延命治療を拒否して尊厳死を選ぶ人がいます。彼らは生かされるより死を選んだ。そこには「死」イコール「悪」という発想はない。これから先、何かのはずみでもし自分が逆の立場(被告)になったとしても死刑と宣告されたら抵抗なく受け入れると思います。



