ずっと昔そんなタイトルのアメリカ映画があったように記憶していますがTBS系で昨日放送されたドラマ。花嫁役の女性が聾者という設定と知り興味を覚えました。ドラマではやはり聾者故決まりかけていた縁談が壊れたところから始まります。相手が同じ職場とあって職もやめ、気晴らしにと新潟から東京に出かけて偶々出会った青年と恋に落ち紆余曲折の末、結ばれる。ざっとそういうストーリー。聾者であることがすべてにおいて大きなハンディであるということがベースになってます。劇中感極まり「何故手話をおぼえなかった?」と娘に詰問されて「手話ができる人はごく僅か。ほとんどの人は手話なんて覚えない。そんな世の中を生きていくのだから手話を覚えることはしなかったし、お前に教えることもしなかった」と父親がボードの書いて答えます。これは作者を含めた健聴者の考え方。一時期「筆談ホステス」が話題になったことがありますが筆談というのはコミュニケーションツールとしては手話以上に不完全。最近拘置所で手話を認めず筆談を強いた看守がいて問題になったのを記憶の方も多いと思います。それにしても仕事とはいえ俳優陣の手話の上手さに驚かされます。これも芸といえば芸なのでしょう。そういえば年末から手話使ってません。普段の生活で使うことってまずありませんからサークルが休みの間は必然的に遠ざかってます。みんな忘れた。また恥かくなあ・・・

  阪神高速がこの1月から距離制になりました。(上限900円)試算を重ねた上でのことですから増収を見込んでのことかと思います。
  さて、このETC。民主党が政権を取った時の公約の一つに「高速道路全線無料化」というのがありました。早くからETCを取り付けていた私などは友人達に「あほやなぁ・・・そんなの付けたら器具代と取り付け費が無駄になるやん」とよく言われたのですがそう言っていた彼らも今はみんな取り付けてます。正月休みの間おふくろが外泊してましたので送迎に回転シートがついている私の車が便利だろうと車を置いて妹の車で帰ってきました。マツダのデミオ。こじんまりしてますが加速も良く走りもなかなかいい。これが高速のランプを出る時どういうわけかゲートが下りたまま上がりません。減速してはいたのですが危うくぶつけそうになりました。電光表示を見るとXマークが点灯。「係員が来るまでお待ちください」後ろを見ると10台ほどの列ができてます。職員らしき帽子かぶったおっちゃんが旗持って飛び出てきて「すんません。そこの路肩に車を寄せてください。それからETCのカードお借りします。」カード引き抜いて渡してしばらくするとさっきのおっちゃんがまた旗持って走ってきます。「お客さん。どこから乗られたのですか?このカード有効期限、去年の11月で切れてます。」まったく気が付きませんでした。本来なら入口でゲートが上がらず乗り入れられないはずなのですが入口でも何台か連なっていたのでそのままくぐり抜けて入ってしまったようです。それにしても後続車のみなさん。すんません。_(_^_)_おとなしい人たちでよかった・・・

Photo明けましておめでとうございます。

 年末30日。頼んであったおせちを受け取り、その足で三田に行きました。渋滞に巻き込まれるのではないか?と覚悟していたのですが新御堂筋でちょっと繋がったぐらいで後は中環もそれに続く中国道もいつもより少し多いかなと思うぐらいであっけないほどスムーズに着きま した。。時間帯が丁度よかったのかもしれません。31.1.2。3日と三田でおふくろと過ごし、その間外出といえば元旦に姪が近所の氏神様で臨時に巫女をするというので車椅子積み込んでおふくろと見に行きました。これまで初詣というと天王寺や天満の天神様が定番で雑踏の中をぞろぞろと歩いたものですがこういう地方の名もない神社(失礼)の初詣もまたいい。多分迎える神様のほうもも参拝の人数が少ない分記憶に残るはず。ひょっとして今年は御利益があるかもしれません。ニュースなんかでよく語呂合わせで「2951」(福こい)とか「1129」(いい福)なんてわざわざ小切手に打ち込んで賽銭箱に入れる人がいますが酔狂といえばそうなのでしょうがあまりいい趣味とは思えません。こういう地方のひなびた神社ではそういうのもまず無いと思います。ただ、数が少ない分逆に目立ちます。タバコ買おうと握って出た500円玉一つ。惜しいと思いながらもお賽銭箱に入れておきました。充分にお参りを済ませて振り返るとすぐそばに「振る舞い酒」の樽があります。紙コップになみなみと入れていただきました。(どこかで元を取ろうとする商売人根性)その後2日には弟夫婦におふくろ頼んでこれまた近所の吉川温泉「よかたん」で温泉につかりました。これが今年のお正月。ダイジェストにすれば10分ぐらいで済みそう。
今年も残すところあと2日 。皆さん。おつかれさまでした。なんとかここまで乗り切ったというのが実感、今年はしんどい年でした。来年はもう少し楽な年にしたい。明日から3日までお休みいただいて三田で暮らします。どうぞ良いお年をお迎えください。
  自販機のチエックと年末の挨拶に回ってるとメーカーの営業さんからケータイに次々と電話がかかります。こちらも年末の挨拶。「お伺いしましたけどお留守でした。今年もお世話になりました。 来年もどうぞよろしく」ほんの一週間もすればまた会うのに。考えてみればおかしな風習です。でもやっぱり区切り。特に今年は個人的にも社会全般にもあまりいい年ではありませんでした。切り替えるのにはこれ以上の節目はないかもしれません。来年のこの時期には「いい一年だった」と言えるようにしたいと思います。その前に帳簿仕上げなければいけません。普段手抜きしてるのでそのしわ寄せが一気に来てます。今夜は残業。ひょっとしたら徹夜?
   経団連が年齢や資格で毎年賃金が上がる定期昇給制度。いわゆる終身雇用制度を見直すという指針をまとめました。(27日付け日経新聞)。いい学校に入っていい大学。そしていい会社に入れば一生安泰。そういう時代は確実に終わったようです。大学入試もそうなのですが日本人は入るまでは頑張ります。そして一旦入ってしまえばあとは楽。ゴールに着いたとたんに倒れるマラソンランナーがいましたが大学でも会社でも入ることが目的になっています。大学は長くても4年ですが会社はそこから40年近く走り続けなければいけません。途中でパワーがなくなってしまいます。早期退職の募集が常に45歳以上を対象に行われているのを見ても明らかなように現実に長期雇用で育成してきた人材は「付加価値が高い」どころか、「金積み増してでも真っ先に切りたい」人材なのだと思います。はっきり言って給料だけ勝手に上がる中高年より非正規社員やパートの方がコストパフオーマンスがいいということ。一昔前「窓際」とか「壁際」などと呼ばれていた人たち。今はとっととやめてくれということなのでしょう。厳しいとは思いますがもっと早くに手を打つべきだったと思います。

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  平壌市内で28日に行われる金正日総書記の葬儀には外国使節団を受け入れない方針の中、日本のマジシャンのプリンセス天功さんを招待しているといいます。彼女は自身のことをマジシャンと呼ばずにイリュージョニストと称している。これは規模の大きなパフォーマンスを行なう奇術師が好んで使う肩書きですが、妄想説信奉者という意味もあるそうです。イリュージョニストといえば金正日もまたイリュージョニストだったように思います。どこか共通するところがあるのでしょう。当人は参列するかどうかわかりません。国連安保理は黙祷さえ断りました。故人として純粋に死を悼む気持ちを否定はしませんが彼のこれまでの業績?をもってすれば悼む気にはなれないのが一般常識と思います。
   週末はクリスマス。普段は病院から家に直行。週2回の入浴という母の入院生活に負い目を感じながらも帰宅と同時に風呂を沸かし湯船に体を沈めるのが習慣になってます。でもこの日はいつもと違い少し早めに病院を抜け出し弟の家で晩餐を相伴しました。美味しい料理を平らげた後、キッチンからやおら取り出したケーキ。ブッシュドノエル風にデコレートされてます。ふんわりとしたスポンジに少し硬めのいちご。小学生の姪の手作りです。彼女の料理好きは母親ゆずりで低学年の頃からクッキーやクレープを上手に焼いていたのを思い出しました。三田にはコヤマロールで有名なエスコヤマがありますがそれに勝るとも劣らない。良く出来ている。・・・と、そういえばよかったのですが咄嗟に口をついて出たのが「ナウシカだったか、もののけだったかジブリの映画ででこんな感じの動物が走ってたっけ?」多分気分害したと思います。

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    兎年ももうあとわずか。23。24。25と休みが続きます。25日〆の分請求書作りながら年賀状(25日まで)作って印刷してました。最初の数枚まで印刷ずれがないかチエックしたのですがご承知のようにインクジェットは結構時間がかかります。つい請求書のほうに専念していました。「一息ついてコーヒーでも」とプリンタのほうに目をやってビックリ「逆だわ!」慌てて停止させたのですが20枚ほどが無駄になりました。効率化を図ってだと思うのですが郵便局で50枚とか100枚を小袋に入れて売ってます。何枚かに分けてプリンタにハガキ挿入する時間違って逆になっていたのだと思います。確か、書き損じたハガキ。5円足せば交換してくれるそうですから休み明けにまた郵便局に行きます。顔覚えられてたら嫌なので違う郵便局探して。
   仕事中、小学校の近くを走っていて丁度下校の時刻だったのか子供たちの集団下校に出会いました。長い。横断歩道渡りきれません。教諭か父兄かよくわかりませんが一旦横断の列を中断して先の子達を駆け足で渡らせます。そしてこちらを向いてペコリと頭を下げます。通り過ぎてからミラーで見るとまだ大勢信号が変わるのを待ってます。「最近は一口に登下校といっても結構大変なのだなぁ」と思いつつ次に訪問したお得意さんでその話をすると「そう。ついこの前子供が襲われた事件があったでしょ。あの後この地域の学校にも予告電話がかかったんやて」「へ~!それであんなにものものしい下校になったのですか」いわゆる「愉快犯」だろうと思いますがそれでも万が一ということもある。放置できません。結果ああいう形をとらざるを得ない。例年この時期の定番と言えば金融機関やその利用者を狙った犯罪が多いのですが最近はそればかりでもない。おまけに「いったい何故そこまでする?」と思うような短略敵で動機もよくわからない犯罪が多くなっているように思います。人としての「質」が落ちてきているのじゃないかな?用心するに超したことはない。
  「勝てば官軍負ければ賊軍」言葉の発祥には詳しくないのですが明治維新以後のことではないか?300年続いた徳川幕府を「天皇の軍」という看板をもって地方の下級武士達が倒し大政奉還させ政権を取ったことから来ていると思います。王政復古で完全に幕府は崩壊。薩摩、土佐、長州のいわば田舎の武士達が国政を担うようになりそれが昭和に第2次大戦で敗戦。国民主権。民主主義が取り入れられ現在に至っていると考えます。良かったか悪かったかは正直なところわかりません。そういう経緯がなければ現在も北朝鮮のような国になっていたかもしれません。何故こんなことを言い出したかというと先の大阪市長選で圧勝した「維新」の橋下市長にそれまで批判的だった既存政党が歩み寄る姿勢が見られる。ほんの数日前まで旧市長をこぞって応援していた政党が敗れたと見るやすぐに新市長に秋波を送る。結局のところ政策なんてどうでもいい。勝ち馬に乗ることしか考えない。勝てば官軍とはよく言ったものです。明治維新の幕府の諸大名もそうだったのだろうか?考えてみればその徳川幕府の創設者家康も秀吉が亡くなったとみるや関が原で圧倒的に有利といわれていた石田光成軍を諸大名の裏切り、寝返りによって手中に収めたわけですからこれはお国柄かもしれません。(ちなみに敗れた石田光成と言う人は典型的な官僚タイプだったそうです)この先型破りな新市長がどこかでつまづいて大きな失敗をしたらどうするのだろう?また寝返って次を探すのかな?