読売のサイトをよく見てます。ご夫婦ともに医師の宮本顕二・礼子医師の記事「欧米にはなぜ、寝たきり老人がいないのか」が目を引きました。医療福祉の先進国。北欧のデンマークやスウェーデンでは、「寝たきり老人」はいないといいます。「胃ろうや点滴などの人工栄養で延命を図ることは非倫理的であると、国民みんなが認識している。逆に、そんなことをするのは老人虐待だともいうそうです」。医療制度。国民性の違い。いろいろとあるようですがコメントを見ると総じて肯定的な意見が多いようです。私も2年前おふくろが元気だったころなら「日本の医療は間違っている」と北欧型の考えを主張していたと思います。
 でも丁度1年前、2度目の骨折で入院した時、急に嚥下障害が出て痰の吸引と点滴だけの生活が1週間も続いた時、医師からいろうを打診されました。特別知識が豊富だったわけでもないのですがそれでも「延命処置」という文字が頭をかすめました。どうするか?選択肢は他に無い。でも認知症とはいえ意識ははっきりしている。記憶はともかく感情表現には問題ない。ここでいろうを拒否するともう持たない。それは寿命なんて割り切れるものではなくあえて言えば「餓死」。生食だけを四六時中点滴してはいるけどカロリーなんてものではない。「飢え死に」を待っているようなもの。いろうの手術は10分ほどで終わりました。その後退院。転院。リハビリを続け現在ミキサー食。毎回「おいしい」と言って私にも食べるようにスプーンを差し出してくれます。

新大阪から名古屋(この間だけグリーン)名古屋から塩尻まで特急。バスで上高地。雨。大正池。河童橋散策。ずっと雨。荷物になるのが嫌でジャケット持って行かなかったけどこのためにと?蓄えた皮下脂肪が役に立ちます。歩くこと3時間。河童橋のたもとでケーキセット(アップルパイとコーヒー)を食べます。結構有名な店なのだそうですがあれだけ歩いた後ですから大抵のものは美味しいはず。奥飛騨温泉で一泊。翌朝やっぱり雨。それでも思ったより台風の速度が速かったようで昨夜のうちに通過したとか。案じていた新穂高のロープウエーも運転可。昨日からの雨が霧になりさながら雲海の中を登る感じで標高2700mまで。水芭蕉がきれいに咲いていました。ナースステーションに渡す土産のお菓子買って下山。高山に行きます。時間が遅かったので朝市はもう片付けたあとです。以前に見て回ったことがありますし赤カブぐらいで他は特に珍しいものもないからこれまたそれほど行きたいとは思いません。陣屋を見学しました。今回は時間があったので中に入りました。(江戸時代。今で言う裁判所と税務署と役所が一緒になったようなところ)小京都といわれる高山の街並を歩き高山駅から名古屋Mizubasyouに向けて特急(一日一便)名古屋からこだまで新大阪。7時50分。在来線に乗り換え三田着は9時でしたTakayama3  Kamikouti Hodaka

台風が来ているようです。だからというわけでもないのですが明日明後日と信州方面に小旅行に出かけます。ちょうど台風と並行していくことになります。ある意味気が楽かも?
野田総理が「国民の生活を守るため」と再稼動を声明。待っていたとばかりに大飯町。そして福井県。関電が再稼動同意。多分現在休止中の原発もそのうち次々と稼動するようになる。そして日を置かずして消費税引き上げに民主。自民。公明が合意。そこには民主党の選挙公約はない。これまでの「何も決められない」内閣が急遽「何でも決める」内閣に変貌しました。といっても夏休みの宿題を8月の末になってばたばたと友達の回答をみせてもらってその場しのぎで片付ける。そして何も無かったように日が過ぎる。次の選挙では「自民党」と「自民党そっくりさん」とごく一部「何でも反対さん」との戦い。どこに投票したらいいか分からない人が増えると思います。

Neko Jizou

  役所に住民票の写しを取りに行ったついでに「さんだ工房市」を見てきました。駅前の2階デッキに露天商のようにテントを張って出店しています。登録しているお店は100件以上あるようですが今回も数十件出店してました。多いのはやはり陶芸。何軒も連なってます。なかには「個人的な趣味の世界」というのもありそれがまた面白い。続いて木工。そして布製品。ガラス細工。どれも見ていて飽きません。ほとんどが店主即製作者ですからちょっと質問しても延々と話してくれます。以前私が作った「かたくち」とよく似たのが売ってました。値段は2千円ほど。冷やかすだけで買いません。(私の方がいい。自信過剰?)お地蔵さんを何体も焼いたのにも出会いました。(これも私の方がいい出来?)そんな中、面白いなと思ったのが彩色してネコを描いた石。手ごろな石を探して猫のポーズを描いただけなのですがその存在感がいい。欲しいなと思うのがありましたが高かった(2万近くの値がついてました)のでやんぺ。こんど川原で石拾ってきてチャレンジします。結局ぐい飲みひとつ800円で買って帰りました。http://www.sandakoboichi.jp/

Katakuti

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気候も良くなってきたのでよくおふくろ車椅子に乗せて散歩に出かけます。といっても病院が都心部から離れたところにあるので賑やかなところはごく僅か、都度コースを変えようと思うとこんなところにも出かけます。全長100メートルそこそこの街並ですが真昼間というのに人の気配がありません。中には空き家になって久しいと思われるような家もあります。郊外型のショッピングセンターが出来、1件の家に車が2台以上あり、そして若者が都市部に出て行く。残ったところも1件減り2件減りそのうち誰もいなくなる。ゴールドラッシュの頃アメリカに次々とゴーストタウンが出来たといいます。それの日本版。しっかりした家の造りから見ても数十年前にはそれなりに活気もあっただろうと思います。町中がみんな知り合いでお互い名前で呼び合う。子供たちもどんなに遠くを歩いていても「○○さんちの子」と分かる。そんな街。いいことばかりじゃないと思いますが何故かあこがれます。自分が生まれ育った街が都心部で短期間に変遷を重ね子供の頃の記憶が「思い出」だけになってしまったからかもしれません。ちなみに前にもお話したかもしれませんが私が卒業した小学校。中学校。はもうありません。跡地にはマンションが建ってます。

  野田総理が大飯原発再稼動を表明しました。「「原発を止めたままでは日本の社会は立ちゆかない」「命の危険にさらされる人、働く場がなくなってしまう人も出る。国民生活を守る。私がよって立つ唯一絶対の判断の基軸だ」「福島を襲ったような地震、津波が起きても事故を防止できる」関西の自治体がそれならと了承した「暫定」はあっさり「夏限定では国民の生活を守れない」と切り捨てます。「何が何でも動かす」だったら近隣自治体への面倒な説明など必要なかった。ただ、福島の原因究明も復旧もできていない状況でよくまあ思い切ったことが言えると感心します。自分の身は自分で守る。関西に住む者にとっては今度は琵琶湖。事故ったときのことを考えると今から水の心配をしないといけません。これは電気以上に難しい。今から井戸でも掘るか。

 真向かいの患者さんが泣いていました。先日病院「入りこみ」の理容師さんに髪を切ってもらったのが気に入らなかったそうです。当日おふくろも切ってもらったのですがこちらは全く気にかけてません。というより散髪したことも忘れてます。認知症になる前は結構髪型も気にしていたと思うのですが今はそういうことも忘れてます。
 髪といえば「盗もうか。いや、やめておこう」といつも迷うのが「櫛」。ホテルなどに宿泊すると洗面台に備え付けてある櫛。小さくてポケットにいれるのに便利。でもこれって備品?歯ブラシや歯磨きチューブはどうみても使い切りなのでこれはサービスだろうと思います。タオルはバスタオルからフェイスタオルまでこれは備品だと思います。ただ、温泉旅館などで出してくれるビニール袋に入ったタオルはサービスと解釈して車の窓拭き用に持ち帰ります。「櫛」。昔の人は苦と死に繋がるといってもらったり拾ったりするものではないといいました。でもそれって今のようにシティーホテルなんて無い頃の話。誰かそういうのに詳しい人いません?
話題になってるようです。おふくろの病院でTVをつけるとワイドショーのネタはどこもこれ。そして最後は「法的に問題ない」で終わります。
昔、(今も変わってませんが)ああいうのを受給するというのは大変恥ずかしいことだと思ってました。どうにもならず最後の手段というイメージで捉えてました。また給付もかなり厳しく、「家にエアコンがついてたら駄目」だとか「家族や親戚に資産を持ってる人がいたら断られる」とかそういううわさを聞いた覚えがあります。それと民生委員が窓口になるケースが多く民生委員といえば大抵は地域で名の知れた人ゆえそこに話を持っていくこと自体はばかられたと聞いてました。私も民生委員の知り合いがいますが口が裂けても頼まないと思います。
 これも民主党政権の「あだ花」といえるのかもしれませんが「申請のあった物は本人の意向を尊重し迅速に受理せよ」という厚労省課長通達が出され、誰もが簡単に申請出来てすぐに認可されるようになりました。大阪に西成区という地域があります。ここでは実に住民の4人に一人が生活保護受給者といいます。若い人も多く「仕事探すより何にもしないで十数万貰う方がよっぽどいい」そんな人もいるといいます。そんな風潮の中、お笑い芸人の実の母親が受給していた。調べてみると義母も貰っていた。また他の芸人の母親も・・・ワイドショーも芸人に好意的な結論で終わります。芸能プロダクションとかいう世界に疎いのですがどうもそういうことを「指南」する人、あるいは組織のようなものがあるのかもしれません。だとしても「餓死寸前までがんばれ」とはいいませんが「法に触れなければいい。使わないと損」という考え方はちょっとおかしい。
「暫定」という言葉。大飯原発再稼動を巡って関西広域連合の知事達と政府側細野原発担当大臣の間で飛び交った言葉。暫定的安全性。暫定的稼動。本来の意味は「臨時」「一時しのぎ」と解釈します。福島の反省から原子力規制庁を作るといってましたがそれが出来るまでの「暫定期間」大飯原発を再稼動させるそうです。安全対策も「暫定」ということでしょう。そのかわりに大飯原発に副大臣を常駐させるとか。専門家を終結常駐させるならともかく人質でもあるまいに副大臣が常駐してどれほどの意味、効果があるのでしょう。誰が反対しようがなんとしても動かしたいというのが見え見え。お粗末な政治だと思います。ちなみに政治の世界ではこれまでも「暫定」という言葉は結構使われていますがどれも結構長い。「可及的速やか」などと同じく便利な言葉なんでしょう。