TV番組で昔はあったけど「絶滅したもの」あるいは「寸前のもの」を取り上げた番組が放送されてました。最近は小学校のソフトボールで接触事故を恐れてホームベースを2か所作るのには驚きました。歩きスマホが危険とよく言われるようになりましたが学校から二宮金次郎の銅像が消えたのも同じ理由からだったそうです。唱歌から「桃太郎」「荒城の月」そして「故郷」生活環境が変わったからだといいますがでもその代りにゲームのテーマが取り上げられるというのにさみしさを覚えます。あとリーゼント。これはクラブやってたのでできませんでした。それから銭湯。子供の頃、洗面器に石鹸箱とタオル入れて亡くなったおふくろに毎日連れて行ってもらったのを思い出します。帳尻合わせでもないのでしょうが亡くなる前日、ベッドでドライシャンプー。そしてその少し前まではよく車いすで「よかたん温泉の足湯」に連れて行ったことがダブって浮かんできます。彼女、どんなふうに思ってたのかな?今となっては確認できません。
central venous catheter、直訳すると中心静脈カテーテル。医療関係者ならよく御存じと思いますが生食などを末梢静脈から挿入するのがいわゆる点滴。ただ血管が細いのでそんなに高い栄養補給はできません。せいぜい100から200カロリー。CVCだとその10倍摂れます。口から栄養分を補給できない人に造設します。首。鎖骨。大腿部。の3か所のうちどれかから。おふくろ。当初大腿部に造設したのですが高熱が続いたので感染の可能性を疑い。昨日首。(内頚)から入れるようにしました。基本的にこれは看護師ではできませんので医師が「執刀」?10分ほどで終わりました。首筋にチューブが張り付いているのがちょっと痛々しいのですが文字通り背に腹は代えられません。なんとか落ち着いてくれればと思ってます。
なんともそのまんまという感じのネーミング。散歩がてらに行ってきました。場所は中央公園。毎年この時期にやっているそうですが花の苗やガーデニング用品などを展示即売してました。多分地元のシルバーボランテイアの方達だと思うのですが竹細工教室みたいなこともやっていて結構楽しかったです。でもメインはこの会場ではなく三田の町全域有志宅のオープンガーデン。パスポート代わりのパンフレット(300円)を購入すると庭を見せていただけるお宅の名前と簡単な地図が載ってます。またフリー切符(400円)を買うと神姫バスが専用バスを当日限りですが出していて乗り放題でオープンガーデン巡りが出来ます。ウチの近所にも何件かあったので試しに1件お庭拝見に行ってきました。初めての経験です。場所が特定されると迷惑かと写真はアップしませんがなるほど住んでる人のセンスがうかがえる綺麗な庭でした。なかなかいいものだと思いますがとてもマネは
できません。私にはこういうセンスはない。

できません。私にはこういうセンスはない。

前回の続きになりますが怒り心頭ということで韓国の元従軍慰安婦という人達が抗議に来たそうですが市役所での市長との面会ををドタキャンしたそうです。近いとはいってもわざわざ韓国から出向いてきて「会う」といったら直前に拒否する。何をしに来たのかなんともわかりません。いっそ市長のほうで拒否してほしかったのかな?と勘繰ります。いずれにしてもこういう人たちを利用して「あおる」集団みたいなのがバックにいるように思います。
その韓国の新聞で今度は論説委員が日本が広島長崎に原爆をおとされたのは「神」による懲罰だというような記事を書いたといいます。なんともはや、あちらの人の「神」の過激さに驚きますがそれを当然のことのように問題にしないあちらの国民の感覚がわからない。
おふくろの具合が思わしくないのでこのところ病院から帰宅するとすぐに横になりそのまま眠ってしまったりするような日々が続いてます。そんなわけで日記もなかなか更新できません。ニュースも新聞ではなくタブレットで見ているのですが最近ちょっと気になるのが橋下市長の「失言」?の話題。もともとそれほど好きなタイプでもなのですがワイドショーでもよく取り上げられているようです。押しなべて否定的な意見が多いようですがでもどうなんだろう?韓国や中国が非難するのは予想できるのですがこの日本で否定的な意見が多数を占めているのがちょっと意外な気がします。日本人の言葉に対する読解力が落ちているのかあるいは恣意的に部分だけを強調して追及する週刊誌的な安直な取扱いに問題があるのだろうか。「人間として共感できない」と選挙協力を取りやめるといいだす政党も出てきたのには驚きました。その方面に詳しいわけでもないのですが70年も前に慰安婦という気の毒な人たちがいた。それは必ずしも日本に限ったことではなく戦いがあるところにはどこにでもあった。多分事実だと思います。韓国人を強制連行したかどうかは正確にはわかりませんが国として謝罪。復興援助という形で資金供与もしたという流れからするとそういう事実があったのかもしれません。橋下氏いわく「なぜ日本だけがいつまでも問題視されるのか?」それほど過激な発言と思えないのですが・・・他国が自分達に飛び火するのを恐れてたたくのはわかりますが日本人がそれに同調するかのごとく発言を問題視するのがわからない。
聖書にイエスが「誰もが石持って彼女を追えるか?」と売春婦マグダラのマリアを庇ったといいます。平成の話ではない70年も前、日本の戦時下にそういうことがあった。そのもっと前、江戸時代には苦界と言って有名なところでは吉原があります。これはどこの国にもある。当然韓国、中国にも。歴史には表もあるし裏もある。明るい部分も暗い部分も。女性蔑視も歴史の一つ。反省が今をつくる。綺麗な部分だけ見て(見せて)その存在を認めないほうがより問題だと思うのですが・・・
病院からの帰り道。運転中に電話が入りました。普段固定電話を携帯に転送しているので「またセールス電話かな?」と放置していたのですがしつこいので送信先を見ます。登録してない携帯の番号です。しぶしぶ出ると「オジンか?○○や」高校のクラスメイトでした。「久しぶり。同窓会か?」「いやそうやないんや。△△が入院してる。一応知らせておこうかと思って・・」「どこが悪いんや?」と聞くと「茨木の□□病院に先月から入ってるそうや」この病院。癌治療で有名な病院です。「ふーんそうか。ありがとう。時間作って行ってみる」いろんな形でガタが出てくる。ぼちぼちそういう時期にさしかかってきたのかなぁ・・・
以前紹介した三木市の温泉「よかたん」。そこから東に10分ほどのところにナイアガラみたいな滝がありる。とよくランチに行くお店で教えてもらい行って来ました。俗称だと思うのですが「黒滝」といいます。コース上に特に看板みたいなものも無いのですが教えられたとおりに行くと美嚢川沿いの県道を折れて農道みたいなところを行くと浄水場のすぐ裏にありました。その長さ30メートル。高さ4メートル。よく分からないのですが「万八狸とお万狐」がここで化かしあいをしたという言い伝えが残ってると現地の案内板に書いてありました。いかにもとってつけたような昔話ですが地域に残る昔話ってそういうものなのでしょう。それにしてもなかなかいいところ。いわゆる観光客みたいな人も無く静かに滝の流れる音を聴く。こういうところってあんまり有名になって大勢来て欲しくないような気がします
おふくろ。昨日の朝、胃瘻からお茶を入れようとしてチューブに出血がみられたので急遽チューブを解放。延長してバルーンをつけ様子を見ることになりました。少しずつですがバルーンに血液がたまっていきます。朝の10時前から夜8時過ぎまでその量約250CC。並行して輸液を1000CC点滴。出血のスピードが遅く、量も少ないのでこれで止血するか様子を見ることになりました。多少その量も減ってきているようですしバイタルも安定してるので。今日も点滴を1500に増やして様子見です。若い人なら即、内視鏡で箇所を特定。クリップしておしまい。あるいは胃酸による潰瘍ならH2ブロッカー投入というところなのでしょうが何分にも高齢者。体力的に外科的治療は極力避けるようです。収まってくれればよし。そうでなければ止血剤。鉄分補給。そして輸血。そんなところになると思いま す。世間は連休真っ只中。中国道は18キロの渋滞。世の中いろいろ。
途中からですがNHKスペシャル「家で親を看取(みと)るその時あなたは」
を見ました。医療保険上の事情で病院で積極的な治療の必要なしと判断され、退院。在宅治療をする人たちをとらえてました。中には両親ともに入院。ご本人の希望もあり父親が先ず退院。日に日に衰えていく姿にただ寄り添うだけの娘。そして父親を看取って1か月後母親が亡くなりました。2つの遺骨が置かれた仏壇の前で「本当にこれでよかったのかわかりません」と涙ぐむ娘。あるいは医師にいろうを外してもらう決心をし。「容体が急変しても救急車は呼びません」という娘。訪問医療の医師「自然死といわれるものは多くの場合、意識より先に食事が出来なくなります。ですから自然死というのは餓死なんです」どうなんだろう?よく「延命治療」といいます。いろうはその典型かもしれません。私も自分に置き換えると意識もないのにチューブに繋がれ、ただ生きているというのは嫌で事実尊厳死協会なるものにも加入してます。しかしそれでも「延命治療」。終わっている命を引き延ばすという言葉のニュアンスに抵抗を覚えます。人の命の終わりをを判断する傲慢さ。人は生まれた時から生き抜くというのは本能として備わってます。医療。介護はそれをサポートするに過ぎない。義務です。だからその時その時、出来るだけのサポートをしなくてはならない。人が人の死期を判断するのは傲慢じゃないでしょうか?まして受け皿もない状況で退院させる。在宅でどれだけのことが出来る?そこには心身ともに極限まで追いつめられる家族の姿。これからどんどん増えていくと思います。