1_223      Nexus7のキーボード  家電量販店に置いてなかったのでネットで買いました。以前から打ち辛かったタッピング。指が太いのかな?それとも安物のフィルムが原因?Twitterなんかの短文ですら文字打ちにイライラすることしばし。この年代の「特性」かとあきらめてキーボード探してました。ブルートゥースのペアリングするだけですぐに使えます。スタンドに差し込んでノートPCみたいに使うように考えられてるようですが私はモニターとキーボードを切り離して使うほうがいい。サイズを本体に合わせているのでキーの配列がちょっと窮屈な感じもしますが慣れればなんとかなります。キーのレスポンスも悪くは無い。なによりこれまで人差し指でポツポツ一字ずつ打ち込んでいたことを思えば格段に早い。よく若い人がスマホを指2本3本使って手早く打っているのを見ると「こいつは異星人か?」と劣等感に苛まれてました(笑)。裏面もよく似た材質でコーティングされてストッパーになってますからケースにしてどちらが裏か表かという感じで持ち歩くのにも便利。ただ、難を言えばセットして持つと結構な重量になります。早い話が重い。Nexus単体で持ってるときはそう感じなかったのですが・・・慣れるまで当分は家庭用になります。(だったらケースの意味が無い)いずれにしろAmazonで1890円。マニュアルは英語。直訳した日本語の取り説が一緒についてましたが製造者の名前は無い。まあこの価格ですからやっぱり「中華」。壊れた時が買い替え時かな。さていつまで持つか?
  おふくろの百か日です。長かったのか短かったのかそのどちらでもないような気がします。足のしびれが限界を超えたあたりでお経が終わり、一同揃ってちょっと遅めの食事に行きました。席に座ってやれやれと思って何気にポケットに手をやって気づきました。「財布忘れた!」義妹が機転を利かせてくれて事なきを得ましたが出かける前にチェックしなかった。最近どうも注意力が散漫。
最近気になったこともう一つ。口元チェック、口元にご飯粒なんかがついていて周囲の人から失笑をかわないようにチェックするのかと思ってました。そうではなく大阪の公立校で卒業式などの式典で日の丸、君が代に反対とかで起立もせず。国歌斉唱もしないという教諭がいるとかで校長が歌っているかどうか口の動きを監視するのだそうです。なんともはや。文字通り開いた口がふさがりません。私たちの頃はそういうのは無かったように思います。逆に、生徒が日ごろ押さえつけられていた教諭を最後だから「お礼参り」でもないのでしょうが袋叩きにするというの各地でがありそれを恐れて直前には教諭もピリピリして妙に物分りがよくおとなしくなっていたように思います。時代は代わり今回は大阪府の教育長が各学校に文書で通達を出したといいますからこれはまたよほど深刻なのでしょう。日の丸君が代に反対する人はやはり先の太平洋戦争を侵略戦争ととらえ国の為に行きたくも無い戦地に行かされ命を賭して戦った人達。彼らにとって日の丸君が代は天皇に無理やり従わせるシンボル。それに敬意を表すなんてもってのほかということなんでしょう?。それに対して府側は公立校の教諭は公務員。国旗国歌に敬意を表するのは当然。といわば職務命令。この対立、その場を想像してみるとどちらの側に立ってもなんとも情けない光景が浮かびます。でも一番迷惑なのは本来主役であるはずの生徒達。彼らの声が聞こえてきます「どっちでもいいからどこか他の場所でやってくれ」

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ウチから5キロほど走ったところに県内有数の公園、「有馬富士公園」があります。都会と違ってこのあたりの5キロって信号3つほど越えたら着きます。ですから所要時間も5分。どこの地域にもこういう呼び方をするところがあるように見る角度によって富士山に似た箇所があるそうです。(私はそんな風に思ったことは一度も無いんですが)三田ももともとが山を切り開き宅地造成したところですから空き地は全て公園みたいなもの。ウチの近くも歩いていける公園が3つあります。そのどれもがだだっ広い。(笑)その中でも有馬富士公園はもっとも広い公園で遠方から来る人のためにと駐車場も完備されてますし、いたるところに飲み物の自販機とトイレ。休憩する東屋もたくさんあります。大きな望遠レンズの付いたカメラと3脚持ったアマチュアカメラマンも見かけます。今日も近くの幼稚園が遠足?(郊外学習)に来てました。センセの注意にその都度「ハ~ィ」と答える甲高い声が響きます。
Sh3b0926_2  近くに居酒屋がオープンするようです。この街に移り住んで1年半。日常生活にもさして不都合や不便を感じることもなく馴染んできたように思っていたのですが看板を見て気がつきました。そう!この街には居酒屋が無いんです。いわゆるニュータウンと呼ばれる街はレストランや割烹。カフェ、あとカラオケボックス等はあるのですが「ちょっと一杯引っ掛けていこうか?」というところが無い。飲むのは仕事帰りに都心。終電がキリで深夜に帰宅。そういうパターンを考えてみれば自宅の近くまで戻ってきて「ただいま」の前に飲み直す人はいない。そういう理由で今まで無かったのかと思います。でもこの店。チエーン店のようですが当然マーケティングもしているはず。それでも敢えて出店する。勝算はあるのでしょう。興味を持ちます。半年後には無くなってるか或いはパイオニアとして繁盛してるか?個人的にはこれまで友人がたずねてきても食事してぶらぶら帰宅。後は家で飲むしかなかったので選択肢ができていい。大阪では何度か利用したことのある店ですのでその比較も兼ねて開店したら行ってみようと思ってます。
  手話サークルに参加してきました。このところ3週続けて行ってます。普段はせいぜい月1~2ぐらいですから私にすれば精勤です。3週前の帰り道「一杯やっていきません?」と誘われ、初めて飲みに行ったのですがその時の勘定を「自分が誘ったのだから」と持ってもらったのがずっと頭に残ってたから。先方も私と同じくそう頻繁に出席しているようではないので両者が会うのはなかなか難しい。昨日ようやく目的を果たせました。これで安眠できます(笑)。仕事してた頃は取引先関係とか誘ったのは自分の方だからとか年長だからとかいろいろな理由付けで奢ったり奢られたりが多く、それなりに使い分けていたので抵抗も無かったのですが。フリーになってからはどうもいけません。始終顔をつき合わせているのならともかくそうでなければいちいち覚えておくのも面倒。割り勘がいい。最近になって親子ほど歳の離れた相手とも割り勘で勘定を済ませるようになりました。
  そのサークルで今度のレクがらみか、ぶどう狩りの手話。ぶどうの房をはさみで切ります。この時、房の上の方に見当をつけてはさみを入れるのですがこれまでなんの不思議も感じなかったこの手話。もう一方の手はぶどうの手話のままでしたがぶどうが落ちないように房の下になる部分を支えるしぐさを付け加える。言われてみれば当然。切るだけならぶどうはみんな地べたに落ちてつぶれてしまう。手をかざす。それだけのことが「生きた手話」になる。言うまでも無く手話って聾者の言語。ただコミュニケーションツールとして定着したのはごく最近。注目されるようになったのは「蛇の目寿司事件」あたりからと言われてます。語彙も少ない。その中でどうして的確に相手に伝えるか?工夫が要ります。まして世界でもっとも難しい言語といわれる日本語。英語のyouが君、あなた、お宅。そちら様、お前、てめえ・・・と使い分けする言語です。もちろん文字の羅列だけでもある程度意味は通じます。でもそれは「生きた言語」ではない。つくづくいい講師さんに当たったと思います。終了前、役員の人が「今年も社会福祉大会のシンポに出席します。簡単な手話でもいいから参加しませんか?」とメンバーに呼びかけます。「たとえば開催前にマナーモードにしてくださいなんて注意をするだけでも・・・」隣席の人が聞きます「オジンさんマナーモードって手話どうするんでしたっけ?」「聾者にマナーモード?無いと思うけどあっても覚える必要ないでしょう?」

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住宅街を歩いて6~7分ぐらいのところにこじんまりしたショッピングセンター(モールというのかな?)があります。普段大抵の買い物はここで間に合わせます。その道すがら住宅街に1軒無人店舗?があるんです。気をつけてないと通り過ぎるような普通の住宅の勝手口。多分自家栽培だと思うのですがきゅうりやなすび、たまねぎ、ピーマン等がこじんまりと少しずつ並んでます。代金は3個100円とかいずれも割安。「小銭の持ち合わせがない時は次回通る時で結構です。」なんて書いてます。どんな人なんだろう?こういうの好きでよく利用してたのですが昨日張り紙がしてありました。「収穫が少ないのでしばらくお休みします」やっぱり不作なんだろうか?それとも体調崩したのかな?ちょっと気になります。
  引っ越して来る時に捨てられずに持ってきた工具類。それ以外にも水道パイプや配管継ぎ手、接着剤にトーチランプ。(あちらでは水道工事って結構高いのでほとんど自分で修理してました)マンション住まいでは滅多に使うことがありません。いわば廃物利用で「外灯」作ってみました。ホームセンターなんかで売ってるのはソーラーが多いようですが当家でははやりのLED。(笑)ガラス部分はお中元でもらった味付け海苔のケース。配線して点灯するまでは確認しました。後はセンサーにするかタイマーにするか?いずれにしろ日が暮れるたびにスイッチ入れるのは面倒。今度買ってきます。
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  昨日の朝のワイドショーでもう一つ気になったこと。60代か70代か?そこそこ年配の司会者が(ちなみに司会者も今はMCというらしい)祝賀会場の安部総理へのインタビューで開口一番が「ご苦労様」でした。この「ご苦労様」という言葉。案外難しいので仕事していた頃は使わないようにしていました。基本的には目上から目下に向けて労をねぎらう言葉です。区別してないように見えますが手話でも目上、目下は使い分けます。年上。上司。先輩。また同僚でも相手を選ぶし、どちらかわからない相手もあります。ヘルパーやってる時も高齢者がほとんど。そうやって考えると使う対象があまりないのと使い分けする面倒もあって「ご苦労様」は使いませんでした。でも当然その代わりはいります。私の場合は専ら「お疲れ様でした」「お疲れ様」で済まします。これだと誰にでも使えます。なんでもないようなことですが人と接する機会が多いとこういうことって案外大事。ちょっとしたことで相手や周囲の印象を損なう。そう考えると総理大臣って目上か目下か?公僕という見方をすると目下なんだろうか?日本国民の代表と考えれば目上かな?でももし私が総理と話す機会があったら?やっぱり「ご苦労様」は使わないと思います。それより前に先ず、「オリンピック招致おめでとうございます」は言うだろうなと思います。橋下。麻生等要人と言われる人の発言が取り沙汰され意思とは違う方向にもどんどん発展する時代。言葉は難しい。
PhotoJpg_3Jpg_4      2020年の開催地が東京に決まりました。直前までスペインが有力視されているといわれていたようですが一番に脱落。こういう類の話はよくあるそうなのですが地元ではさぞかしがっかりしていることだと思います。逆にその時点で東京にほぼ決定したといえるでしょう。TVも番組再編の時期と重なったのか各局で盛んに特番を組んでいたようです。プレゼンの様子を見ていて印象に残ったのはパラリンピックの走り幅跳び選手。佐藤真海さん。大学時代骨肉腫に犯され足を切断。「神は乗り越えられない試練は与えない」。宮城県気仙沼出身。笑顔に秘めたパワーを感じました。人選者に敬意を表します。あと安部総理。この人も国内での記者会見よりよかった。海外メデイア向きかもしれない。それぞれが限られた時間の中でその人ならではの視点で伝えたいことを話す。練りに寝られた原稿があっててのことだと思いますが裏方の努力も実ったようです。日曜日の朝ということでワイドショーでも現地の祝賀会に入り込んでのインタビューが各局でありました。スタジオから音声のタイムラグがある中、賞賛のインタビュー。ここでもメディアは安部総理には「福島の処理」「消費税」を追求します。福島の処理はプレゼンで話したことをコピーのように答えます。他に答えようが無い。消費税はオリンピックとは別問題といいます。これも当然。それでも「大勢の外国人特派員の前で言ったことだから嘘はつけないでしょう」と食い下がる。大役を終えてその結果、みんなが喜びに包まれている時に言わなくても帰国すればいくらでも聞けるだろうと思うのですがどんな場所。シチュエーションでも自分の関心のあることだけを聞く。これはマスコミという仕事に関わる人間の性なのかもしれません。
知り合いが出品しているというので陶芸の作品展を見てきました。なかなかの力作ぞろい。「一緒にやりません?」と誘われます。出かける前は「またやってみようかな」と考えなくも無かったのですが作品を見て私なんかより数段上。とてもそのレベルではない。知ってる人のいないところを探します。
  私を含めて偶々周囲にそういう環境の人がいなかったのもあって知りませんでした。相続について書かれた書物にも特異性ゆえにか書かれてなかったように思います。簡単に言うと父親が亡くなって母親と子供が残された時、遺産は配偶者(母親)が半分。残りを子供が等分する。その時、父親が母親以外の女性と子供をつくっていた時(今は死語になってますが妾の子と昔は言いました)その子供(婚外子)は戸籍上の実子。いわゆる本妻の子供の半分しか請求できないと定められていたそうです。今回の判決でどの子供も全て平等に分割されるようになったという事です。当然と思います。
 昔、日本は家制度。個人より家単位で考える時代が長く続きました。今でも地方に行くと跡取り。長男。に固執している人をよく見かけます。都会に住んでても男の子が生まれると意味も無く「跡取りが出来た」といって喜びます。長年の慣習が頭の中に刷り込まれているのかもしれません。でも先述のとおり子供は長男だろうが次男だろうが男だろうが女だろうがみんな同じ。長男。跡取りといわれた人が家を出て末っ子の女の子が家を切り盛りし親の面倒まで見るなんてケースは枚挙に暇が無いほどざらにある。奇しくもNHKが放送しているドラマ「夫婦善哉」の主人公柳吉もそんなタイプ。いわゆる放蕩息子。ドラマの舞台は明治。そういうことは昔からあったのでしょう。平成の時代に偶々戸籍に載ってないからといって同じ親から生まれた子供を差別するのはいけない。元々相続なんて「不労所得」をネタにああだこうだ言うのは好きじゃないのですが、でも子供に落ち度はない。平等であるべきだと思います。TVで原告側の女性が顔と声をぼかしてインタビューに答えてましたが彼女の周囲や知人なら特定できるでしょう。判決はよしとしてなんかすっきりしません。責められるべきは彼女を含めてそういう形を放置していた親達。どんな事情があったにせよそこに行き着く前に解決すべき事。法以前に「親」として怠慢。今回どれほどの遺産だったかは知る由もないのですが双方の関係は想像できます。亡くなった父親。異母兄弟と異母。そして裁判に訴えてまで権利を勝ち取った実母。それぞれを見てこの子はどういう風に成長していくのだろう?あともう一つ。「結婚の重み」について。都合のいい解釈から罪悪感が無くなり不倫に走る人が増えないか?でももともとそういう人は罪悪感を感じないのかな?
Photo Jpg_2  先日同窓会で大阪まで行ったのですが駅で切符買ったり乗り換えたり。なんでもないようですが結構な距離を歩きます。周囲の人達は毎日同じ所。いわゆるいつものコースを歩いているのだと思いますが総じて早く感じます。うかうかしてると追い越されます。若い頃、前を高齢者がとろとろ歩いているとわずらわしくてすぐ追い越したのを思い出し「これって、老化か?」考えすぎかもしれませんがもともと嫌いだった雑踏がますます嫌になります。
近所にセブンイレブンがオープンしました。今日のような天気の悪い日は重宝します。ここの100円コーヒーが好きで以前、他の地域でよく飲んでました。コンビ二はこれまでもう少し近いローソンによく行ってたのですがここは店員さんがトロい。本人は気づいてないのでしょうが要領が悪い。片方のレジが込み合っているのにもう一方のレジを開けようととしない。教えられなくても分かるはず。空気が読めないのか。その上、いまどき自分で計算するわけでもないのにおつりを手渡すのも何故か遅い。あせる気配も無い。最近、ひょっとしたらそういう「土地柄」なのかとさえ思います。後になって考えると目くじら立てるほどのことでもない。自分がトロくなった分、他人には迅速な対応を求める。これも高齢者の特質?嫌な性格になったものだと思います。