ポケベルから携帯。PHSに移行したのはいつごろだったかな?30年近く前だと思います。高かった。バッテリーもよくなかったから結構な重量感。ただ会話ができると言うだけ。でもすばらしい技術力だと感動しました。あっという間に普及してその後2つ折タイプが主流になる頃、料金システムは機種変更を無料にして使用料で稼ぐようになってました。新機種が出ると頻繁に買い換えた(?)のを覚えてます。ドコモのiモードあたりからメールを使うようになり通話とメールの使用料が逆転しました。そして今、携帯はスマホとなりタブレットが売り出され周辺のマーケットを次々と吸収するようになりました。ソニーがVAIOを売却するそうです。PC事業から撤退。そんなに悪かったのか。VAIOが売り出された時カラフルなボデイーに独特のロゴ文字。あこがれました。他メーカーも製造販売は続けるとは言っても内容はよくないでしょう。ほんの数年前、文字通り飛ぶ鳥を落とすような勢いだった任天堂も低迷を続けてます。音楽業界もCDが売れなくなっているそうです。紙のメデイアも発行部数を晴らし、TVショッピングもネットに取って代わられている。何よりTVを見なくなった。一般の小売業でも文字通りウインドウショッピングで現物確認だけしてネットで安いのを探して買う。場所と人件費使って商品の比較だけされて買ってもらえない。昔、スーパーが小売店を席巻し家電量販店が町の電気屋を廃業に追い込んだ。その天罰か、今度は自分たちがネットに食われていく。携帯が企業の形を変える。産業革命といってもいいかもしれません。ただ、これまでの産業との一番の違い。どんなに大きくなってもほんの一握りの人達だけが利益を享受するだけで雇用を生み出さない。これはいけない。先を考えると空恐ろしい。


ホームセンターで買い物をした時の事。カード取り出してるそばで店員さんがレジ打ちながら「△△1個、○○エン」と復唱します。「ん?」僅かですが購入時に見た金額と違います。「それ、内税?」「ハイ。価格表示切替で税を表示してないのがあるんです」なんか割り切れないままに支払いを済ませてレシートをよく見ると下の方に「店頭価格を税抜き表示に変更中」と書いてあります。これは混乱を招くだろうな。クレームが出るかもしれない。まだまだ先と思ってましたが小売業者の現場ではもう始まっているようです。でもこういうのって消費者にそういう意識が出てくる頃、そう、半月ぐらい前からだと思います。2ヶ月も前から。そんなに時間掛けちゃいけないと思う。でもそういえば家電のCMなんか見てると「増税前にまとめ買い」なんて言ってます。つい先年まで仕事にしていた飲料自販機業界も仲間に聞くと1円刻みの価格設定が出来ないから10円アップする商品と据え置き商品と混在させる方向付けをしたそうです。やっぱり一時的には混乱するし落ち込むと思います。3月末は機械の調整が大変だろうな。早くやめてよかった。1消費者としてはこの時期、車、PCやその他「ぼちぼち買い替えか」と思う品もありますが私は駆け込み買いはしません。売り手の立場に立つと今は黙っていても売れる。3月までが勝負。でも100万買ってもたかだか3万円。売れる時には強気、売れなくなったら弱気。売れなくなったら値が下がります。それが自然というもの。


ピートシーガーと聞いて「知っていると」答える人はもう少ないと思います。私と同世代の人でも知らないと思います。若い頃ちょっとマセていたようでどちらかというと私の世代より1世代前、フォークソングがアメリカから入ってきた頃、「フォークの先駆者といわれた人」。えらそうに言う私も実際に彼の曲を知ったのは「花はどこへいった」カバーでジョーンバエズという女性シンガーが歌うのを聞いてから。後に本人の歌ってるのを聞いたときもいわゆる「刷り込み現象」でもないのでしょうが「やっぱりジョーンバエズのほうがいい」と思ったのを覚えてます。同じ頃人気があったのはP.P.M。ブラザースフォーなどかな?当時の日本の音楽界はもそれまでのアメリカ一辺倒から徐々にカバーするだけでは飽き足らずオリジナルを作って売り出す。シンガーソングライターなんてもてはやされました。吉田たくろうやフォーククルセダース。かぐや姫やいるかなんかも注目されるようになっていく。でもその原点はといえばみんな「風にふかれて」のボブデイランやピートシーガー。94歳。老衰だそうです。ウイシャルオーバーカム

NHK新会長に就任した籾井氏がNHKワールド(国際テレビ放送)で行った就任スピーチが問題になってるそうです。尖閣。そして慰安婦。どうして就任会見でこんな話が出てくるのか不思議なのですが記者がそういう質問をしたのかと思います。就任会見の場でそういう質問をする必要があるのか?そこに恣意的なものを感じます。聞くほうも聞くほうですがまともに答えるほうもどうかと思います。結果、「個人的な考え」と断った上で先尖閣は日本の領土。慰安婦は現在はいけないことだが当時は認められていた。そしてこれは日本だけではなく欧米でもあった。日本と韓国間では日韓基本条約で既に解決済みなのに今また謝罪と損害賠償を求めてくるのはおかしい。そう言ったことが大きく取り上げられ「不適切」だとか「暴言」だとか責任を取って「辞任」すべきだとはやし立てる。わなを仕掛けて乗ってくると突き上げる。一体そういうことが誰の利益になるのだろう?それとも彼らは韓国や中国に頼まれてやっているのだろうか。ちょうどやくざがネタをみつけて何度もゆすりをするようなもの。そもそもどこが不見識で不適切で暴言なのか。ひょっとして尖閣は日本の領土ではないとか慰安婦には子や孫の代そのまた先まで日本人は未来永劫ずっと謝罪し続けなければいけないというのが記者たちの考えなのかと思うとそちらのほうが問題だと思います。いずれにせよまた一人マスコミにつぶされる。そのうち誰もしゃべらなくなる。

税務署に法人の確定申告書を提出してその足で手話サークルに行こうと思ったのですがちょっと小腹がすいて梅田でラーメン食べました。「まずい!」どうも最近いいお店にあたりません。これはひょっとしてラーメン屋がまずいのではなくて私の味覚がおかしくなってきているのかと口直しにコーヒーショップへ。ところがなかなかみつかりません。実際の統計はどうか分かりませんが実感としてコーヒーショップ。昔風に言うと喫茶店が少なくなっているように思います。この時代、原価はともかく3~4百円で場合によっては1時間も場所占有されたら人件費や家賃が出ない。そういう客はファストフードにでも行けばいいと言うことなのかな?。やっと見つけたのがお初天神の近く(昔の富国生命ビル)トラジャコーヒー。これは美味しかった。どうやらまだ味覚は大丈夫。文字通り一息ついて周囲をそれとなく見渡すと若い人達はみんなスマホやタブレットとにらめっこ。「静けさや岩に染み入るタップかな」(盗作)ガヤガヤうるさいのも嫌ですがあまりに静か過ぎるのもまた不気味。そういえば乗ってきた電車の中も殆どの座席がそうでした。よく言うペースメーカーへの影響も技術の進歩でそれほど気にしなくてもいいというのも拍車を掛けたのか車内での携帯は若者文化として定着してしまったようです。この程度は「マナー違反」と目くじら立てることもない。某フリーペーパーで面白い統計がありましたので紹介します。  
  1位「咳をするとき『かぁーっ』と痰がからんだむせ方をする」(59.3%)
  2位「居酒屋や喫茶店などで出されたおしぼりで顔や脇など手以外を拭く」(49.3)
  3位「人前でゲップやオナラを平気でする」(36.7%)
  4位「『俺が学生のときは』『俺の新人時代は』と昔の武勇伝を話したがる」(31.3%)。
  5位「ズボンをハイウエストではく」(27.3%)
  あと人前の爪楊枝やビンボーゆすりなどが続くようです。
  マナーでは「大阪のオバちゃんがよく言われますがこれは「オッサン」限定です。
  (個人的には4位あたりがちょっとヤバイかな?)


朝、外が妙に明るい。[ひょっとして?」カーテンを開けるとやっぱり雪。雪が降るから寒いのか、寒いから雪が降るのか、どっちでもいいけど寒い。用があって車を出しに行くとこれまた真っ白。(駐車場に屋根がありません)エンジン掛けようとセル回します。「遅い!」いつもよりセルの回転が遅い。電池って冷えると消耗します。このごろのように距離走ってないと尚更。なんとか掛かり事なきを得ましたが大阪にいた頃なら即、充電器持って端子に繋いでいたと思います。でもここはその電源がない。だったら近所の人にブースターで繋がせてもらうか?でもそのためにわざわざ出てきてもらうのも気が引ける。もしあのままエンジンが掛からずバッテリー上がりを起こしたら?と考えると・・・こりゃいかん。その足でホームセンターまで直行。バッテリー安いの一つ買ってきました。使わなければそれもよし。もし駄目な時はコレを持ってきて繋ぐ。それだけでも安心できます。同じように頭をかすめたのがタイヤ。多分この近辺でスタッドレス持ってないのは私だけ。車も古いし買っても次に買う車とサイズが合わなければ使いようもないし場所も取る。邪魔になるからとずっとと知らんぷりしてましたがやっぱりいるかな?5


創業550年の駿河屋(和歌山市)が民事再生法の適用を申請したそうです。
ずっと大阪だと思っていたのですが和歌山が本店で歴代の将軍に気に入られ元々「鶴屋」と名乗っていたのを綱吉の娘「鶴姫」が紀州家に嫁いだのをきっかけに現在の「駿河屋」に屋号も変更したそうです。なるほど駿河は徳川。それにしても遠く室町時代から受け継いできた「のれん」も営業は続けるとは言っても和菓子離れの時代の流れには抗することができなかったようです。
昨今の食品誤表示(偽装とは言わないそうです)でいわゆる「食のブランド」も地に落ちた感がありますが昔、ごく偶にどこかからの頂き物で駿河屋の羊羹にありつくと子供心にいつものノーブランドのとは違い「本物や」とちょっと身構えたのを覚えてます。でも振り返って羊羹。食べなくなって随分になります。先日の検診の対処法でも「チョコレートはいけません。甘いものが欲しくなったらせめて和菓子にしましょ」と言われました。
年末に行った検診の結果に基づく対応を教えてもらいに行きました。本来5角形になるはずのグラフがかなり極端に変形してます。血圧。コレステロール。体重は変化ないのにウエストが増えてます。これまでもギリギリセーフだったのがここにきて見事「メタボ」になったと言われました。有酸素運動。筋トレ。食事。睡眠。タバコ。「なにを今更」と思うのですがこれまで症状が出なかったのもこれから出てくる。そういわれました。さしあたり食生活から改善。
 児童養護施設を舞台にしたTVドラマで施設のありようがあまりに現実とかけ離れていると実際に運営している施設からTV局に抗議があったといいます。それに対してTV局は「子供たちの愛情とは何かを描いていきたい。最後まで見ていただきたい」と見当違いで木で鼻をくくったような返事をしました。ドラマの世界ではお涙頂戴のクライマックスに持っていくため小道具がわりに本来あるべくもない設定をする。常套手段です。そのためには手続きも無視するし暴力も容認する。子供を裸にすることも辞さない。「作り話」で見たらいいと開き直る。でも実際その仕事に従事している人達は施設の全てがそんな風に運営されていると多くの人達から見られるのではないか、なにより入所している子供たちがいわれのない偏見を持たれるのではないか。そう危惧するのもよく分かります。最近はマシになったようですが昔手術シーンや法廷のシーンなど現実と違うとよく言われてきました。現実の世界に身を置く人達にとって随分歯がゆい思いだったのだろうと想像できます。そういえばちょっと前になりますが「任侠ヘルパー」なんてドラマもありましたがあそこまで行くと割り切ってみることも出来ます。時代劇で何人もの人をバッタバッタと切り伏せるのと同じ感覚。タチが悪いのはいかにもありそうでその実、実在しない状況。作り手の狙いなんでしょう。今回の児童養護施設などは一般の人には縁遠い。でも興味はある。上手いところに目をつけたと思います。おまけに副産物のように実際の施設からの抗議。まじめに仕事に取り組んでる人達からするとたまらないほどの侮辱。でも抗議するほどにより視聴者に関心を持たせることに繋がる。痛し痒し。このあたりは先の売れないタレントの息子のDNA鑑定公開よりもその効果はずっとある。TVなんて所詮売れてなんぼの世界。放送モラルなんて考えてたら出来ません。担当者にしてみると注目されて初期の目標は充分に達成できたと思います。万々歳でしょう。訴えた側も見なけりゃいいのでしょうが別な意味で関心を持ち見てしまう。やっかいなところにハマッタと思っているはず。馬鹿馬鹿しいので私はそういうドラマは見ません。
 土曜日、苦手な菊練りをしていました。よく土練り8年といいますがはっきり言ってヘタです。本人は菊のつもりで練っているんですが練りあがった土はどうみても菊には見えません。根本的にヘタなんだと思います。土だらけの手で出た電話の向こうから「オジンか?○○さんが死んだ。お通夜は明日。お葬式は明後日。場所は西田辺の○○」「なんで?どうして?」「よく分からん。けど、くも膜下出血で年末から入院してたそうや」なんでこうも近しい人が次々と亡くなる。土をいじる気力も失せて早々に帰宅。PCで会場の正確な位置を探します。最短で1時間20分。大阪にいた頃から天王寺から向こうは不案内でしたがそれよりまだ遠い。1時間40分前に家を出て余裕で到着。会場に入ってはたと気づきました。電話でもそうだったのですがずっと旧姓でしか呼んでなかった。名前がありません。(既婚女性)ひょっとして下の名前はこうじゃなかったかなと何件かある中で当たりをつけてそっとのぞいてみると見慣れた顔が遺影になって飾られてます。「ビンゴ!」(といっても嬉しくもないのですが)それにしても最後にあった去年の11月。その時の穏やかな表情が遺影と重なり「なんで」という思いが尚更にこみ上げてきます。親族の人たちに近い席をあてがわれたようで読経の間にも周囲から嗚咽が聞こえます。小さな子供のしゃくりあげる泣き声に思わずまぶたが熱くなります。お棺の中を見せてもらったのですが心なしか「むくんで」いるように見えました。発症から2週間。無意識に元気だった頃の顔と重ね合わせ「闘病生活。辛かったのやろな」と思います。その足で駅までという気にもならず近くの居酒屋で共通の友人達と飲んで帰りました。お葬式は遠慮します。もう嫌。


年末から続いている農薬混入事件。初めて聞いた時、瞬間的に脳裏をかすめたのは雪印乳業事件でした。もう10年以上も前ですが同じ食品畑にいたということで記憶が蘇ります。あの時も当初はそれほど大事と捉えていなかったようで食中毒被害者のお見舞いに営業担当者が同社の商品券を持って行ったといいます。(その会社の食品で中毒を起こしたのに同じ食品の商品券を持っていくというあたりにいかにも軽視していたのかがうかがえます)ところが被害者の人数が日に日に増えていきます。都島区にある大阪工場。かなり老朽化してましたから不備もある。絶好のマスコミの餌食です。パイプの清掃が出来てなかったり当時半ば常態化していた量販店からの返品商品を再利用しているところも見られる。そしてとどめは社長の発した「私は夜も寝てないのだ」このシーンは何度もトップ批判と共に繰り返し放映されました。結果、原因は北海道の工場の停電による脱脂乳(原料)の腐敗。(大阪府警が突き止めたと言われてます)。でもそれまでのドタバタが響いて業界トップだった雪印乳業は信用ガタガタ。あえなく沈没。どうしても追いつけなかった当時2位の明治乳業に取って代わられました。それ以来明治乳業はずっとトップをひた走っています。当時3位の森永は2位。繰り上げ当選です。雪印乳業はといえば後日他社と共同でメグミルクとして再起。でも以前の面影はありません。当時数多くあった系列販社、販売店も転廃業。「文字通り降ってわいたような災難や。」そんな人達何人も知ってます。今回のマルハニチロの場合と単純に比較はできません。なにより大きな違いは農薬混入というのはミスではなく人為的な可能性が大きいから。でも会社としての対応。リスク管理。これは先人に学ばないといけない。そう考えると発覚当初のトップの過小評価ともいえる発言。後で訂正したとはいえその対応の甘さが雪印と重なって見え気になります。命取りになるかもしれません。そうでなくても当面同社ブランドの商品は誰も買わなくなる。今、私も同社の製品は買わない。さてどこまで持ちこたえられるか?多くの社員や関連企業のやるせなさが思われます。