今日は二十四節季の「冬至」(時計見たらもう昨日でした)
「冬至10日経ったらアホでも分かる」冬至から10回寝たらお正月っていう言い回しです。
冬至は太陽の位置が最も低くて日照時間が一番短い日といいますが昨日今日急に短くなったわけではないので実感としては「そうなんだ」と言う程度。ただ太陽が低いということで影が長く写ります。この日ばかりは短足の人も長く見えます(影だけ)。昔、といってもつい数十年前に暮らしていた人たちにとってはだんだん暗くなって食べ物も少なくなり嫌な季節だったと思います。この時期サツマイモや大根を干して食料の足しにするというのもいわば採取が難しくなる時期の生活の知恵。過日の徳島の大雪では停電でIP電話が使えず独居老人が亡くなったといいます。かと思えば床下に貯蔵していたサツマイモで飢えをしのいで助かった人もいたとか。科学が発展し便利な時代になって逆に人間としての生存本能は低下しているのじゃないか?周囲の環境がちょっと進歩したらどっぷりそれにつかりきってしまう。ちょっと不具合が起きると対応できない。その典型が原発。戒めなければいけないのは自身です。冬至の日にそんなこと考えるのはやっぱり変かな?

吉永小百合が昔歌ってました。『心ひとつで温かくなる』嘘です。北海道の人達からみれば「それぐらいで・・」といわれそうですがやっぱり寒い。外に出たとたん「もう一枚なにか羽織っていくか」明日もまだこの寒気は居座るようです。

 週末から明けにかけては選挙一色でした。「大義がない」とか『何で今』なんて言われていたようですが終わってみるとそれぞれの人間性や選挙民がどう評価しているか?が見れてよかったと思います。民主党の元総理が選挙区で落選。比例区で最後475番目に当選しました。普通、元総理まで上り詰めた人が支持されなかったと言うことは選挙区で敗れた時点で終わり。辞退して次点の人に譲る。そういう選択肢はなかったのかな?だってこれから先のこと考えたら『針のむしろ』。私ならどこか誰も知ってる人がいないところに隠れてひっそり暮らします。70近くなってもういつ寿命が尽きるかもしれないのにそれでもしがみついていたいのかな?同じ党の代表も辞任の意思はなかったようで会見も未練たらたら。『弱い立場の人たちを懸命に応援する民主党。原点です』この党を支援してるのは大企業の労働者。本当に弱い立場で組合も無いような中小企業の労働者は応援してませんしされてもいません。もうひとつ。普段日の丸。君が代に反対している人達が嬉々とした表情で万歳してました。万歳の意味知ってるのかな?

今年の漢字だそうです。なんとも味気の無い一文字ですがそういう年だったのでしょう。あの「漢検」が募集した中で一番多かった文字だそうです。京都清水寺の管主で名前は失念しましたが衣姿にたすきがけで大きな用紙に一気に書いている姿をTVで見ました。(多分ひそかに何回も練習したのだろうと思います)「今年の漢字」も数えて20年になるそうですが最近では大震災の年の『絆』。これは今も覚えています。もうそんな季節です。京都といえば明日13日は事始め。華やかな色紋付の祇園の舞妓さんが芸事の師匠にあいさつして回ります。昔、カメラに凝っていた時期があってお師匠さんの玄関に入る舞妓さんを撮るだけのためにはるばる京都まで車飛ばしていったことが思い出されます。(あほかいな)舞妓さんが入った後耳を済ませていると。「おめでとうさんどす。どうぞ相変わりませずおたのもうします」と。今年も無事に正月の準備を出来る感謝と来年のお願いを込めた挨拶(定型)が聞こえてきます。最近はどうなんだろう?やっぱりやってるのかな?「事始 忘れし恩のおもはるる」ぼちぼち年賀状も作らなきゃいけません。それにしても喪中の多いこと。名簿見て賀状が減り寒中見舞いが増える今日この頃。

平昌冬季5輪を日韓共催にすればという話が出ているようです。IOCが言い出したそうですが恐らく裏で韓国の意思が働いていると見るのはアメリカでの慰安婦像を見ても明らか。彼らはそういうことには長けてます。もともとかの国には5輪開催のインフラを整備できる能力も資金も無い。というより財政難でそれどころではない。だったら何故、立候補する?そのあたりがよくわかりません。スケートリンク以外はほとんど手付かずといいますから本来なら今からでも辞退するべきだと思うのですが何故辞退しないのか?そのあたりもわかりません。まして相手は日本。長野が候補といいます。何故?北朝鮮もあるし仲良しの中国もある。北に上がればソチのロシアもある。それを前大統領が「天皇陛下は土下座しろ」と言った国。止むに止まれず自衛隊から銃弾借りて後で「何故日本なんかから借りる?」と総スカンだった国。仏像を盗んでおいて「もともと数百年前はわが国のもの」と返さない裁判所のある国。産経新聞の支局長が大統領を侮辱したと出国停止。裁判にかける国。オバマの仲裁で会っても首相の挨拶を無視する大統領の国。以前同じように逆に横槍入れて共同開催したWカップ。選手に「竹島は韓国領土」とグラウンド走り回らせた挙句その時貸した300億まだ返してない国。こんな国がどの顔下げて言ってくる?。まず言えた義理じゃないと思います。でもまさかとは思いますが若しそうなったらそのときはどう対応するかな?

 「平均車齢」とは、自動車が新規登録されてからの平均経過年数で、人間の平均年齢に相当します。その「車の平均年齢」(軽自動車を除く)が8.07年(13年3月末)と初めて8年を超え、「高齢化」が進んでいます。 乗用車の平均車齢は、1975年が3.30年。バブル期の1989年は4.75年、その後、2001年に6.04年、2010年に7.56年と性能がよくなったのもあって高齢化が進んでいます。また、自動車の「平均使用年数」(軽自動車を除く)も12.58年と調査が開始された1974年以降で最長。自動車が新車登録されてから抹消されるまでのいわゆる「車の平均寿命」と言えますが、その平均寿命が12年を突破したのは初めてとなります。ちなみに私の車が丁度12年。平均寿命です。先日の免許更新。これが若し出来なかったらというのもあってずるずると引き延ばしていましたがここまで来ると妙に愛着が生まれ、今は「最後は看取ってやるからいける所まで行け」と言う心境。いまのところまだ不具合はそれほどありません。先日陶芸仲間で20年乗ってた人が「車検にお金がかかりすぎる」(部品が無いそうです)としぶしぶ乗り換えた人がいましたが目標は高いほうがいい。追い越してみせます。(笑)

 

11日。ストックホルムの授賞式で日本から2名アメリカから1名招待されていくそうです。受賞発表の時も思ったのですが国内の2名の方はともかくアメリカに帰化された中村氏。日本人としての受賞と言えるのか?アメリカのほうが待遇がいいから米国籍をとって今、カリフォルニアの大学教授です。コメント聞いてたらしっかりした日本語を話しているようですからやっぱり日本人なんでしょう。彼の研究に対する原動力は「怒り」だそうです。元居た四国の日亜科学で当時の社長に見込まれひたすら発行ダイオードの研究に専念。そして発明。ただそのときの会社の報奨金がわずか2万円だったことに腹を立て提訴。その額200億円。弁護士の勧めで8億5千万で和解。「和解額には全く納得していないがバトンを未来のランナーに譲って研究開発に没頭する」当時の日亜の社長は「発明が一人ではなく多くの人の努力研究の賜物と理解された」この言い方から彼の職場に居た頃の立ち位置が感じられます。ノーベル賞に選ばれた人達は協会に何がしかの記念品を寄贈するそうで中村氏は日亜で始めて作り上げたダイオードのモデルを記念に贈りたいと日亜に打診したそうですが「現存していない」と断られたそうです。真偽はわかりませんが「これ以上関わりたくない」という思いがみえます。この人自分の都合で喧嘩して自分の都合で和解。そして元のフラットな関係に戻る。そういう考え方をする人なのかな?。研究者というのはそんなものなのかもしれませんが・・・友達できないだろうなと思います。

 

福岡の人なら簡単なんでしょうが築城と書いて(ついき)と読みます。地名というのは難しい。そういえば大阪でも十三(じゅうそう)放出(はなてん)なんて地名があります。その築城の航空自衛隊基地に行ってきました。目当てはF4ファントム。そしてまたブルーインパルス。ここもやっぱり田舎。ま、基地なんてもともと町のど真ん中に作るものじゃない。世界一危険といわれている沖縄普天間だって基地が出来た時は周囲は一面のサトウキビ畑でした。ただ、基地関連で仕事をする人や米兵を対象としたお店などが周囲に出来だしていつの間にか繁華街みたいになったというだけ。最初に基地を計画した人には予想できなかったはず。前日からどうも雲行きが怪しいといってたのですが「まあなんとかなるかな?」というノリで。でも到着したころは晴天。(やっぱり天は私に味方してくれた)F15.。F2.単独から編隊飛行。バリバリ。グオー。ひときわ大きな爆音。ファントムです。間に練習生の行進を見て(乗馬のカドリールみたいな変則行進)違うのは最後に担いでた銃を構え空砲を一斉に撃ちます。さて午後からは「ブルーインパルスの編隊飛行」と思ってたら「本日は午後から雷雨が予想されますので1時を持って終了します」そんなあほな・・・空を見れば全くそんな気配はありません。取りあえずということで持参したパイプいすで弁当食べかけたら弁当箱にぽつりぽつりと・・・「えらいこっちゃ。折角の弁当が茶漬けになる!」慌ててエプロンからいす持って庁舎の中へ。その後も雨脚は弱まる気配がありません。「さすがに自衛隊。気象観測もちゃんと出来てるわ」と妙なところで感心。あとは何処といっていく当ても無くコンビニで何度かコーヒー飲んで蒲鉾屋で御土産買って帰ってきました。結局今回の旅行。土曜の午後から月曜午前までかけて目的のデモ飛行実質3時間。ま、こんなこともあります。

 


こちらに移ってはじめての免許更新。案内はがきが来て気がついたのですがこの辺りでは更新センターに行かないと更新できません。以前住んでいた地では最寄の警察署でした。ですから歩いてでも行けますし顔見知りのおまわりさんもいて大抵私一人。世間話しながら検査。その後場所代えて2時間講習。居眠りして風邪引くのがパターンでした。今回からはちょっと勝手が違います。一番近くが伊丹。JRに30分乗って行かないといけません。もう一つ嫌なのはこの数年、極端に視力が落ちてます。左目が黄班変性症と診断されて大分進んでいるようです。気になったので視力検査表を壁に張り3メートルの距離から目にスプーン当てて計ってみました。右は0.9~1.0。左。0.2~0.3ちょっとやばい。駄目だとはねられたらどうしよう?大抵は「めがね合わせてもう一度来てください」ってことになる。でもそんなめがねは売ってません。IPS細胞の手術もまだ当分先。今からでは間に合いません。「駄目だったらその時は仕方が無い。でもこんな田舎で車乗れなくなったらどこにもいけなくなるなぁ」あきらめ半分でそれでもいつも電車内で見ていたタブレットも目に悪いかと見ないで恐る恐る行きました。JR伊丹駅のすぐ近くNHKで有名になった黒田勘兵衛が幽閉されたという有岡城址がすぐ近くに在ります。緊張を悟られないようにと建物に1歩足を踏み入れて「なんじゃこりゃ!」あふれるほどの人が列を作ってます。想像していた更新とは違います。1箇所並んで書類もらってまた次に並ぶ。5箇所目でやっと視力検査。「次の方」「はい」「上」「右」「左」「結構です。はい次は6番に行ってください」あれほど決心固めてきたのになんともあっけない。流れ作業です。その後写真撮って30分ビデオ見て(私,優良運転者だそうです。これも初めてです)無事免許更新出来ました。5年先延ばしになりました。今までずっと3年。(違反者です。嫌な響き)帰り道。有岡城址に寄ってなぜか気が楽になって梅田まで足伸ばしデパートで靴買って(2万6千円。普段なら1万までのを探します)帰りました。。ま、いいか。めがね屋に行くこと思えば安いもんです。(笑)

 

 現在ほとんど使われなくなった言葉ですがふと思い出しました。後家とは未亡人の俗語。今ならひっぱたかれる「行かず後家」なんて言葉もありました。生業(なりわい)。読んで字のごとく「せいぎょう」大企業。小企業。そして生業。個人の才覚で飯の種を稼ぐとでもいいますかそんな感じ。ですから女性は未亡人になっても存在自体が職業だという意味合いで使ってたと思います。そんな言葉を思い出したのは京都の事件?(現時点では容疑者)TVで何度か顔を見ましたが「なんでこんなオバハンに引っかかる?」インタビューに答えるのを聞いてもそんなに品性のいい人とは思えないし格別美人とも思えません。どこに魅かれる?でも私なんかには分からない魅力があるんでしょう。被害?に会った人達。70歳を越えてそれなりに人生経験豊富なはず。寂しかったのかな?財産があり身寄りがない高齢者専門だそうです。せしめたお金が何億とか?そのくせ借金抱えてるといいいますから資産運用能力はないようです。もし本当に連続殺人犯だとしたら「振込み詐欺」なんかよりずっと悪質。資産なんてないほうがいい。(負け惜しみに聞こえます?)

 

またクラス会に行ってきました。そんなに乗り気でもなかったのですが以前川西まで車で送ってくれた友人に礼を言わなければと大阪まで。出席率のいい彼なんですが今回は欠席してました。奥さんの介護だそうです。訪問介護に関わった人なら分かると思いますが土日、祝日はヘルパーさんが集まりません。本来休日は家族が介護するのがいい。そういうことではなくヘルパーさんって基本的に主婦が多い。子供も主人もいる休日に出勤するのが難しい。以前私がいた事業所でもそうでした。ですから私の仕事は土日。フル回転でした。訪問日が初対面。手順書のFAX持って介護度45の利用者さん宅に「こんにちは」なんてところばっかりでした。おかげで大抵のことはぶっつけ本番でこなせるようになりました。日誌書いて帰り際「来週もまたお願いしますね」なんていわれると「はい!。それまでお元気で」でもそのほとんどの方が今はもういません。この仕事の一番辛い部分です。仕事している時に友人から電話が入ったことがありました。後で事情説明したら「俺の時も頼むわな」って冗談「いつでもどうぞ。お前やったら24時間フルサービスで行ったる。支払いは現金で」なんて言ってた男も去年亡くなりました。でも介護には一度も行ってません。相手も言ってこないだろうし言われても行けないと思います。究極のプライバシー。他人だから甘えられる。他人だから出来る。