◆佐幕派
◆短編小説
◆伊庭八郎と土方歳三
◆BL小説(伊庭歳)
※R指定なし


伊庭歳ショートストーリー。
箱館での彼らの最後のあがきを書きたくてね~。
八郎さんに笑顔になって欲しくて綴りました。

 「…なんじゃと! 近藤が切腹したじゃと?!」
 木戸から近藤長次郎切腹の報せが晋作に届いたのは、年が明け薩長同盟が成立した一月後、梅が満開の頃だった。
 木戸の手紙によると、近藤は長州藩主毛利敬親から英国渡航資金を一部援助してもらい、武器商人トーマス・グラバーの助力を得て、長崎から英国行きの船に乗り込んだらしい。
 だが風向きが悪く、出航が一日延期となった。
 故郷日本での最後の夜だから楽しんでおいで、明朝に戻れば構わないからとグラバーに言われ下船したところ、社中の同士に見つかってしまったのだ。
 社中では運営の合議制が謳われており、海外渡航には仲間の承諾が必要と約定されていた。
 しかし、近藤は英国行きを仲間に知らせていなかったのである。
 高松太郎や千屋寅之助らに詰め寄られた近藤は、
 「いかにも約のごとく割腹して、諸君に謝し申さん」
 見事自刃して果てた、あっけない最期だった。

 

 

 「全く馬鹿じゃいのう…あれほど才子溢れた奴が…」
 晋作は愕然とした。
 二人で豪快に飲み合った雪の日を思い出す。
 軍事は僕に任せ商売を近藤に託せば、日本は早急に生まれ変わるかもしれない、と可能性を抱かせてくれた男だったのに。
 晋作は近藤の人懐こい笑顔を思い浮かべながら、傍らに置いていた三味線を取り上げた。
 弦を弾きながら、即興で浪々と唄い始める。
    突然相見て、突然離る
    未だ交情を尽くさざるに、たちまち別愁
    ここより去って…
 「…っ、ごほっ」
 胸の奥底から、生温かいドロリとしたものが這い上がってくる。
 晋作は三味線を庇うようにむせる顔を背け、無意識に袖口を押し当てた。
 (僕も近いうちにそっちへ行くことになるじゃろ。話はそん時に聞いちゃるけ、待っとれよ近藤…)
 おうのが縫ってくれた白絣の袖口は、鮮やかな深紅に染まっていた。

(了)
 

 「…そういえば、我が殿に呼ばれちょるとか」
 「さすが高杉さん、早耳ぜよ。五日後には山口へ出立し、毛利様に謁見させて頂く手筈になっちゅうが。恐らく軍艦手配の手柄ろうな」
 近藤は照れながら耳の裏を掻いた。
 「そんなにエゲレスに行きたい言うちょるなら、僕からも我が殿にできるだけ助力せるようお願いしちょきますが」
 もし、日本が変わるなら…変わる契機を作ってくれるなら、僕もこの磊落な男に賭けてみようか。
 高杉は近藤の反応を伺うように、悪戯っぽい眼を向けながら問うてみる。
 「ほりゃあ、まっことなか?! 高杉さん…なんてしょうええ人ろうか!」
 ガバッと身を乗り出し、今にも抱きつこうとせんばかりの反応に、晋作は焦って片手で牽制し、
 「い…いや、どこまで尽力できるかは分からんて! ただ僕もエゲレスに行く夢をまだ捨てちょらんし、亀五郎が…僕の義弟がエゲレスに渡っちょるんで、他人事の気がしないちゅうか…」

 近藤をからかうどころか却って素直に褒められ、晋作は照れているのか酔っ払っているのか、顔をほんのり赤くして視線を外し、ごにょごにょと言い訳じみたことを言う。
 「ほうかー、よし分かったぜよ。エゲレスに渡ったら弟御の面倒はわしが看るき。なあに、高杉さんがエゲレスに来る頃には、わしが街中を案内するまでになっちゅうがぜよ。金髪のオナゴも紹介するき、大船に乗ったつもりで待っていとおせ」
 近藤はわははと笑いながら、晋作の肩を陽気に叩いた。
 いつの間にか近藤の調子に巻き込まれた晋作は、こんなところを市ィなんぞに見られたら、あの高杉さんが丸め込まれちょると腹を抱えて笑い転げるじゃろうなと、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をして軽く溜め息をついた。
 しかし高揚した気分はこの後もしばらく続き、近藤との邂逅は晋作を奮い立たせるのに充分な契機となった。

(続く)

 「高杉さんは支那に行ったことがあると聞いたけんど、まっことですろか」
 この頃、晋作は奇兵隊だけではなく緒隊を一手に掌握し、藩の意志をも左右させる実力を持っていた。それ故、気さくに話しかけにくい威風を身にまとっていたが、近藤は一向に動じる様子もなく屈託ない笑顔で尋ねてくる。
 「ああ…あれは文久二年じゃけん、三年前です。本当はエゲレスに行くはずじゃったんですが、委細あって支那に向かったんです」
 晋作は酒を注ぎながら答えた。
 「支那は、どがな所なが」
 「はばしい…げに酷いものでした。夷人は我が物顔で街を練り歩き、支那人は奴隷の扱いじゃけ。このままでは日本も同じ轍を踏みかねません。夷人の属国になる前に手を打たねば全てが手遅れんなる。じゃが今の幕府は腐っちょって全く頼りにならん。…何とかせんと」
 苦衷を溢す晋作に、近藤はちらりと目を向けた。
 「そういえば、幕府使者が西国へ向かって来るゆう話を聞いたけんど」
 長州の思惑を確認するため、永井主水正こと幕府旗本の永井尚志が新選組局長近藤勇らを従えて広島へ向かって来ていた。

 「ふん…岩国吉川家家中とは既に内約ができちょります。奴らもここまでは入って来られんじゃろ」
 こともなげに呟く晋作を見やり、近藤は酒杯を置き晋作に向き直った。
 「―――戦、になるがやろか」
 今までの明るい様子とは明らかに違う真剣な眼差しで、近藤は率直に晋作に質問した。
 晋作も酒杯を静かに置きふぅと息を吐くと、真正直な男をはたと見つめて返す。
 「近藤さんに言うのも何じゃが、僕は長州が一番じゃ思うちょる。それは今後も変わらん。僕は日本を救いたいんじゃ」
 「勝算はあるがかえ」
 近藤の探るような眼差しに向かって、ニヤリと笑う。
 「…僕に考えが、ある」
 不敵な笑みを浮かべた元奇兵隊総督に、近藤は、
 (こりゃあ、思った以上の暴れ牛ぜよ。こんお人だけは敵に回しとうはないがじゃ)
 感心したように呟き、
 「高杉さんは根っからの武士やき」
 ほうと感嘆した。

 「わしゃあ元々、土佐のしがない餅菓子屋の倅やか。商売のことなら何とかなる思うけんど、軍隊のことはてき分かりやーせん。―――高杉さん、カンパニーゆう言葉を知っちゅうがか」
 「かんぱにー?」
 「そうですろ。高杉さんも分かっちゅう通り、鎖国はいつまでも保ちきれるもがやないがで。これからは国防の備えをせんといかん。それにはまず異国の船を買い、それを使って商売を興し貿易をするがやか。それがカンパニーやき。そこで得た金で異国に追いつくことこそが、日本のとるべき道がぜよ」
 近藤はくりくりした目を輝かせながら、杯を一気に煽った。
 「日本はこんまい。わしゃあ海に出て、もっとでっかいものを掴みたいがですろ。色んなものを見て聞いて、触れてみたいがぜよ。そのために」

 近藤は息をすうっと吸い込んだ。 

 「わしゃ、まずはエゲレスに行きたいちや」

 あまりに真摯な物言いに、晋作は思わず近藤の瞳を見据えた。
 (この男…!)
 天真爛漫なところは坂本と似ているが、近藤は思った以上に経済人としての素地を備えていた。日本国内を遥かに超え、世界と肩を並べる日本を思い描いていたのだ。
 到底、社中に収まるような器ではない。
 こいつに賭けたら、もしかしたら本当に日本を変えてくれるかもしれないと期待を抱かせる―――そんな男。

(続く)

 慶応元年―――。
 「雪が降ってきよった」
 高杉晋作は棚板に腰掛け、開け放った障子から外を見上げた。
 さすがに霜月ともなると、雪混じりの冷気が降り注ぐ。
 すぐ風邪を引く割に、晋作は冬空を眺めるのが好きだ。
 「これで熱が出よったら、おうのに叱られるかもしれんのう」
 少し自嘲気味に口角を上げる。
 

 馬関は独特の空気を持つ港町だ。
 長崎ほど西洋に染まりきっておらず、しかし程よく外国の風を浴びることができる穏やかで開放的な雰囲気を、晋作はとても気に入っていた。長州の経済的拠点であり藩領でもあるため、何かと融通が利くのも好都合である。
 

 「おまんさんが、高杉さんかい?」
 声のした方を振り返ると、ちょうど部屋に入って来た男と目が合った。くりくりとした愛嬌のある目をした人の良さそうな男である。
 「わしゃあ社中の近藤長次郎です。おまんさんのことは坂本から聞きゆう。なんじゃ、暴れ牛思っちょったら、色白でこんまいお人やき」
 露骨に背が低いと言われムッとする晋作に、気ィ悪くしよったらすまん~と人懐こい笑顔を向け、座敷に座った。
 「桜島丸の件では、井上と伊藤がお世話になりました。お陰で銃器も手に入りました」
 近藤が手にした杯に酒を注ぎながら、晋作は礼を述べた。
 長州は幕府に目をつけられていたため、藩として武器弾薬を購入することが難しい立場にあった。
 そこで木戸孝允が薩摩名義で入手することを提案し、井上聞多と伊藤俊輔を長崎に派遣した。二人は直ちに社中の近藤を通じてミニエー銃四千三百挺、ゲベール銃三千挺を薩摩から買い受けることに成功する。
 長州と薩摩を取り持ったのは、ひとえに近藤の手腕によるところが大きかった。

 「いや~、あん時はまっことたまげたぜよ。まさか長州が軍艦と武器の購入を薩摩に頼みたいちゅうことじゃったがで。高松と千屋から話を聞いてすぐに薩摩の小松帯刀殿に伝えたき、よう行って何よりでした。ま、あとから木戸さんには大へごな迷惑をかけたけんど、ようよう船を馬関まで運べたがやき。わはは」
 豪快に笑う社中随一の実力者に、晋作もつられるように微笑み返した。
 長州藩海軍局は当初、鉄製の軍艦を希望していた。
 しかし管轄外の木戸が間に入って主導したため混乱が生じ、英国から到着したのは木製蒸気船ユニオン号だったのだ。
 薩摩で「桜島丸」と名を変えたユニオン号は、木戸が政治力を存分に発揮し何とか事無きを得て、ようやく長州の手に渡っていた。
 ただし船籍は薩摩、代価は長州、運用は社中という複雑な主権が、のちに坂本龍馬や黒田了介(清隆)をも巻き込む大問題に発展していくのである。

(続く)