「高杉さんは支那に行ったことがあると聞いたけんど、まっことですろか」
 この頃、晋作は奇兵隊だけではなく緒隊を一手に掌握し、藩の意志をも左右させる実力を持っていた。それ故、気さくに話しかけにくい威風を身にまとっていたが、近藤は一向に動じる様子もなく屈託ない笑顔で尋ねてくる。
 「ああ…あれは文久二年じゃけん、三年前です。本当はエゲレスに行くはずじゃったんですが、委細あって支那に向かったんです」
 晋作は酒を注ぎながら答えた。
 「支那は、どがな所なが」
 「はばしい…げに酷いものでした。夷人は我が物顔で街を練り歩き、支那人は奴隷の扱いじゃけ。このままでは日本も同じ轍を踏みかねません。夷人の属国になる前に手を打たねば全てが手遅れんなる。じゃが今の幕府は腐っちょって全く頼りにならん。…何とかせんと」
 苦衷を溢す晋作に、近藤はちらりと目を向けた。
 「そういえば、幕府使者が西国へ向かって来るゆう話を聞いたけんど」
 長州の思惑を確認するため、永井主水正こと幕府旗本の永井尚志が新選組局長近藤勇らを従えて広島へ向かって来ていた。

 「ふん…岩国吉川家家中とは既に内約ができちょります。奴らもここまでは入って来られんじゃろ」
 こともなげに呟く晋作を見やり、近藤は酒杯を置き晋作に向き直った。
 「―――戦、になるがやろか」
 今までの明るい様子とは明らかに違う真剣な眼差しで、近藤は率直に晋作に質問した。
 晋作も酒杯を静かに置きふぅと息を吐くと、真正直な男をはたと見つめて返す。
 「近藤さんに言うのも何じゃが、僕は長州が一番じゃ思うちょる。それは今後も変わらん。僕は日本を救いたいんじゃ」
 「勝算はあるがかえ」
 近藤の探るような眼差しに向かって、ニヤリと笑う。
 「…僕に考えが、ある」
 不敵な笑みを浮かべた元奇兵隊総督に、近藤は、
 (こりゃあ、思った以上の暴れ牛ぜよ。こんお人だけは敵に回しとうはないがじゃ)
 感心したように呟き、
 「高杉さんは根っからの武士やき」
 ほうと感嘆した。

 「わしゃあ元々、土佐のしがない餅菓子屋の倅やか。商売のことなら何とかなる思うけんど、軍隊のことはてき分かりやーせん。―――高杉さん、カンパニーゆう言葉を知っちゅうがか」
 「かんぱにー?」
 「そうですろ。高杉さんも分かっちゅう通り、鎖国はいつまでも保ちきれるもがやないがで。これからは国防の備えをせんといかん。それにはまず異国の船を買い、それを使って商売を興し貿易をするがやか。それがカンパニーやき。そこで得た金で異国に追いつくことこそが、日本のとるべき道がぜよ」
 近藤はくりくりした目を輝かせながら、杯を一気に煽った。
 「日本はこんまい。わしゃあ海に出て、もっとでっかいものを掴みたいがですろ。色んなものを見て聞いて、触れてみたいがぜよ。そのために」

 近藤は息をすうっと吸い込んだ。 

 「わしゃ、まずはエゲレスに行きたいちや」

 あまりに真摯な物言いに、晋作は思わず近藤の瞳を見据えた。
 (この男…!)
 天真爛漫なところは坂本と似ているが、近藤は思った以上に経済人としての素地を備えていた。日本国内を遥かに超え、世界と肩を並べる日本を思い描いていたのだ。
 到底、社中に収まるような器ではない。
 こいつに賭けたら、もしかしたら本当に日本を変えてくれるかもしれないと期待を抱かせる―――そんな男。

(続く)