慶応元年―――。
「雪が降ってきよった」
高杉晋作は棚板に腰掛け、開け放った障子から外を見上げた。
さすがに霜月ともなると、雪混じりの冷気が降り注ぐ。
すぐ風邪を引く割に、晋作は冬空を眺めるのが好きだ。
「これで熱が出よったら、おうのに叱られるかもしれんのう」
少し自嘲気味に口角を上げる。
馬関は独特の空気を持つ港町だ。
長崎ほど西洋に染まりきっておらず、しかし程よく外国の風を浴びることができる穏やかで開放的な雰囲気を、晋作はとても気に入っていた。長州の経済的拠点であり藩領でもあるため、何かと融通が利くのも好都合である。
「おまんさんが、高杉さんかい?」
声のした方を振り返ると、ちょうど部屋に入って来た男と目が合った。くりくりとした愛嬌のある目をした人の良さそうな男である。
「わしゃあ社中の近藤長次郎です。おまんさんのことは坂本から聞きゆう。なんじゃ、暴れ牛思っちょったら、色白でこんまいお人やき」
露骨に背が低いと言われムッとする晋作に、気ィ悪くしよったらすまん~と人懐こい笑顔を向け、座敷に座った。
「桜島丸の件では、井上と伊藤がお世話になりました。お陰で銃器も手に入りました」
近藤が手にした杯に酒を注ぎながら、晋作は礼を述べた。
長州は幕府に目をつけられていたため、藩として武器弾薬を購入することが難しい立場にあった。
そこで木戸孝允が薩摩名義で入手することを提案し、井上聞多と伊藤俊輔を長崎に派遣した。二人は直ちに社中の近藤を通じてミニエー銃四千三百挺、ゲベール銃三千挺を薩摩から買い受けることに成功する。
長州と薩摩を取り持ったのは、ひとえに近藤の手腕によるところが大きかった。
「いや~、あん時はまっことたまげたぜよ。まさか長州が軍艦と武器の購入を薩摩に頼みたいちゅうことじゃったがで。高松と千屋から話を聞いてすぐに薩摩の小松帯刀殿に伝えたき、よう行って何よりでした。ま、あとから木戸さんには大へごな迷惑をかけたけんど、ようよう船を馬関まで運べたがやき。わはは」
豪快に笑う社中随一の実力者に、晋作もつられるように微笑み返した。
長州藩海軍局は当初、鉄製の軍艦を希望していた。
しかし管轄外の木戸が間に入って主導したため混乱が生じ、英国から到着したのは木製蒸気船ユニオン号だったのだ。
薩摩で「桜島丸」と名を変えたユニオン号は、木戸が政治力を存分に発揮し何とか事無きを得て、ようやく長州の手に渡っていた。
ただし船籍は薩摩、代価は長州、運用は社中という複雑な主権が、のちに坂本龍馬や黒田了介(清隆)をも巻き込む大問題に発展していくのである。
(続く)