だいぶ前のことだが、忙しかったわりには建て替え効果で四回も歌舞伎座へ通ってしまった四月の覚書。
なんといっても超豪華な出演者陣。
当代花形役者の名前がずらりと並び、チラシを見ただけで目が眩む。
三月初めの時点で切符は売り切れだったため、全て一幕見で乗り切るしかない。
二部をまずイトコと見に行く。二時間並ぶ。
三月の続きで、菅丞相の「寺子屋」(仁左衛門勘三郎が良い夫婦ぶり)、吉衛門菊五郎の「三人吉三」、最後は藤十郎「藤娘」。
イトコも藤娘に目が眩んでいた。
どの演目も、取り合わせの妙、素晴らしい演技、華、のどれかに必ずハマり、怒涛のように「醍醐味」が押し寄せる構成。
これは忍者たちに見せるしかないと急に思い立ち、日曜に子供にもわかりやすい一部を見せようと朝八時過ぎに家を出たが、9時で既に一幕見には100人くらいの長蛇の列。
ドキドキして待っていると、混乱がないよう目を光らせているスタッフが私たち一家五人のところまで来て「ここまで入れます」と言ってくれて、二幕目の「連獅子」だけを奇跡的に見られることになったが、結局約4時間外で待つ。
天気も良く、歌舞伎座正面の晴海通りをはさんだ反対側には大勢の人だかりで、撮影クルーが位置どりで揉めたり、プロもアマも画板を据えて絵を描き、カメラや携帯を構えて写真を撮る通りすがりの多くの人たちで祭りのよう。
描いている絵を眺めたり、巨大な建物の裏側に廻ってみたり、忍者たちは周辺を駆け回り、波平も「煙突があった。役者さん用に風呂場もあるんだろうね」と飽きずに楽しんでいた。
漸く1時過ぎ、立ち見の最後尾で場内に入る。
忍者と軍曹は歌舞伎座初体験。
提灯の下がった江戸っぽい内装を物珍しそうに見ているうち、柝が入る。
勘三郎親子三人三つ巴で体力の限界に挑戦する「連獅子」。
初三人連獅子を見て感動したのは遠い昔の気がする。
舞踊なので飽きないよう忍者たちのためにイヤホンガイドを初めて借りる。
「舞台の音と混ざって気持ち悪い」と言って嫌がって外してしまったので仕方なく波平に渡すと涙目になって「面白い」という。
聞いてみると確かに、上品な女性の声で
「獅子の毛振りは腰で振るのでございます」
とか言っている。
この舞踊が「親獅子が可愛い我が子を鍛えるため、谷底へ突き落とす」という有名な中国の故事を表わしたもの、という解説をしたあと、澄ました声で
「子供を甘やかす最近の親たちに是非見てもらいたいものです」
などとお話しになっている。
私たちは一幕見なので今回は残念ながら花道は見られなかったが、後シテで出てきた後、花道で前向きのまま凄い勢いで後ずさりするという見せ場についても
「ひとりでも難しい技を三人で一糸乱れずやってのける(重い衣装と獅子のカツラをつけた上で同じような距離を保ち、同じような速さでバックしないといけないためとても難しい)、まさに中村屋親子の絆を表わしているのでございます」
みたいな、全然興奮した口調でなく、観客を煽るワザに感銘を受けた。
貰ったパンフを見て「あの」生き字引、小山観翁さんも解説者をしてらっしゃる事を知る。
さぞ知識の宝庫のようなおしゃべりが楽しめるだろう。
これからはたまに借りてみようかと思う。
「中村やぁ!」の掛け声が普段の五倍くらいかかり、軍曹が「なかむらやってなに?」と興味を持つ。
最後まで、波平に肩車してもらったりしてじっと見ていた。
中学生になった忍者も、忍者としては頑張った方だが、10分ほど観たら端っこに退散して「ケロロ軍曹」に読みふけっていた。
終わって「歌舞伎座新しくなったら行く」と既にヤル気だったのでちょっと嬉しい。
しかしやはりなんといっても一部のお目当ては「熊谷陣屋」。
吉衛門好き、平家物語好きにはダブルでたまらない「陣屋」を観ずに死ねるかということで、次の週いそいそとひとりで朝6時過ぎに家を出る。
「今月は凄いメンバーだよ」と友人のお蝶夫人に自慢したところ、彼女も行くと言う。
しかし彼女の性格を考えるとそんな根性はないだろうと話半分に聞いていたら、本当に素敵な娘さんと朝7時過ぎには来たので吃驚した。
なぜかこの日は全然並ぶ人がいなくて余裕で一幕目から見られる事になり楽しくお喋りしているうち11時を迎える。
ノーチェックで心の準備をしていなかった「闇爭(だんまり)」は花形若手勢揃いで目移りして大変だった。
絢爛豪華な雛壇のようであっという間に終わったら、お待ちかねの「熊谷陣屋」。
これは今回本当に見てよかった、吉衛門渾身の素晴らしい熊谷だった。
義太夫狂言の、重厚で奥深い心理描写で構築された物語性の高いこの作品を、深い読解力に裏づけされた集中力と思い切りの良い表現力で畳み掛けてくる。
敦盛の最期を物語るところなど迫るものがあった。
で、三部はそんなに見るつもりなかったのに、3回も並んでるうち芝居好きなオバサマの「助六豪華よお~」という声を聞き、やはり行かねばと次の週、12時頃自転車で出発したところ、有り得ない事にお蝶夫人から「また来ちゃった。もう並んでる」というメールが来る。
また一緒に長い列に並びひたすら待つ。
やっと席に着き安心し、ワインと日本酒を飲みながら観劇したのが敗因だったのか、一部の「陣屋」や二部の「寺子屋」があまりにドラマチックだったためか、芝翫さんの「実録先代萩」すら今ひとつグッと来るものがなく、「助六」は脇が凄いなあとぼんやりしてるうち終わってしまった。
あまりに長時間並ぶと流石に疲れるということを学びました。
これから三年間は歌舞伎座がないことで、国立や他の劇場でさらに良い組み合わせの演目が見られるだろう。
期待は高まるばかりなのだ。