小学校の「赤ちゃんとのふれあい授業」みたいなのをお手伝いしている。


大量の(15人くらいの)生後一年未満の赤ちゃんがお母さんとともに学校に来てくださる。

壮観。


正直、子供が非常に苦手だ。


1歳未満の赤ちゃんは、忠実な犬やエサをやる人に懐いてくるサカナと同じようなホンモノの純真さを持ってる気がするが、落とすんじゃないかとか、どこか踏んじゃうんじゃないかと思うから、近寄りたくない。


1歳も過ぎれば、此方の本心は本能的に殆ど理解してるだろうと思う、それなのにあんまりわからないフリしてるのが口惜しいので、近寄りたくない。


要はコドモには良い「手本」が必要だと思ってるが、それにはゼッタイなれないので気が重い。


精神的に自立し始め、内面と表面の分泌物双方で混沌とし始めるティーンエイジャーからが興味深くて大好きだ。


最近は忍者が私のことを

「あんた、人間の皮をかぶったオオカミだね」

などと言ってくれるので嬉しいが、小さい頃は生んでしまった責任を取るほかなく、仕方ないからずっと必死だった。


「子供」が「大人」と違うのは経験と知識が少ないところだけだと思うから常に真剣勝負で、赤ちゃんコトバも全く使う余裕はなかった。




現在、初めてお母さんになる方たちのための「母親学級」を区の機関で行ったりすると、赤ちゃんと触れ合った経験のある方は10人にひとりくらいの割合しかないそうだ。


私自身も生んでみるまで、赤ちゃんは触ったことどころか見たこともなく、化学記号より関心の薄い存在だった。


出産後、暫く病院で暮らしていた頃、助産婦さんが「あかちゃんの○○の時間です」みたいなアナウンスがよくあり、その「あかちゃん」という単語が連呼されると、モーツァルトの音楽のように心地よい響きだと思ったことを時々思い出す。



結局のところ、私のような歪んだ親を作らないために、最近「流行」のようになっているが「いのちの授業」の一環として、小学生が赤ちゃんの目を見張るような成長の一年を体感しながら学んでいるのだ。


有意義な企画を数年前に考えてくださった、当時の児童館のカリスマ主査すーさんに、感謝。

昨日父が、大好きなオザワがハトと刺し違えた緊急事態に落胆しきっていた。


「ボクはもう政治から身を引く」

と言っていた。


いつ政局の舞台に立ってたっけ。

ピロコ(母)が横であざ笑っていた。


オンナで「オザワ派」って殆どいない気がするけど、男は(おじさん)結構オザワに執着する人がいる。


なんでだろう。


フテブテしく権力に固執してるところが、自分には出来ないから憧れるのかなー


いろんな政党を作って渡り歩いてる彼に、裏切られても裏切られてもついていくおじさんたち。


失恋してもずっと引きずる割合が高いのはオトコだし。


カワイソウだなオトコって。

大音響で数日ザゼンボーイズ聴いていたら遂に忍者に「これ嫌い」と言われた。


私の好きな音楽に拒否反応を示されたのは初めてだ。


ふられた気持ち。



軍曹にもさりげなくCDを取り替えられる。


心外。



軍曹は、じゃがたら「南蛮渡来」のジャケットを見て「気持ちわるい」と言う。


凄い形相で歌ってる江戸アケミに、洞穴のような口を開けて咆哮してるゴリラが襲いかかってるようなコラージュ写真。


そうかあ、そうだよね。


小学生なんだから、じゃがたらをいきなりめちゃめちゃ好きになられてもむしろ困る。



じゃがたら1stは凄いアルバムだった。

通して聴いてみてあまりに色褪せてないのに驚いた。


全曲素晴らしすぎる。


10代の頃はよくわかってなかった事がよくわかった。


自分が日本のバンドで最も好きなのはビブラストーンだと思ってたら、それはすり込みで実はオリジナルはじゃがたらだった事に初めて気がついた。



「南蛮渡来」の1曲目「でも・デモ・DEMO」なんかビブラそのものだ。


BABY」なんて近田春夫がアジってるのかと思いました。


よく考えれば、OTOはじゃがたらからビブラストーンに行ったわけだから、OTOの特徴的なフレーズはそのままビブラストーンに持ち込まれている、でも重要なのはそういったアレンジとかじゃなくて、江戸アケミの精神なのだった。



近田春夫は論理的な人だから意識的に構築され洗練された音が私は大好きだが、それ以前に江戸アケミは、先駆者としての意識もなく(きっと)、独創的な音楽を作っていたのだった。



私の中でじゃがたらは、壊れたpunkな詩人なのに全く似合わない大編成のイナタい(あまりいい意味でなく)bandを組織するホンモノの変人だった。


妙に田舎っぽくて、ファンキーなところがリアルで気になって仕方なかった。


と思ってたけど、今聴いてみると、全く田舎っぽくない、恐ろしいほどある意味成熟しきった、こんな音楽が10代で理解できる人はコワイなあと思う。


「タンゴ」、うなされる曲です。


カッコイイとかいった言葉では語りきれない、腐敗しながらも生命力を感じるプリミティ

ブな力がある。



近田春夫と湯浅学の対談がライナーノーツに載っていてとても面白い。


そこで近田春夫がじゃがたらの音楽を「二律背反」と言っていたがそういうことで、彼の大好きな「アンビバレンツ」にそのまま繋がるわけだ。


『日本人が洋楽をやると自分の“内側”と作る“音”とに「タイムラグ」があるのにJAGATARAにはそれがなかった』

というようなことをわかり易く解説してる。


なんで近田春夫ってこんなに上手くことばで音楽を表現できるのだろうか。



じゃがたらの音楽はfunkyな前にまぎれもなくpunkなんだけど、全然年取って聴いても肉体的に疲れない、むしろ活性化される。


本人は単に好きなことやって爆発しただけなんだろうか。


タロー・オカモトなんだろうか。



戸川純みたいな、あの時代独特のコーラスだけは生理的に受けつけられないけど。



死んでしまったからよけいに知りたくなるのかもしれないが今になって謎だらけのじゃがたらである。



昨日は夜37回目自分の合気道、午前中は別のところでやっている忍者たちの稽古の付き添い。


最近は忍者たちの稽古でも先生たちが仰ることがわかるようになってきたので見ていて勉強になる。


昨日は二教について、最初、相手の手首を摑まず、手刀で切り下ろし一度で手首を持つこと、

天地投げ、横面打ち四方投げでの足の重心のかけ方を確認させて頂いた。



三週間ぶりの自分の合気道なので、午前中からそれしか頭になく、怖い。


なんでこんな怖い思いをしてやるんだろう、と思うが、長唄やってる時も稽古の日は練習してなくて辛かったな。


と、ウダウダ考えつつ、何度も深呼吸をして出掛ける。



相変わらず何事もなかったように迎えられ、「まだ級受けないの」とS先生にイヤミを言われつつ、「今日は吐くまでやろう」と決めて行ったので最後まで休まず踏ん張った。


Y大先生に久しぶりに転換の受けを取らせて頂くところから始まり(ものすごい「気」をいつも感じる)、呼吸投げのバリエーションをやり続ける。


前受身なので最初は余裕だったのだが、何も考えず全力で30分続けたらヒザが少し笑い始めたのでゆっくりやる。


左はすっと受身が取れるのだが、右は綺麗に回れず、背中と腰と2ヶ所当たるらしくバウンドするので痛いし歯がゆい。



Y大先生が「体をひらく」のを何度も見せてくださる。


芯(軸)をブレさせずに相手の力を一度肚に引き付け(全くムリ、)たところから遠心力で「体をひらく」こと(足の運びを忘れない事)。



その後一教で少しクールダウンし(巨漢を避けたので)、H先生に「力を抜くように」言われ、何度もみてもらう。


一教ウラ、座る力を利用するようにして相手を崩すこと。



最後になって最も出来ないわからない入り身の自由技になってしまい、後ろ受身を取り続けていたらやはりキタ。


途中で止めてもらい、雪隠へ走り吐く。


相手をして頂いてた美女軍団ナオ先輩は、とても真っ直ぐで優しく責任感の強いその他諸々とにかく良い方なのでとても心配され、申し訳なかった。


皆さんのアドバイスに従い、この日も6時間以上何も食べてなかったのだが、気持ち悪い時は駄目だ。


いつか吐かない日が来るのかなあ。


でも、合気道を始めようと決めてから、家の畳で小学校でやったきりの前回りを練習しようとするも二日間出来ず、一回出来たら気持ち悪くて半日何も食べられなかったのを考えれば成長した、のだ。

と思おう。


「吐いたわりには顔も白くならないしさ、ダメージが少なくなった」

と帰宅して、ジッと私の顔を観察する波平に強がりを言っておいた。


忍者たちの合気道の稽古の帰りに新宿のdisk unionでzazen boys3枚あるだけ買ってしまった。


ついでに軍曹にそそのかされ、キリンジのベスト盤みたいなのも「エイリアンズ」と「drifter」と「愛のcoda」が入ってるのを確かめて、買う。


5枚買うと1000エンbackセールと謳ってあったのでたちまち引っかかり、じゃがたらも今頃になって買う。


選んでる間じゅう、横でふたりが「遊びたりなぁ~い」と小さく叫ぶので恥ずかしかった。


何故あんなキャッチーな(実際は空前絶後に冴えないシチュエーションである)フレーズが湧き出るのであろうか向井秀徳。

恐ろしい人だ。


その「asobi」が入ってるアルバムはなかった。

一番欲しかったのに。

タワレコに行くしかない。


1stと3rdと「I don't wanna be with you」を購入。


早速帰宅し聴く。


1stもとても良かったが、色々影響されてるものがちらついてしまい、Ⅲの方が圧倒的にオリジナルなバンドになっていて面白かった。



あとは暗黒大陸じゃがたら「南蛮渡来」をひっっっさ~しぶりに正座して聴くのが楽しみだ。


明け方、生まれて初めて、夢の中で試験会場以外の場所でピアノを弾いていた。


しかもコテコテのブルースを狂ったようにひとりで弾いてた。


ほんとにコテコテでなんのアイディアもなかった。


気分はプロフェッサーロングヘアーだったのに・・・


全く違った。


哀れ。


ま、ロングヘアー「みたい」に弾いたって、ロングヘアーじゃないんだから、つまんないだけなんだけど。



なので朝からミーターズ、ドクタージョン、アールキングがロングヘアーと一緒にやってるライブをユーチューブで見てhttp://www.youtube.com/watch?v=0IOyBwrvOKA&a=3VfjiMLUOhU&playnext_from=ML

昨日ボランティアで「オバサマたち」にネチネチやられた事も忘れられゴキゲンな気分。


new orleansに行ったからってピアノが弾けるようになる訳じゃないがまたあの空気を嗅ぎに行きたい。


忍者が時々私のブログを読んでいるらしく、

「自分の事があまり書かれてない」

と言うので、

「知ってる? 他人(ひと)が読んで面白いと思うのは自分では書かれたら恥ずかしいと思ってるような事なんだよ。アナタが中学に入って書いた自己紹介文のこと書いていい?」

と訊いたら

「いやだ」

と言う。


めちゃくちゃ他人から見たら面白いのに惜しい。



皆からドン引きされるような言動をしながらも、少数ながらトモダチも出来たらしく、美術部では好きなように絵を描き、体育祭に向け200m走の練習までしているらしい。



短距離での必勝法をこの間教えてあげた。


実は今では立派な社会人になられた生徒さんの受け売りだ。



その方によると、多少遅くとも、ゼッタイにビリにならないmagicがあるという。


それは、スターターを事前にずっと注視していて、「ヨーイ」から「ドン」の間のその人だけの「間合い」を計り、一体化しておくことだそうだ。


彼はひとりで密かにこの方法をとることにより、学生時代スタートの主導権を完全に掌握していたそうだ。


凄い。


残念ながら忍者にこの「凄み」がわかるとは思えないが・・


「アポとってから来てください」

と言う人に会うと警戒してしまう。


たいていの場合、管理することに執着する人は、「私は言ってません」という確立が高い気がする今日この頃。


そういえば、自営業で勝手気ままにやってたのに数年前始めてボランティアで組織社会に足を踏み入れ、組織内人間関係に興味を持った頃に聞いたある調査結果。


組織にいる人たちが日常、最も発するコトバとは。



正解は



「聞いてません」

だって。


組織にいたことのあるイトコも一瞬考えたあと、納得してたな。




ザゼンボーイズを聴き過ぎている。


昨日は赤レンガでサーファーのイベント(green room fes)やってるというので、波平も赤レンガ好きの忍者と軍曹も行く気だったが雨なのでやめた。


いよいよ梅雨だろうか。



オリジナル・ラブ久しぶりにライブで聴きたかったのに。


他にも丈青が参加とかジャムっぽいバンドが多く出るらしいイベントだった。


天気が良かったら子供とユルく過ごすには良い気がしたのだが。


ほかにも10CCほんとに来たのかなあとか、ゴドレイ&クレイムはどうしてるんだろうとか、リッキー・リー・ジョーンズって今何才だろうとか、疑問は尽きないのだがそれらを確かめに行くまでの情熱がなかった。



今、情熱を持って聴きに行く洋モノバンド、あまりない気がする。


ポリス再結成したら行っちゃうな! 


音もぜったい悪くないと思うし。



マイルスもジョン・リーも死んだから聴けない。


ザヴィヌルもいないし談志もとうとう聴けずに終わるな。


この数年ブルーノートにも全く行かなくなった。


巨匠のおじいちゃんピアニストたちに裏切られ続け。


こないだチューチョ・バルデスとミシェル・カミロが来てたの後で知った。


どうだったかな。


忙しすぎてライブをチェックするヒマがない。


なので延々とザゼンを聴く。



そういえば驚くべきことに、ザゼンボーイズは山下洋輔、立川志らく、グループ魂とライブをやってた。


素敵すぎるではないか!


という事を昨日のんびりネットを見てて知り、なんかとても損した気分になってるからか、窓の外の暗い空を見てるからか今日はネガティブだ。



さいわいなことに過去、野外フェスであまり雨に降られた経験はない。


二、三年前の夏寒い雨の中、池上本門寺のフェスでBAHO(MAC清水per.)を聴いたくらいだけど、その時はジェイク・シマブクロと一緒にやったりして雨でも盛り上がった。


野外フェスといえば野音。


ザゼンボーイズを野音で聴きながら果てしなくビールを飲みたい。


昨日の夜はZAZEN BOYSをずっと聴いてたらヘンタイつながりか、急に江戸アケミ(じゃがたら)が見たくなり、続けて頭脳警察、今剛、めんたんぴん、スターリン、なぜか外道、VOW WOWまで大量に見てしまう。


今剛のところでなぜいつもなら行く「そっち」方面に行かず、めんたんぴんに戻ってきたのかわからないがユーチューブってコワイ。


止められない。


町田町蔵がぼそぼそ喋っていて全く何を言っているのか頭に入らない映像で、漸くハッとして我に返り、寝る。


ZAZEN BOYSが良すぎて中毒状態。


優雅にパリのオペラ・バスティーユとかN.Y.のタイムカフェで寛ぐ妄想さえする時間はなく、東京のウサギ小屋で近辺の人たちと日々交渉する厳しい現実に正面から向き合う必要性をリアルに感じてるせいか、最近、日本語の歌詞というものに初めて興味を持ったこともあって、キリンジの詞がいいなあと思ってたのだが、さらに詞も音も圧倒的にZAZEN BOYSが今の自分に気持ち良い。


けど、LIVEじゃなくてスタジオだとどんな感じなのか。


あ、「weekend」とか「I don't wanna be with you」のPV見たな。


結構良かった。


タワレコ行って買うしかない。


ということで、遂にユーチューブが我が家で営業の役に立つときがやってくる。


だいぶ前のことだが、忙しかったわりには建て替え効果で四回も歌舞伎座へ通ってしまった四月の覚書。


なんといっても超豪華な出演者陣。


当代花形役者の名前がずらりと並び、チラシを見ただけで目が眩む。


三月初めの時点で切符は売り切れだったため、全て一幕見で乗り切るしかない。


二部をまずイトコと見に行く。二時間並ぶ。


月の続きで、菅丞寺子屋」(仁左衛門勘三郎が良い夫婦ぶり)、吉衛門菊五郎の「三人吉三」、最後は藤十郎「藤娘」。


イトコも藤娘に目が眩んでいた。


どの演目も、取り合わせの妙、素晴らしい演技、華、のどれかに必ずハマり、怒涛のように「醍醐味」が押し寄せる構成。



これは忍者たちに見せるしかないと急に思い立ち、日曜に子供にもわかりやすい一部を見せようと朝八時過ぎに家を出たが、9時で既に一幕見には100人くらいの長蛇の列。


ドキドキして待っていると、混乱がないよう目を光らせているスタッフが私たち一家五人のところまで来て「ここまで入れます」と言ってくれて、二幕目の「連獅子」だけを奇跡的に見られることになったが、結局約4時間外で待つ。


天気も良く、歌舞伎座正面の晴海通りをはさんだ反対側には大勢の人だかりで、撮影クルーが位置どりで揉めたり、プロもアマも画板を据えて絵を描き、カメラや携帯を構えて写真を撮る通りすがりの多くの人たちで祭りのよう。


描いている絵を眺めたり、巨大な建物の裏側に廻ってみたり、忍者たちは周辺を駆け回り、波平も「煙突があった。役者さん用に風呂場もあるんだろうね」と飽きずに楽しんでいた。



漸く1時過ぎ、立ち見の最後尾で場内に入る。


忍者と軍曹は歌舞伎座初体験。


提灯の下がった江戸っぽい内装を物珍しそうに見ているうち、が入る



勘三郎親子三人三つ巴で体力の限界に挑戦する「連獅子」。


初三人連獅子を見て感動したのは遠い昔の気がする。


舞踊なので飽きないよう忍者たちのためにイヤホンガイドを初めて借りる。


「舞台の音と混ざって気持ち悪い」と言って嫌がって外してしまったので仕方なく波平に渡すと涙目になって「面白い」という。


聞いてみると確かに、上品な女性の声で

「獅子の毛振りは腰で振るのでございます」

とか言っている。


この舞踊が「親獅子が可愛い我が子を鍛えるため、谷底へ突き落とす」という有名な中国の故事を表わしたもの、という解説をしたあと、澄ました声で

「子供を甘やかす最近の親たちに是非見てもらいたいものです」

などとお話しになっている。


私たちは一幕見なので今回は残念ながら花道は見られなかったが、後シテで出てきた後、花道で前向きのまま凄い勢いで後ずさりするという見せ場についても

「ひとりでも難しい技を三人で一糸乱れずやってのける(重い衣装と獅子のカツラをつけた上で同じような距離を保ち、同じような速さでバックしないといけないためとても難しい)、まさに中村屋親子の絆を表わしているのでございます」

みたいな、全然興奮した口調でなく、観客を煽るワザに感銘を受けた。


貰ったパンフを見て「あの」生き字引、小山観翁さんも解説者をしてらっしゃる事を知る。


さぞ知識の宝庫のようなおしゃべりが楽しめるだろう。


これからはたまに借りてみようかと思う。



「中村やぁ!」の掛け声が普段の五倍くらいかかり、軍曹が「なかむらやってなに?」と興味を持つ。


最後まで、波平に肩車してもらったりしてじっと見ていた。


中学生になった忍者も、忍者としては頑張った方だが、10分ほど観たら端っこに退散して「ケロロ軍曹」に読みふけっていた。


終わって「歌舞伎座新しくなったら行く」と既にヤル気だったのでちょっと嬉しい。



しかしやはりなんといっても一部のお目当ては「熊谷陣屋」。


吉衛門好き、平家物語好きにはダブルでたまらない「陣屋」を観ずに死ねるかということで、次の週いそいそとひとりで朝6時過ぎに家を出る。


「今月は凄いメンバーだよ」と友人のお蝶夫人に自慢したところ、彼女も行くと言う。


しかし彼女の性格を考えるとそんな根性はないだろうと話半分に聞いていたら、本当に素敵な娘さんと朝7時過ぎには来たので吃驚した。


なぜかこの日は全然並ぶ人がいなくて余裕で一幕目から見られる事になり楽しくお喋りしているうち11時を迎える。



ノーチェックで心の準備をしていなかった闇爭だんまり)」は花形若手勢揃いで目移りして大変だった。


絢爛豪華な雛壇のようであっという間に終わったら、お待ちかねの「熊谷陣屋」。


これは今回本当に見てよかった、吉衛門渾身の素晴らしい熊谷だった。


義太夫狂言の、重厚で奥深い心理描写で構築された物語性の高いこの作品を、深い読解力に裏づけされた集中力と思い切りの良い表現力で畳み掛けてくる。


敦盛の最期を物語るところなど迫るものがあった。



で、三部はそんなに見るつもりなかったのに、3回も並んでるうち芝居好きなオバサマの「助六豪華よお~」という声を聞き、やはり行かねばと次の週、12時頃自転車で出発したところ、有り得ない事にお蝶夫人から「また来ちゃった。もう並んでる」というメールが来る。


また一緒に長い列に並びひたすら待つ。


やっと席に着き安心し、ワインと日本酒を飲みながら観劇したのが敗因だったのか、一部の「陣屋」や二部の「寺子屋」があまりにドラマチックだったためか、芝翫さんの「実録先代萩」すら今ひとつグッと来るものがなく、「助六」は脇が凄いなあとぼんやりしてるうち終わってしまった。


あまりに長時間並ぶと流石に疲れるということを学びました。


これから三年間は歌舞伎座がないことで、国立や他の劇場でさらに良い組み合わせの演目が見られるだろう。


期待は高まるばかりなのだ。