長谷川きよし以来、3ヶ月以上ライブに行ってなかった。


昨日は数年ぶりの『野獣王国』をブルース・アレイに聴きに行く。


「音楽生活35周年記念」4日連続ライブということで、是方さんは

「このために70曲くらい、G・W中ずっと練習してた」そうだ。


難波さんも「センス・オブ・ワンダー」ツアーが始まるそうだが、今週末からなのを忘れてたようで

「もうすぐか!こんなとこでやってる場合じゃない、帰って練習しなきゃ」

と冗談で言ってた。



昨日はゲストで本多俊之登場。



是方、本多といえば私が10代の終わりから20代始め、スーパープロジェクトやラジオクラブでずっと聴きに行ってた黄金コンビ。


相変わらず凄かった「日本のマイケル・ブレッカー」本多さん。


是方さんも、ふたりともrock、fusion、jazz何をやってもめちゃくちゃ上手いのは当然だけど特長はsilkyな音で(松田聖子のCMじゃないのですが~)、音使いのセンスもすごく好みなのだ。


曲数も凄く多く、本多さんの曲もやってくれて懐かしくて自らのトシを感じた。


実際、MCもどうしても「これ20年前の曲」とか「30年前か~」という感じで「お客さんが20年前と変わってない」と是方さんも笑っていた。


複雑な心境。



だいたい野獣王国は日本で最も爆発力と持続力のある漫談(あ、演奏もです)を繰り広げるグループだと私は思ってるのだが、今回も還暦を迎えたナルチョは「年金」と「介護」の話題で飛ばしていた。


かなり暗い話をああいうふうにやれるナルチョは凄い。


難波さんは

「最近、野獣って音が小さくなってきてない?」

と心配していた。


野獣は「爆音」がウリなのだが不思議と爆音ギライの私、野獣はウルサイと思った事がない。


リズムも音の波長も完璧なので気にならない。


「爆音」じゃなくなってきた理由をナルチョは

「やっとオトナになって、バランスを考えるようになったから。自分だけ目立とうとしなくなった」

と涼しい顔で仰っておられました。


共演者だけじゃなく、会場からも「今頃?やっと?」というわざとらしいため息が洩れていた。


難波さんが本多さんに

「よくこんなうるさい音の中で吹けるよね!」

と感心したら

「野獣の時は覚悟して来てますから」

と言っていた。


難波さんの曲など是方さんも汗びっしょりでリズムとかリフの難しい曲が多く、「ゲストの本多さんにやらせる曲じゃないよね」と是方さんは気を使って言っていたが、本多さんは全然なんでもなく吹いていた。


昨日はソプラノ一本で相変わらずのキレでした。


そういえば、本多さんと是方さんがいつ知り合ったっけ、という話になり、是方さんが「10代終わり頃、長谷川きよしさんのライブだった」と言っていた。


私の大好きなハセキヨだが、本多、是方を使っていたとは知りませんでした、凄い。

聴きたかったなあ。


同じ頃、

「サリナ・ジョーンズのバックふたりでやってる時、サリナが喋ってるのに、後ろでちょっとふざけてたら振り返ってすごいコワイ顔でキッと睨まれたのおぼえてる~」

などとかわいく思い出を語る是方さんであった。



還暦のナルチョ始め、小森啓資のぞく4人が50代後半、そのようなトシには全く見えない。


是方さんなんか20代の頃よりさらにかっこよくてホレボレするし、本多さんはスリムな体型を維持し難波さんの若さは驚異的だし。


いい音楽やってる人は皆かっこいいです。



あれだけブラウン首相に学んで身につまされたはずのワタクシ、数日前に記録的地獄的大失態をやらかしてかなり反省気味でしたが、是方さんが元共演ドラマーのことを「一緒にやってた頃、眩暈が酷くなった」と愚痴ったり、難波さんが超大物女性歌手を「いつもなんだかわかんない事喋ってる」と言ったりされていて、そのあたりでも「言いたい時は言っちゃうよなー」と癒されてしまいました。


よいのだ、よい音楽とよい友がいれば、きっとなんとかやっていけるよね。

日曜はサロン・コンサート。


G・Wの後の日曜なんかにやるものじゃないことがやってみてわかる。


直前、G・Wも追い込みのレッスンに行く。


ということは生徒さんたちも遊びにいけないということだ。


G・Wにピアノを弾きまくることになんの違和感も感じない、奇特な生徒さんの感覚に慣れてしまったのがいけない。



しかしその甲斐あって、努力の結晶といえる良い演奏ばかりで、私もまた弾きたくなる曲が多かった。


皆さんがリラックスする?ハプニングもあり。


その方からは翌日、大反省のメールが来ました。


酒はこわいね笑


人前で弾く緊張を解く唯一の方法は、残念ながら「練習すること」しかない(効率的に)。



プログラムの「ちょっとした」ミスに皆さまの非難轟々で、耳が痛かった。


「ブログは見直してるらしいのに、プログラムは見直さないんですね」(いや、プロって想像以上に空白とか細かい作業があってあれでも何度も見直したのよ)

とか

「自分だけでやらないで誰かにチェックして貰わないと」

「せっぱつまってやるからですよ」

とか。


ほぼその通りだ。


日頃、私がレッスンで皆さまを罵倒している分、こういうとき確実に返ってくるんだね。



最近は年に一度しかお互い忙しすぎて会えないAngel先生とも楽しく打ち上げ出来て、楽しい一日でした。

昨日は、イトコたちが朝パンを買いに行くというのでいきなりやる気になり駒場東大前まで自転車で行く。


GWなので殆どの目ぼしい店は休みの中、二軒開いていたのでBROTLANDとルヴァンで山のように買い、自宅近くの公園の芝生の上で食べる。


GWはイトコと猫先生に、かなりな運動量で忍者と軍曹のお世話を頂いた。

有難い。


私だけはお昼から今週末に迫ったコンサートの仕上げのための仕事、耳たぶが切れそうな季節も去ったので久しぶりに自転車で行く。

GW明けにコンサートなんて設定するもんじゃない。

休めやしません。


帰宅して5時から合気道。


巨体の有段者が多く、しかも呼吸投げが多くぶんぶん振り回され、此方もなんとか飛ばそうと頑張るので、1時間自転車をかなりな速さで走ってきてすぐだったこともあり、始まって(準備運動も入れて)1時間もするとめちゃくちゃバテてしまった。


しかし、巨人たちを前にした時の心臓のバクバク感は、半年前に比べると全然なく、落ち着いてアドバイスを聞けるようになったし目も見られるようになった。


座技呼吸投げの時、相手の押しに全く抵抗出来ず後ろにわけなく倒れてしまうのを見たY大先生が「肚と腰に力を入れる!」と後ろから腰を、足の裏で押して下さったのが気持ちよく「おお~気持ちいいです~」と思わず言ったら頭をポカっと叩かれた。


Y大先生の時は特に変化技が殆どなので、すぐ基本のカタチを忘れてしまう。

いかん。


[四方投げ]

左手を取られたら、右足から出ること!

[横面打ち]

受け:腕を振り回さない。 斜め上から力を抜く感じで?鋭く。

[後ろ両手取り]

最後座るのもやった。腕を一旦反り気味にして、勢いをつけて力を抜いて前に振る。



受けの時、腰を落とす事を少し重点的に考えること。

なので家でもスクワットを欠かさないこと。


まだ慣れない技だと受身の時、折りたたむ足がどちらかわからなくなり情けない。

ニュース見ていて爆笑。



英国のブラウン首相が、市民のみなさんと気軽にお話ししてますよ~みたいにアピールしようとムリしてニコニコ中年女性と道端で立ち話した。


その女性が「イギリスには移民が増えすぎじゃない」とかぶつけてきた。


その場は「イギリス人も他の国に出てってるんですよ~」「ステキな服着てますネ」「会えてよかった」とうまくやり過ごし、車に乗り込んだ首相。


報道用のピンマイクをつけてるのをすっかり忘れ、「なんだあのバカな女!」などと罵詈雑言を吐く。


で、その暴言をすぐさま録音、女性に「こんなこと言ってた」と告げ口するマスコミ。


それを聞いた途端、非常に分かり易く顔色をサッと変える女性。


その後、TV出演中その録音を流され、こっちも分かり易すぎるリアクションで頭を抱える首相。



ほんとに他人事とは思えなかった。


送ってはいけない相手に送ってはいけない内容で送信をクリックした瞬間、宛先を間違ったことに気づいてしまうという、空間的凶器「メール」もそうだけど、世の中どこでどう躓くかわからない。


要は、あまりな罵詈雑言の陰口は慎むべきということだ。



私の場合、陰口叩くだけじゃなく、面と向かって言ってしまう事も数知れず。


とはいえ、吐き出さなきゃやってられない事もまた事実。

病気になるもん。


蓮舫議員はよくハゲないなあ、私なら丸坊主になるな、と感心する。

最近はムリヤリな笑顔も作って、ほんとに大変だなあ。


家に帰って癒されてる事を、切に望みます(天皇ふう)



四月の第三、第四日曜に三十四、三十五回目の合気道。


このところ月に一、二度になっていたので、また肩凝りも酷くなっていた。


四月始まって、ボランティア関係の、だいぶ年上の経験豊富な皆さまたちとの折衝交渉(平たくいえば探り合い)で、色々変えたい生意気な私としては毎日皆さまの頑丈な壁にぶち当たり日々苦い思いだ。


あれだけ、前のボランティアで「ポランティアは利益追求団体ではないので急激な変化はそぐわないし難しい」と学習したはずなのに、「現状維持」が出来ない体質だ。


で、軽くいなされっ放しで何事も簡単にはいかないため、ムシャクシャする。


無性に稽古に行きたい。


相手へぶつけたかったり、自分のダメさ加減を呪ったりする気持ちを、カラダで整理する手段があるのが新鮮だ。


稽古終わるとスッキリサッパリ。



三十四回目は何やったか完全に忘れた。

あ、小手返しの手順がちょっと出来た感じがしたのだった。



三十五回目、一教から五教まで。


五教は意外にわかりやすかった。


がS先生がキビシイ目でみていて「ズレている」という。

といわれてもわからない。

どうも、軸で捉えていないらしい。

肚から行ってないからだね。

と、ヤケクソにならずに次回覚えておこう。


で、皆が三教、四教やってる時、人数も珍しく少なかったこともあり、今までよくわかってなかった二教をH先生に丁寧にみてもらって、やっと少しわかった気がする。


帰って、忍者と軍曹にかけて確認して貰う。



波平に技をかけるとめちゃくちゃ痛がってくれるのでとても良い気分。


道場では自分が声も出ず30秒ほど頭が真っ白になるほどかけられたのだが、それもスッキリする素だ。



[正面打ち二教]

最初、一教と同じ入りで手の持ち替えで効くところにちゃんと持っていくこと。


裏、相手に近い方の足で出ながらそちら側の胸上のところに相手の手を持っていき親指をしっかり押さえる。親指の向きがズレると効かない。


そこから相手を落とすところの此方の腕の向きや位置など、時々復習しないとゼッタイすぐ忘れると思う。


押さえまでやる。

押さえ方も相手の腕を両ヒザで挟み、右腕なら此方の左腕脇に持っていくところまで、やっと確認した。

昨日は忙しすぎて家にも帰れず、仕事場で寝た。


4月5月、新しい組織と人間関係の中で溺れそうになる。


やらなければいけないことを考えていると眩暈がする。


夜方々へメールしながら、田島くんとキリンジをずっと聴いていた。


キリンジの兄ちゃんを見ると、いとうせいこう氏にも、竹内直さんにも、ナイツの土屋くんにも見えてしまう。

好きな人ばかりだどうでもいいけど。


歌詞に全く相反して、声に激烈なものを一切感じさせない素敵な堀込兄弟である。



ついでに松本隆がタイコを叩くのもユーチューブで見る。

結構エモーショナルで驚いた。


松本隆&筒美京平が好きだ。


好きな歌を沢山聴いたので、明日もまた「流れ弾の雨が降り注ごうとも」やっていけると思う。


TVネタはあまり書きたくないが気になったこと。



昨日のNHKクローズアップ現代で「廃墟」を取り上げてた。


それこそこの数年、マスメディアの飛びついてきた話題だ。


かなり遅れてきたのがNHKらしくてそれはいいが、切り込み方が浅すぎる。


久しぶりに見たが「クローズアップ現代」ってこんなだったっけ。


ナレーションで、若者たちが廃墟に対して「時代の濃密な空気を感じている」、「魅了されている」「廃墟は美しい」といった、紙媒体じゃないにしてもベタすぎる言葉が並んでた。


やはり恵まれすぎて迷ってる若い人が多過ぎる、という感想しか持てない。


病んでいる、というと少し違うが、確かに今までの価値観と違う巨大な概念、システムが現れる予感のする時代に、どう生きていったら良いかわからず悩んでいるというような不安感は私もよく理解できる。


そしてそれを無意味に煽るだけ煽るマスメディア。



日本もアメリカも、マスメディアが「刺激的なもの」を追い過ぎて社会に大きな悪影響を及ぼしているのを否めないと思う。


「今は激動、荒波の時代だ」とアナウンサーが言うが、いつだって時代は荒波じゃないだろうか。


マスメディアに強烈に不信感を抱いているからかもしれないけれど、NHKでさえこんな表層的な番組を作ることに危惧を感じた。


ただ、後半はさすがに未来につながる優等生的構成になっていたけれども。


実際廃墟から学ぶものは多いはずだが漫然としていた。



「没落した場所を文化として保存したり活用したりする」感覚は創造的で人間らしいが、日本の場合大抵いろんな事象が一時の「流行」「ブーム」で終わりかねない、ところが不安な部分だ。



若者は過去をそんなに研究するより未来を見たら・・と思うのは老婆心だろうか。



それとも、やはり年寄りがダメだから若者が不安になるのだろうか(まそうだね)。


よみがえれ!ニッポン!(あ、「立ち上がれ」だったか。)

昨日は夕方から殆ど一ヶ月ぶりで33回目の合気道へ行く。



色々あって、しかも年度末年度始めで日曜も確かに忙しかったりもしたが、それ以上に級を受けなければいけないのがどうにもイヤで、行けないこともなかったのに正直言って二回サボった。



毎日のように本部道場や他の会にも通っている方たちが殆どのような会だから、こんなに行かなかったら「もう来ないでいい」と言われるかもと本気で思い、そうでなくても話しかけてくるような人はほぼいないので、行く前の30分は怖くてフトンにもぐっていたのだが、しかし辞める気は全くないよなあ、などとぐずぐず思っているうち20分前になるとフトンをパッとはねのけていた。



しかし行ってみると誰もヘンな顔もせず(というか、最初の30分くらい顔を上げられず誰の顔も見てなかったから実際はよくわからない。完全に挙動不審。終わり頃にソルト先輩やモン先輩が「大丈夫?」と声をかけてくれたし、後半相手をして下さった方たちが妙にニコニコしていたからかなりヘンなオーラが出ていて気を使って下さっていたと思う。情けない・・)、淡々と進み、Y大先生もS先生も何事もなく迎えて下さった。



ぜったい、私が今まで知ってる世界と違う(だから違うんだって。もういい加減違うことに慣れてもいいとはさすがに思う)。



1ヶ月生徒が来なけりゃ、普通お稽古事では先生が「どうしたの?」とか聞くわな。



しかしそういえば、審査をする、と言われた日にズル休みした時、やはり気になり過ぎてわざわざS先生のご自宅に勇気を奮って電話し「休みます」と言ってあったのだった。





調子も良く、二段三段あたりの先輩たちにブンブン飛ばされたら、勢いあまって着地が下手なので左足の小指の上あたりが終わった後、歩くのがキツイくらい腫れた。



かなりアザも出来ていた。



めちゃくちゃ爽快。



温まるから今朝は一気に肩凝りも取れたし。





しかし予期せぬ事に、終わったはずの審査はまだやっていなくて「来週やるからね」とニコニコS先生に帰り際言われる。



あと半年くらいは審査ナシで逃れられるかもと皮算用してたのに。



今度こそ覚悟を決める。



H先生が面白そうに「初めてだねっ」と言う。



緊張する~







覚えておく事。



よくY大先生に言われているのだが、片手取りの時、しっかり取らせるのか、最初から取らせないように行くのか、決めてかかること。





入り身は相変わらず取りも受けも難しい。

先日教わった通りアタマを打たないように取りをしてみたら前より随分ラクだったけれども。

「入り身は特に気持ち悪くなります」と言うと、ヅカ的美女軍団のひとりナオ先輩が珍しく「そうなの~私もそうだった!最近は大丈夫になったの」と同意してくれてちょっと安心。

ナオ先輩は当たるといつも真剣に色々役に立つ事を教えて下さる。

入り身の受けは、上体を倒さないようにと自分は教わったヨ、とアドバイスしてくれた。

なるほど。そうだよな。



先輩たちはよけいな事は一切言わないけれども色々な先生に色々なアドバイスを受けてきたことを少しずつ教えて下さるのが最近は大変有難いと思えるようになってきた。

ビクビクしてはいるのですが・・

春の嵐も酷い雨も咲き始めてからなかったから今年はとてもよく桜がもったと思う。


春はいろんな花が咲き始めてとても鬱陶しいが、花見だけは好きなので独身の頃は花見のハシゴをよくひとりでした。


家の近所の川沿いから始まって上野や隅田川、その当時はただ歩くだけで酒も飲まず、桜の木の下で津軽三味線を弾く人や陽気に酒盛りをする人たちを眺めて、平安時代の在原業平や小野小町、鎌倉時代の武将や江戸時代の町民たちはこの桜を見てそれぞれ何を思ったのだろうとぼんやり考える。


梅を見ても、萩を見ても、木瓜を見てもそうは思わない。



西行の山家集の中に春を詠んだ有名な

「願わくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの望月の頃」

という歌があるが、この中の「その」というのは、釈迦の入滅した日、という意味があるそうだ。

そしてその通りに亡くなった。


私もお釈迦さまの生まれた日に生まれたので、同じような日に死にたいとどこかでずっと思っている。



生まれた家に桜の大木が一本あって、ピロコ(母)は桜が散る季節に「掃除が大変だ」と言っていたのを、昨日急に生徒さんとの会話で思い出した。

彼女は全く花見に興味がないそうだ。

北海道出身で、北海道にはソメイヨシノがないという。

だから親しみがないのかも、と言う。


ウチの桜には夏には毛虫が沢山出たから、いまだに毛虫にも親しみを感じる。


しかしその木は家を建て替える時にすっかり切られ跡形もなくなった。



西行法師の和歌には他にも桜を詠んだ名歌が沢山ある。

「花散らで 月は曇らぬ よなりせば ものを思はぬ わが身ならまし」

という通り、桜が咲かない春は有り得ない。



今年の入学式で児童館の館長先生が「桜は散りはじめたら満開なんだって」と言ったので一同「ほお~詩人ですねえ」などと感心した。


式典では基本的に周囲の盛り上がりに冷めてしまうのか泣く事もないが、数年前の卒業式には森山直太郎の「さくら」が校庭に流れて、それから急に森山直太郎の歌が気に入ったりもした。


本当に桜に弱い。

昨日は誕生日だった。

何気なく通り過ぎたかったのに昼頃気づいてしまい口惜しい思いをする。

ま、何歳になってしまったかは覚えてないのでよしとする。



誕生日といえばいつも思い出すエピソード。


永六輔の誕生日が淀川長治と同じ4月10日で、ある時一緒に誕生パーティをしようとお誘いした。


すると淀川長治からの返事が、

『私の誕生日は、私がお祝いされる日ではない。陣痛の中、私を産んでくれた母に感謝する日だ』

と。


自分が母になる事など一生ないと思ってた頃に読んだが、ショックを受けた記憶がある。

こんな発想は、他人に感謝する心を本当に持っている人にしか出来ないと思う。



最近私が学校ボランティアで、方向性に迷ったり、要職にある方にストレスをぶつけられたりした時にカウンセリングして頂き大変お世話になってる方がいるが、その方が先日、大切にしている名言集というものを送ってくださった。


その中に、私も好きな言葉が沢山あったのだが、この言葉も入っていて驚いた。



ほかに、その方の名言集の中に入っていた詩。


「あたりまえのことが」(小5 女の子)

食べられること

ねむれること

学校へ行けること

友だちと遊べること

家族で話せること

大人が仕事をすること

健康で安心なこと

それはあたりまえだった

それが幸せに変わった

平成7年1月17日

阪神大震災が私に残したこと



一応、オトナになった私は、さらに「幸せ」とはもっと多種多様な意味を持っていると自覚しているけれど、「あたりまえ」ということばの持つ重要性に気がついた5年生は進化していく。



私が好きなことば。


「ゴドーを待ちながら」を書いたベケットの、私にとって都合の良いことば。

『芸術は、それまでにないような失敗からこそ、生まれるものである』



”流行”というものを忌み嫌っていた若い頃、小津安二郎の名言にも衝撃を受けた。

『どうでもいいことは流行に従い、重要なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う』


全てを自分の価値観で決めればいいと思っていたのに、「どうでもいいことに大切な時間を費やすな」と言われた気がした。

・・いまだに常にどうでもいい事で悩んでて、忸怩たるものがあるけれど。



占いには興味ないけど名言集めは大好きだ。

ひとって何かしら心の拠りどころを求めるものなのか。



思い出したのだが、淀川長治といえば私のアイドルで、晩年に近い頃、講演を聴きに行ったことがあった。


その時彼は

「ボクね、きらいなひと(監督か作品だったかもしれない)いないの、誰にでも良いところがあるから、それを見つけるの」

と言ったそのすぐあとで

「あの作品ね、キライなの」

など楽しくお話されていたのがとても印象に残っている。