今年度に入って、今までやっていたコドモの学校のボランティアと仕事のボランティアのほか、区のボランティアの仕事も請け負ってしまったので、今年は本当に計画的にやっていかないと大変なことになると思う。
どこが大変って、家事だ。
5年ほど前にだと思うが、学校関係のボランティアに大々的にハマる事になってしまってすぐ、傍観者である保護者に言われたコトバがすれ違いざまの「よくやるわね~」だった。
価値観の違う人たちが多くて戸惑うことばかりだった(それはまあ今もだけど)。
流石の私も傷つく。
追い打ちが「子供を犠牲にしないようにね~」だった。
ゼッタイに犠牲にしない、とその時誓ったから、今から思えば「私の闘志をかきたててくれてありがとうございます」だ。
ただし限られた時間しかないのが現実ではあり、犠牲は私の苦手分野「掃除洗濯」に向かったのでございます。
しかしそこは不屈の心臓の持ち主なので、バイブルである金子郁容「ボランティア もうひとつの情報社会」を片手に今年もなんとかドタバタやっていこうと思う。
実際、「好きだからやってるんでしょ」という無神経な言葉(というよりは当人の非協力性を無自覚に言い訳しているのだと都合よく解釈することにしている)などにも「ちょっと違うと思うけど、やらずにいられないのかもね」で返せるようになったし、ふと気付くと最近はそういうことも言われなくなっている。
年度始めの様々な式典で一番印象的だったのは、私もいつお話しても人格を感じる某教育委員の、小学生へのお話だ。
要約すると
『福沢諭吉は「学問のすゝめ」で「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」と言っていますが、その後を皆さんはあまりご存知ないのではないか。
それに続けて、諭吉は
「しかし現実には、賢いひと、愚かなひと、貧しいひと、富めるひとなど、さまざまである。
何故その差ができるのか。
それは、学ぶひと、学ばないひとの差である」
と言っています』
そして
『だからみなさん、一生懸命、自分の好きなことを見つけて勉強しなさい』
とわかりやすく仰って下さったのだが、「自分の好きなこと」というのが大事なポイントだ。
誰にでも違う才能がある。
新年度、新しい制服や仕事場などで緊張した面持ちの新人を見ると「古い自分、変われない自分」を実感するトシになった。
すこしづつでも変わっていこうと思う。
今年の私のテーマは
「自分の常識は他人(ひと)の非常識」
だ。
大奥や地域の親父さんの言い分をちゃんと聞くこと。
音楽や本や映画や芝居、自分の好きなことを共有出来る人としか話さなかった、話したくなかった私がここまで変われたのもコドモがいたから。だと思う。