今日は夏の終わりに弥次喜多道中よろしく忍者とふたり、一日出掛ける。
慶応病院でニキビちゃんなどの処方を頂いた後、谷中全生庵へ行く。
軍曹は既に小学校が始まっているので行けなかった。
どっちか一人いない状態だと妙に言葉少なにぎくしゃくする私と子供。
数年行っていなかったが全生庵の佇まいは変らず。
人影も殆どない。
忍者たちは小さい時に来た事があるが、覚えていなかったので今回は美術の宿題をやっつける目的もあり約三時間、珍しく熱心に幽霊画の解説を書き留めたりしている。
こういうの好きねほんと。
江戸から明治にかけての落語界の巨星、人情噺の元祖で私たちが今現在よく聴く名作を次々作った三遊亭円朝が収集した幽霊画がここ(臨済宗のお寺、円朝は禅も勉強していたという)に寄贈されていて、八月になると虫干しのため小部屋で公開される。
落語家さんたちの「円朝祭り」というのもお盆の頃にあり若い頃からふらっと来る。
久しぶりに数十点の幽霊に囲まれて最初はビクビクするが、三時間もいるとすっかり居心地の良い空間になったのは不思議だ。
初めて来た時は今思えばステレオタイプな反応をして「怖い怖い」とお化け屋敷にいるような感じでザっと見て終わってしまった気がするが、今回はじっくり見てみた。
芳年はモダンだとか、柴田是真はじめ江戸っ子の画家は粋な着想と構図が多いとか、行灯、燭台などの明かりが幽霊のいる影の部分を際立たせてるものが結構あるとか、香炉、葉、頭蓋骨などの小道具も使われ、蕎麦にワサビ的な効果を上げてるなど発見があった。
煙(けむり)状のもの、火や霞やお香は、幽霊が出現するための格好の舞台装置らしい。
忍者も、幽霊を表すのには、下半身がすうっとなくなってる、着物はことごとく白、色もほぼ白黒で描かれている、水(海、川、滝、雨、霧など)に関わる自然が重要な役割を果たしてるものが多い、などの発見をしていた。
幽霊全員揃って髪はざんばら、もしくは結っていてもほつれ毛がひどいことも一目瞭然。
もっと言うと男か女かもよくわからなかったりする。
熟年の方で、パンチパーマのオジちゃんみたいなオバちゃんとかオバちゃんみたいなオジちゃんが下町方面に行くと特に多くそれは楽しい風物詩だが、ザンバラなのは性別を超え非常にコワイ。
ヘアスタイルってほんと大事。
「髪は女の命」だ。
円山応挙は幽霊画の第一人者みたいな扱いになってるが、「真筆」と断言出来る幽霊画は今まで出たことがないとも書いてあった。
応挙作?という女性像は上品で、全然ウチに置いておける。
忍者に
「一番コワイのと、好きなのと、ウチに置きたいのどれ?」
と訊いたら、
三代目(らしい)広重の「瞽女の幽霊」が怖いけど好きという。
白眼で虚空を見つめ三味線を抱え、波間に漂ってる絵。
首がひどく細くて長いのも怖い、という。
確かに。
ぞぞぞっ
ウチに置いてもいいのは「だまし絵」的な「月に柳図」だそうだ。
これは実際唯一お洒落?な作品。
私が好きなのは柴田是真「桟橋の幽霊」と歌川国蔵「こはだ小平治」(鶴屋南北作品から題材を取る)だが、長いこと睨んで自問自答した結果、「ちょっと面白いものに逃げてる」感は拭えない。
本当に怖くてウチに置くなんてとんでもない、祟りが・・というのは伊藤晴雨「乳房榎」や、應岱の夫婦幽霊図。
表現がこう言っちゃなんだが大仰で、口から血を吹き出したり、眼の窪みようやギラギラした脂ぎった表現が漫画でも充分イケそうで正直、物凄く怖い。
見てるうち、以前、実物の雪舟の「慧可断臂図」の達磨の体の線を見て、日本画は日本の漫画の原点だと感じたのを思い出した。
最初は見たい見たくない感じだったが、だんだん慣れてくるのか結局こわごわ顔を近づけて見てみると、「眼」がツボなことに気付いてしまう。
川端玉章「幽霊図」は大変美女だが、眼の玉自体が恐ろしく冷たいのだ。
鰭崎英朋「蚊帳の前の幽霊」の美女も凄い美人で左側の愁いある横顔を見せているが、その左目がどこを見ているのかわからない妙な感じで、焦点が此方に向けて定まったが最期、一瞬でこの世から消されるんじゃないかと思わせるような目つきなのだ。
ヒエエエ~~~
あまりに熱心に忍者がずっと文章を書き写したりしていたので、管理人のおじいさんが奇異に思ったか、「入場料いらないから、画集買っていけば」と勧めてくれる。
ありがたいが、丁重にお断りする。
部屋に彼らを置くのはちょっと。
そのおじいさんが面白いお話を色々して下さる。
幽霊画の添えもののようにひっそり掛けてあった板のことを訊いてみたら、確かに白隠禅師の真筆だけれど、先代が消えないようにとニスを塗ってしまったのですっかり字が読めなくなってしまったそうだ。
円朝は百幅の幽霊画を所蔵していて、五十を全生庵に預けたという。
あと半分は河岸の大店、藤原さんという円朝の後援者が持っていたが、全く今日まで出てこないところを見ると、火事でほんとに焼けちゃったんだろうねェ、とのことである。
円朝に敬意を表して画家が円朝のために描いた作品も多くある。
軸は、最初からのものなのかはわからないが、円朝が持っていた時のままだそうだ。
絵と軸装との釣り合いの妙も楽しめる。
少しずつ絵を変えながら五十幅が全て虫干しに出るには三年かかるので、三年通えば全部見られるよ、と聞いたので(営業かしら)、これから二年は毎年来ようね、と帰り道忍者と話し合う。
美味しいお蕎麦や、休憩にあんみつなどを食べて下町の散策は楽しかった。
が、忍者に夏はあと一日しか残されていない・・・